SHORT CAKES

とうこ

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第6話

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 空港へ着いてカウンターへ行くと、ファーストクラスのチケットを渡された。
 追手を警戒してギリギリに来たものだから、すぐに案内されたのはいいが2人とも偽装のため、翔は金髪に、蒼真はビビッドな赤い髪となっており、皺だらけのチノパンとカーゴパンツ、それと開襟シャツといった超ラフな格好で来てしまったため、ファーストクラスで浮くんじゃないかと、そればかりが心配になった。
 しかし平日午前便のファーストクラスは、2人の他に3人ほどしか見当たらず、2人はおもむろに胸を撫で下ろした。
 席へ案内され、蒼真はまずシートを伸ばし腰を伸ばした。
 隣と言っても少しズレた前にいる翔は、映画のメニューを見てこれ見たかったやつ、蒼真も見るだろ?とやたら元気そうにしているので、蒼真は昨夜のことを思い出し、これから何があったとしても絶対にハラダさん(あのおっさん)に翔は預けないと何回目かの決意をする。
「あのおっさんはほんっとバケモンだな」
 腰もさることながら、あらぬところの痛みも伴って横になっているほうが断然楽だ。
 日付を跨いだとしても、一晩でそう時間も空けずに2人の相手をしたのは、なかったことではないが、この2人が大層巧者であったこととサイズ感が半端なかったことで、蒼真の身体は少しダメージを受けていた。
「7回もされりゃあ普通サイズだってガタ来るし、声だって掠れるわ…」
 朝翔に会った時、風邪?と純粋に聞かれ、返答にまで困った。
 まあ、経験上『寝れば治る』を実践するため、翔にーちょっと寝るなーと声をかけ、置いてあったブランケットに潜り込んで寝に入る。
 しかし、急に頼んだのにファーストクラス取ってくれるなんて粋な計らいだなと、そこだけは感謝だ。
 ふと気付くと、女性の話し声が聞こえた。手元に置いた端末を見ると2時間ほど寝ていたようだ。
 ドイツまでは8時間。もう少し寝てても良かったなと思いつつ、聞こえた声はCAさんかな…と軽く起き上がり確認のため翔を見ると、翔の席に身体の線が見事に出るワンピースを着たブルネットの女性が佇んでいる。
 CAではない。女は翔に
「お友達寝てるじゃない?暇だったら私の席にいらっしゃいよ」
 と、なぜか知らないが翔を誘っている。
「いえ、友達置いて行けないから。お誘いは嬉しいですけど行けません」
 キッパリと断っている翔の言葉を聞いて、蒼真は偉いぞ!と寝たふりをしたまま聞いていた。
「そお?じゃあお友達が起きたら、一緒に来ない?日本で買った美味しいクッキーがあるんだけど、開けてみたら少し量が多いのよ。一緒に食べましょ?」
 クッキー…翔は少し考え込む。翔は甘いものに目がない。クッキーと言われて気持ちが揺らいでいる翔にーだめだこれーと起き上がり
「だめだぞ翔」
 と声をかけた。
「あら、起きたのね」
 女が振り向き蒼真を見る。
「どなたか存じませんが、俺らそちらへ伺うつもりはないので、放っといてください」
「あらしっかりしてる、じゃあクッキーを持って来させるわ」
「それも結構です。本当お構いなく」
 キッパリすっぱり言って、蒼真は女を退ける。
「そお?じゃあ、小腹でも空いたらいらしてね」
 真っ赤な口紅の口が、真っ白な歯を際立たせながら去ってゆく。蒼真はそれを見送って翔の元へ向かった。
「何があったんだ?」
「俺もわかんないんだけど、映画2本見終わってつまんないなあって蒼真を眺めてたら急に声かけてきてさ」
 胡散くせ…まさかハワードの手がここまで伸びているとも思えないが、油断は禁物だと蒼真は気を引き締めた。
 席へ戻り、蒼真はCAさんの呼び出しボタンを押す。
「お呼びですか?」
 にこやかな南洋系のCAさんが、蒼真の元へやって来た。
「ビールください」
 普通にそう言ってみたが、CAさんはーえ…ーと少し固まっている。それを察して蒼真は苦笑しながら
「あ、ちゃんと成人してます」
 とカードを出そうとして、あれ?と服をパンパンと叩き、カーゴパンツのポケットも全部漁ってみるが、無い。
「あ、俺連れです。俺と同じ歳なんで」
 と、翔が自分のIDカードを提示してくれ、CAさんはそれ以上追求せずに承知してくれた。
「無くしたのか?まずいぞあれ無くすのは。名義はMBL(ラボ)だし」
 蒼真のところへやってきた翔が、脱いだ上着やブランケットの中などを探してみる。
「圭吾のとこかな」
「え?」
「ゲームやってた酒場で知り合ったお巡りさんの部屋」
「お巡りさん??」
 それはびっくりするだろう。
「大丈夫だよ、バレるようなヘマはしない」
「あまり無茶しないでくれよ」
 呆れたように席へ戻り、そう言ってシートへ埋もれる。
「あいつのとこなら安心じゃん」
「お巡りさんのどこが安全なんだか…」
 ボソッと翔が呟く間に、CAさんがビールを蒼真の元へ運んできてくれた。
「どうもありがとう」
 いろんな意味を込めてお礼を言うと、CAさんも微笑んでくれた。
 グラスも用意されていたが、缶のビールだったので蒼真はそのまま行くことにする。
 プルトップを開け、上蓋全面が開くタイプ。
 蒼真は嬉しそうに蓋を開け、グイッと半分ほどまで飲み上げた。
「あまり一気に飲むなよな。身体に良くないぞ」
 心配そうに蒼真をみていた翔がそう言うと、
「へーきだって、ビールの一本やにほ…ん…」
 言い切る前に、蒼真はもとよりフラットになっていたシートに沈み込んでしまった。
「蒼真?」
 不審そうに翔がやってくる。
「蒼真?大丈夫か?」
 蒼真が酒に強いのは翔もわかっている。その蒼真が、缶ビールを半分飲み上げたくらいで酔って眠り込むはずがない。
「蒼真?蒼真!大丈夫か?蒼真!」
 何度呼びかけても起きる気配はなく、どうみても様子がおかしいことに気づいた翔が不安を感じ始めた頃、さっきの女がやってきた。
「どうしたの?」
「友達が…蒼真が変なんです。もしかしたら急性アルコール中毒かもしれない」
 今までずっと一緒に生きてきて、蒼真のこんな様子は初めてなのだ。翔はどうして良いかわからず気が動転している。が、女はそんな翔に優しく微笑むと
「大丈夫よ、それはないから安心して」
「え?」
 驚いて翔が顔を上げるほんの一瞬の間だった。
 腕にジェット式のシリンダーを当てられ、訳のわからない液体を注入された瞬間、目の前が真っ暗になる。
「良く眠れるお薬なのよ。あなた方専用のね」
 女は蒼真に重なるように倒れ込んだ翔の足を蒼真のシートにあげて、仲良く2人で寝ている風を装って、ブランケットをかけた。

