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第11話
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「起きなかったねえ…蒼真君」
嫌味な言い方でハンドルを握りながら、圭吾をチラッと見る。
朝食を済ませている最中、結局蒼真は起きては来ずに、圭吾達は時間になったので出かけてきた。
「それはもういいだろう…」
流石に困った表情で眉を寄せる。
「まあねえ、別にねえ、いいけどねえ…」
同じ眠れない夜を過ごした同志にしては、自分の境遇と差がありすぎるのでジョイスは少し拗ねていた。
「まあ、それは置いといてだ…圭吾、今日の呼び出しって…」
「お互い覚悟が要りそうだな」
シートに座り直して、圭吾は掠れた声でそう言った。
普通のメンバーは絶対に入れない部長室の奥にある通称『奥の間』に通された時に、2人は真面目にクビを覚悟したものだ。
「昨日はご苦労だったな」
早速の嫌味に引き攣った笑みを浮かべる。
部長の奢りである署の特製コーヒーの芳香が部屋に充満して、2人の緊張を高める。
「昨日の空港での事だが、あの一件は不問に伏す事となった」
2人は同時に顔をあげ、本当に意味がわからない顔を部長に晒していた。
「え…ええ?」
ジョイスが声にならない声を出すが、やはりちょっと何言われたかが…
「不問と言ってもあれだけ大きな騒動だったし目撃者も多い。全く揉み消すと言う訳にはいかなかったが、とりあえず報道規制はしておいた。空港の方も何か言いたそうだったが、MBLも関わっていたからな、納得せざるを得なかっただろう」
そう言って部長は2人を目の前のテーブルに着かせ、その前に1人ずつ封筒を置いた。
「と、言うわけで、お前立ちへの処罰も今回は無しだ」
「え…それは…」
またしても2人同時に間抜けな返答をしてしまう。その顔を見て部長は笑い
「その顔を見る限りでは、相当な覚悟をしてきたみたいだな」
そう言って封筒をー開けてみろーと2人の前に押しやった。
言われるままに封筒の中を見ると、特捜部用のバッジホルダーと威嚇用ではない銃の許可証。
「部長…?」
「本日付で2人とも特捜部へ戻ることになった。そして早速だが任務もある。バイオレットの監視だ」
「え?」
いっぺんに色々言われて、表現が間に合わない。
「俺ら…戻れるんですか?」
「ああそうだ。がんばれよ」
そこは喜んでおこう。圭吾とジョイスは顔を合わせて小さくガッツポーズをした。
「しかし、昨日捜査妨害をしてしまった我々が、どうしてこう言うことに…」
ジョイスがまず最初の疑問をぶつける。そして
「バイオレットの監視っていったい…」
圭吾も二つ目の疑問。
部長はテーブルの脇のスイッチを押して、2人の前に画面を起き上がらせた。
「取り敢えず、これを見てくれ」
部長の合図で、画像等担当者が2人の前の画面に映像を映し出した。
映像はどこか外国だ。狙ったように豪邸が映り、部長からはサンフランシスコのあまり大きくはないマフィアのボスの家だと説明があった。
そして画面左から車が入ってきて、門扉と思われる前で停まり中から3人降りて来る。その3人の人物がアップになって映し出された瞬間に、圭吾とジョイスは息を呑んだ。
門扉が開いて中に入ってゆく3人は、楽しそうに会話をし屋敷に向かってゆく。その3人のうちの2人が、紛れもなく蒼真と翔だったのだ。
「バイオレットの捜査がなかなか捗らなくてな。2年ほど前から世界中のマフィアの屋敷に当たりをつけ、1年間張り込んだんだ」
部長の話だと、1年間組織の入り口を取り続けて先日公開しあったらしい。その折見つけたのが、この2人だったらしい。ベルリンの組織張り込みでも一件だけこの2人が確認されていて、一気に容疑者へと浮上したわけだ。
1年間出入りした人間を確認すると言う作業は気の遠くなる作業だったと部長は言う。
圭吾とジョイスは複雑な表情をしていたと思う。
「この2人がバイオレットだという確証は?」
「今の所確証はないんだ。だから今はまだ『容疑者の監視』だな。だが、この2人が現れた組織からは2週間後に必ず、必ずだぞ?ピュアが出回るんだ」
それは…果てしなく黒に近い…グレー…
圭吾は膝の上で組んでいた指にキュッと力を入れ、ほんの少し俯いた。ジョイスはもう湯気も出なくなった生ぬるいコーヒーを口にする。
「今までの少ないデータでの統計では、バイオレットは一国では一回しか取引はしない不文率があったんだが、今回の日本は2件目があった。一回は、お前達がやらかしたマーティン・グレイズとの取り引き。そして2件目がハラダグミだ」
ーギリギリだったーと部長は続けた。
