聖女であることを隠しているのに、なぜ溺愛されてるの私?

延野 正行

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第五章

第67話

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 厄災竜ジャガーノートが討伐された4日後――。
 延期も危ぶまれた魔術師師団の入団式が無事開催された。

 王宮の正門前は、まだ戦闘の痕跡が色濃く残っていたが、すでに瓦礫は撤去され、大きくひずんだ城門も元の形に戻っている。
 騎士団や魔術師師団の尽力によるものである。
 先輩方が夜を徹して作業したことによって、入団式は執り行われたといっていいだろう。

 入団式30分前――。
 続々と入団する新人団員が会場となる王宮の玄関ホールに集結する。
 玄関ホールとはいえ、普段から2000人以上の人間が行き交う空間は広く、吹き抜けとなっていて、さらに目の前に白鳥が翼を広げたような白亜の大階段が鎮座している。

 その大階段の踊り場――ちょうど王宮の西と東へ行く分岐点となる場所には、国王陛下の大きな肖像画がかけられていた。

 真新しい軍服に身を包んだ新人団員ひよっこたちは、友人とあるいは付き添った家族と別れ、それぞれ席へと着いていく。
 飛び級であるヴェルファーナ・ラ・バラジア、ルクレス・ファ・ヴィルニヨン。
 学校組であるマレーラ・ル・ラー、スーキー・ラストン、ミルロ・バートマン、カーサ・リン・ランティーも同じ場所に座る。

 ここからは飛び級も、学校組も関係ない。
 国を守るため一致団結し、戦場に向かって軍靴を揃える戦友となるのだ。

 だが、その折角晴れ舞台に於いて、1人の新人団員の姿がなかった。

 空席の椅子を見下ろしたのは、ヴェルファーナだ。

「ミレニア、大丈夫かしら?」

「心配かい、ヴェル?」

 ルクスことルースがくすりと笑う。
 すると、ヴェルは赤毛をふわりと立ち上がらせ、隣に座った同期に抗議する。

「べ、別に心配なんてしてないわよ」

「素直じゃないんだから。大丈夫。ミレニアなら心配ないさ」

 と話せば、2人より前の方に座っていたマレーラは、何故か泣いていた。

「うう……。ミレニア~」

「ちょっと! マレーラちゃん、泣かないで」

「マレーラ、すぐ泣く」
「昔から意外と涙腺が緩いよなあ、マレーラの姐貴って」

 カーサが宥める横で、スーキーとミルロが茶々を入れる。
 皆が姿を見せないミレニア・ル・アスカルドを心配する中、どこからかファンファーレが鳴る。
 ついに入団式が始まったが、やはりミレニアの姿は席になかった。

 開会の挨拶を第二師団師団長アランが勤めると、任命の儀が行われる。
 アランからゼクレア第一師団長にバトンが渡される。
 そのゼクレア師団長は、最初に任命を受ける人間の名前を呼んだ。

「魔術師学校試験首席ミレニア・ル・アスカルド!!」


 ◆◇◆◇◆ ミレニア side ◆◇◆◇◆


「はい!」

 私は目一杯声を響かせた。
 正門の方を歩き、1人花道を歩いて行く。
 赤毛髪が魔術による照明に当たって、鈍く反射していた。

 なるべく胸を張り、堂々と歩いて行く。

「あれが今年の首席か?」
「なんだ、知らないのか? あの子だよ」
「王宮を襲った竜を倒したっていう」
「いや、竜を食ったと聞いたぞ、俺は」

 うわ~。目立ってる。目立ってる。

 誰よ。魔術学校の試験で首席を取った人間が、最初に任命を受けるって決めた人間は。
 飛び級って確かに凄いけど、逆に言えばここにいる大半の人間より年下ってことでしょ。
 だったら、先輩を立てるのが筋じゃない。