 骨伝導の音楽を聴きながら体を揺らすジョイスは、『69‘ers シックスティーナイナーズ』という往年のフットボールチームをもじった少々下品なキャップを被り、やはり隣で同じキャップを被り真っ黒なサングラスにタンクトップとシャツの組み合わせ、そして細巻きタバコを咥えているという、とても警察官には見えませんといった風情の圭吾を見た。
「2日目に入りましたな…」
 ため息まじりにそう言って、大きく伸びをする。
 深夜便もターゲットに、夜中も交代で起きている2人は少々疲れが見える。
 実際自分達では何もつかんでいないバイオレットの情報を、特捜の人間だけをたよりに張り込んで得ようとしているのだから、考えてみれば気の長い話だ。
「自分から言い出したんだろう、つまらなそうな声を出すな」
 タバコの灰を叩き、サングラスの中でジョイスを睨む。
「言い出した言い出さないに関わらず、つまんないもんはつまんないんだよ」
 圭吾の視線を避けて、前方で張り込んでいる同僚に目を戻した。
「あいつらもご苦労だよなぁ」
 降格されていなかったらそこに自分が立っていたなどということはなんか判っていないようである。
「向こうは何かを掴んでる分やりがいはあるだろうけどな」
「そーこなんだよなああ」
 ジョイスは大きく頷いて傍の柱に寄りかかった。しかしそれでも張り込んだ相手から目を離さないのは、そこはプロの意地といったところか。
 圭吾も本日一箱目ラストのタバコを近場の灰皿に押し付け、新たな箱を開けにかかった。