「アメリカの特捜部が来日して、たまたま張っていたハラダグミの映像を調べた時例の2人も確認した。そして既に2週間が経とうとしていたから、もうすぐあそこから出回る筈だ。2件目の取引が済んだのを機会に絶対にどこかへ飛ぶと踏んで、空港を張り込もうと言うことになった」
もうほぼローラーだった。
刑事なら足で稼げ という何世紀も前の警察のドラマのようでもある。
しかし圭吾とジョイスの2人は、真相を知っている。高跳びなんかではなかった。しかしそれはここで部長には言えない。
お互い複雑な立場になったな…と顔を見合わせて口元を歪めた。
「所で、空港を張り込む話は、お前達どこから聞いた?」
ジョイスの背筋がぴょん!と伸びる。
「ご丁寧に休暇まで取って…」
「ですから…その…あれが、あれで…はは、色々と…」
得意のファジーな笑みは通じそうになかったが
「まあいい」
と許してくれた。メモを盗んだなんて口が裂けたって言えない…。
「これから大事な仕事をしてもらうのだからな」
と言うおまけはついたけど。
「知ってるとは思うが、バイオレットの情報はまるでないに等しい。今回が最初で最後だと思え。しっかりやってほしい」
部長は2人を立たせ、先ほど渡した袋から各々のバッジホルダーを取り出し、改めて手渡した。
あれほど苦悩して、どうやったって取り返してやると思っていた認定証が返ってきた。
複雑な感情等が交差し始めた4人だが、監視をするしかない。
バイオレットには恨みがある、だがそのバイオレットのおかげでまた戻れたという事実もここにある。
ともかく任務を遂行するだけだ。しかし心のどこかでは、蒼真と翔が関係者であってほしくないと願っていたのも事実であった。
「はいっ、任務の遂行を」
足を鳴らして最敬礼。
部長は頷いた。
その後は、特製の不味いコーヒーを囲んで、ここ2.3日の状況を知らせる。
「所で、MBLと彼らの関係は判ったのか」
「いえ…」
そこは即答をしておいた。2人がバイオレットの関係者であろうとなかろうと、これは個人のプライバシーの範疇だという判断だ。
この内容が操作に関わるようなことがわかれば、その時でも遅くはない。
「そうか…」
部長は少し怪しんでいたが
「解った、もういい。一応休暇は続行しろ。これからは好きに判断して行動してよし。ただし、1日1回の報告はわすれるな」
「はいっ」
2人は立ち上がり、敬礼をした。
部長も立ち上がり敬礼を返す。
「頑張るように」
最後に言われた言葉には笑顔で返して部屋を出た。
「いやいや、まいったね」
特捜部の中を歩きながら、ジョイスは後頭部をかきむしる。
「まさかあの2人が…とは…」
圭吾もどうしたものか考えあぐねていた。
関係を持ったのまではいいが、気持ちが…少しざわつく。ジョイスも似た様なこと考えているだろう。
そんなことを考えて2人で歩いていると
「高梨、探したぞ。客来てるってさっき事務方が言ってたぞ」
「客?」
今日ここに来ることを知っているのなんて何人もいないしな…まあ通常に勤務してると思えばあれか。しかし自分に客?覚えがない
「第3応接室へ通してるらしいから急げよってさ」
「応接室??」
流石にジョイスも顔を見合わせ首を傾げた。
それもそのはずで、つまらない客なら応接室などには通さない。
「なに圭吾。VIPに知り合いいたのか?」
「心当たりはないな、本当に誰だろう」
圭吾の呟きに伝言をくれた同僚も肩をすくめる。
「とにかく行ってこいよ、俺ここで待ってるから。相談しなきゃならないこともあるしな」
そうだな、とジョイスの言葉に複雑な顔をして、
「それに待っていてもらわないことには帰れないからな」
言い残して、圭吾は『それもそっか』と笑っているジョイスを背中に、第3応接室へ向かった。
「高梨圭吾です。入ります」
ノックと共にそう言って、圭吾は応接室へと足を踏み入れた。
「お待たせいたしまして」
そう言って頭を下げると、ソファに座っていた人物は
「いや、大したことはない、お会いできて光栄だ」
と立ち上がり、圭吾へ握手を求めてくる。
見たことのない人物だった。
見た所40代中頃と言ったところか。黒い髪を後ろへ撫で付け、襟元が短く刈られていてスッキリしている。
圭吾が不思議そうに自分を見つめているのにその人物は苦笑した。
「あ…大変失礼しました」
「いや、こちらも突然尋ねてきて失礼だった。蒼真と翔が世話になったと言ったら判ってもらえるかね」
圭吾は咄嗟に顔を見返した。
「ハワード…リーフ…氏ですか…」
「判って貰えて嬉しいよ」
ハワードは人懐っこい顔を破顔させてソファへ寛いだ。
圭吾は少し警戒しながらハワードの正面へ腰を下ろす。
さっきの部長の奢りのコーヒーとはまるでレベルの違うコーヒーの香りがした。