 ヒー、心の中で悲鳴を上げる私に、さらに絶望的な声が聞こえる。

「あれが首席なのはわかったが……」
「ところで――――」


 なんで小さな竜を抱いてるんだ。


 やっぱ気付くよね。仕方ないよね。
 一世一代の入団式だってのに、小竜を抱いてるのはおかしいよね。

 うん。わかってる
 自分でも理解してるんだ。
 だって仕方ないじゃない。

 全然ジャノったら、私から離れてくれないんだもん。
 大人しく眠っていたと思ったら、起きて私がいなかった忽ちギャン泣き。
 宿舎の自室で暴れるわ、火を吹くわで大変だったのだ。

 成長すれば、もう少し物わかりがよくなるかもだけど、さすがに4日程度ではさるがに竜は成長しない。

 今日だけは前に王様が言っていた魔獣使いの専門家に頼もうと思ったけど、ダメだった。

 結局、ジャノを抱いたまま入団式にギリギリ到着したのである。

 ああ。視線が痛い。
 まさに針のむしろよ、これ。
 これなら厄災竜ジャガーノートに追いかけられてる方がマシだった。
 まあ、その厄災竜ジャガーノートを今抱えているんだけどね。

「はあ、やっぱりダメだったのね」

「あはははは……」

 ヴェルとルースのあきれ顔が見える。
 だって仕方ないじゃない。
 ジャノが離れてくれないんだから。

 幸いにもジャノは大人しい。
 さすが元は厄災竜ね。人がいっぱいいても全然物怖じしない。
 それどころか涎を垂らして寝ていた。
 さっきまで泣いていたから、泣きつかれたのだろう。

 大変だけど、この顔を見るとなんか癒やされるのよね。

 明らかに奇異な視線に晒されながら、私は階段を上っていく。
 任命状を構えたゼクレア師団長が鋭い視線を送っていた。

 その任命状を読み上げる前に、ゼクレア師団長は小声で話しかけてくる。

「何とかならなかったのか?」

「えへへへ……。なりませんでした」

 苦笑いを浮かべる。

「入団式にまで騒々しいなあ、お前。まあ、お前らしいといえば、お前らしいがな」

 え? もしかして、今笑った?
 ゼクレア師団長、笑ったよね。
 なんか子どもっぽいというか。
 年相応というか。
 いつもおっかないけど、こういう風に笑うこともできるのね、この人。

「ゼクレア師団長、笑った方がチャーミングですよ」

「黙れ。ここで任命状を破り捨ててやろうか?」

 やはり私の方を睨む。
 相変わらず冗談が通じない。三白眼の鋭さもいつも通りだ。
 まあ、ゼクレア師団長らしいけどね。

 その師団長は、咳払いをすると、任命状を読み上げた。

「任命状。ミレニア・ル・アスカルド殿。貴殿を魔術師団第一師団師団員に任命する」

 任命状を習った作法通り受け取る。
 そして、私は口上を続けた。

「魔術師団第一師団師団員を拝命いたしました。国王陛下のため、ロードレシア王国に住む民のため、国家防衛に尽くす所存です」

 私は右手の指を伸ばし、こめかみ付近に当てると敬礼する。
 打ち合わせの通り、全団員が立ち上がり、同じく敬礼を執った。

 最後まで色々あったけど、ようやく私の魔術師としての人生が始まる。
 正直に言うと、不安もある。
 でも、逆に楽しいこともありそうだ。

 もう私は聖女じゃない。
 ミレニア・ル・アスカルド。
 普通の魔術師だ。


~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~

ここまでお読みいただきありがとうございました。
切りがいいので、一旦エンドマークを付けさせていただきます。

初めての女性向け恋愛だったのですが、
思っていた以上に、たくさんの方に読んでいただき感謝申し上げます。

作品終わりますが、引き続き創作活動は続けて参りますので、
「延野正行」の名前を見つけましたら、1つ読んでいただければ幸いです。

ありがとうございました。
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