 ゴォ…ンゴォンと聞こえるのは飛行機のエンジン音だ。
 蒼真は頭の奥に鈍い痛みを感じながら、ゆっくりと目を開けた。
「あら、お目覚め?」
 寝ぼけ眼に入ってきた赤い物体が突然白く割れて声を出す様に異様に驚いて一気に目を覚ます。
「何を驚いてるの?」
 面白そうに覗き込んでくるのは、見覚えのある…そう、機内で翔にちょっかいをかけていた女だ。蒼真は起きあがろうとして頭の痛みにベッドへと沈む。
 ベッド…?ここはどこだ? と目だけを巡らせて、周りを見る。
「いきなり起きたらダメよ。薬がキツイんだから」
 オホホだかホホホだかわからない高笑いが、痛い頭に響いた。
 目だけで見る限り清潔そうな白い壁で医療設備の整った機内は、そこはかとなく見覚えがあり、自分はそこの簡易ベッドへ寝かされている。
「翔は」
 蒼真の問いに、女はにっこりと微笑み『隣に寝てるわよ』と通路を隔てた反対側のベッドへ視線を送った。
 意識が徐々に戻ってきて、蒼真は絶望的な気分になった。
 ここは間違いなくMBL所有の特別輸送機だ。
「やっぱりハワードの手先か」
「ええそうよ。ボスは大層不機嫌でね、ここへだってご自分で直接来るというのを私が無理やり止めたのよ。随分手こずらせているようね」
 みたことのない顔だった。少なくとも蒼真がいる頃には本部にはいなかった顔である。
「それだけ戻りたくないってことだろ。それよりどうする気だ」
「どうするも何も、ボスの所へ連れて行くわ。ボスはあなた方をお待ちだもの。随分可愛がってもらってたって聞くわ、どうして逃げたりしたわけ?」
 この女は何も知らずに自分達を捕まえにきたのか?蒼真は呆れてしまった。しかし考えてもみれば、ぽっと出の新人に話す内容でもないだろう。
「この機は?」
「日本に向かってるわ。ドイツからほぼトンボ帰りよ」
 トンボ帰りとは言っても、連絡は行っていたにしろこの機体の整備や、航路の再計算、燃料の確保等、結構時間はかかったと思われる。
 今の時間が日本時間の朝10時少し前だとすると、日付変更線丸無視した単純計算でも、24時間は眠ってただろう。
ーどんな薬だよーと蒼真はゾッとした。
 しかし頭に来るのは、自分が眠らされた経緯である。大方ビールを持ってくる途中のCAさんを呼び止めて、縁に薬を塗ったのだろう。どうやったかまではわからないが、そうに違いないと恨み節。
 蒼真を寝かせてしまえば、翔はどうにでもなると考えたのだろう。まんまと引っかかった自分が情けない。
「あと20分ほどで到着よ。あなたには歩いてもらうけど、翔君はエア担架で運ばせてもらうわね。空港にはMBL直行の重病人のチャーター機ということになってるから、少しはそれらしくしないとね」
 と、女は言うが、ほんとのところはハワードの指示だろう。この女は2人の事を全くといっていいほど知らないのだ。知っていれば翔を眠らせたまま担架に縛りつけると言う意味を『それらしくしないと』とはとらないはずだから。
 蒼真は本当に何も知らされずに使われてんだなあと、女を哀れに感じた。
 シートベルト着用のサインが出て、蒼真は翔の隣のシートでベルトを閉めた。
 翔は隣でぐっすり眠っている。
 担架に縛り付けられていてはいくら翔でも逃げられない。このままMBLへ連れ戻されるのか。蒼真は胃の辺りがキリキリと痛みだし、どう逃げるかと言うことに頭を巡らせた。
『なんとかしなくっちゃ』
 機体は次第に高度を下げて行き、窓から空港の設備が見え始めた。
 それと同時に蒼真の胃の痛みも徐々に増していった。
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