「何故、私のことを」
「ラボにコールを入れただろう?蒼真宛に」
ああ、と圭吾は思った。取り敢えず出所はわかった。
「蒼真の直通コールはどこで?」
「酒場で遊んでいたので、補導対象かと声をかけた時にカードを見せてもらい、私がしまい込んでしまったらしく…」
咄嗟のことに、かなり無理な言い訳をしてしまった。
「それだけかい?」
「と、言いますと?」
ニヤニヤと笑う顔がカンに触る。
「関係はしなかったのか?」
なんだこいつは…と言う言葉は取り敢えず心に留めて、
「いいえ」
と一言だけ返してやった。なんでそんなことを聞かれなきゃならないんだ。と言った圭吾の感情も尤もなことで。
「ほう、そうか。君はかなり自制心が強いと見える。さもなければ不感症か」
ハワードはクックッと笑って口元に指を添えた。
「ご用件はなんでしょうか。仕事もありますので、手短にしていただけますと助かります」
あまり話していたくないので、怒る前に要件を済ませてしまう方が手っ取り早い。
要件は大体見当はつくが…
「蒼真と翔の居場所を君が知っているのじゃないかなと思ってね」
だよな。そんなこったろうとは思っていた。
「いえ、私はその時別れたきり彼とは会っていませんので」
そう言い切ってこの場を凌ぐしかなかったが、圭吾は最初にとんでもないミスをやらかしていたのだ。
「嘘を言ってはいけないな」
「何故嘘だとお思いになるんですか?」
「君は蒼真を補導しようとして、IDカードをしまい込んだと言ったね。その時はそれだけの会話だったのだろう?それなら何故、私が蒼真と翔が世話になったと言っただけで、私のことが判ったのだね?」
しまった…と圭吾は内心舌を打つ。
「蒼真か翔に少しでも話を聞かないことには、私と彼らを結びつけるのは無理な話だと思うがね」
言い方がいやらしい。まるで誘導尋問だ。
「蒼真と関係があったんだろう?」
肯定しないわけにいかない。
「隠さなくてもいい。蒼真と会ってなにもしない男はいないからな。その寝物語にでも聞いたかい?」
「………おっしゃる通りです……」
なるべく言葉を少なくして、余計なことを言わない様にしないと誘導尋問にますますハマっていきそうで、圭吾は気を引き締めた。
「それで、その時にどこかへ行くとかは聞かなかったのかい?」
「たった一度の巡り合わせでしたから、その後の動向まではちょっと」
「なぜMBL(ラボ)にコールを?」
「彼が私のところにカードを落としていったので、返そうと思いまして」
ハワードは少し考えるような素振りをしたが、不意に立ち上がると
「そうか、解った。それだけのことなんだな」
と言って、再び圭吾へ手を差しだした。
「迷惑をかけたね。済まなかった」
と圭吾が立ち上がり、戸惑いながら取った手をぎゅっと握りしめて、何やら釈然としないままの圭吾を残してドアへ向かった。
ドアが閉まると圭吾は力が抜けたようにソファに崩れ落ち、
「なんなんだ一体」
と声をあげてしまった。
「シャロン」
ハワードの一声で、隣の部屋から女が出てきた。それは蒼真と翔を飛行機の中で拐かした、あの唇の赤さが印象的なブルネットの女だった。
「あの男か」
「間違いありませんあともう1人いましたが、多分高梨圭吾の相棒でしょう」
シャロンは目線を下げて頭も軽く下げながら報告する。その目元にはまだ新しい切り傷。
先日の空港の一件で受けた懲罰の跡に他ならない。
「それでは2人は、あの男の所に居そうだな」
シャロンは頷いた。
「まあ、しばらくの間は居場所も解った事だし放っておこう。但し日本からは絶対に出さない様にな」
「わかりました」
頭を下げて、先にゆくハワードへ続く。
その2人が去ったあと、圭吾も部屋から出てきたが、2人とは反対の方向へ歩いたために、ハワードの隣に女がいたことは気が付かなかった。
嫌味な言い方でハンドルを握りながら、圭吾をチラッと見る。
朝食を済ませている最中、結局蒼真は起きては来ずに、圭吾達は時間になったので出かけてきた。
「それはもういいだろう…」
流石に困った表情で眉を寄せる。
「まあねえ、別にねえ、いいけどねえ…」
同じ眠れない夜を過ごした同志にしては、自分の境遇と差がありすぎるのでジョイスは少し拗ねていた。
「まあ、それは置いといてだ…圭吾、今日の呼び出しって…」
「お互い覚悟が要りそうだな」
シートに座り直して、圭吾は掠れた声でそう言った。
普通のメンバーは絶対に入れない部長室の奥にある通称『奥の間』に通された時に、2人は真面目にクビを覚悟したものだ。
「昨日はご苦労だったな」
早速の嫌味に引き攣った笑みを浮かべる。
部長の奢りである署の特製コーヒーの芳香が部屋に充満して、2人の緊張を高める。
「昨日の空港での事だが、あの一件は不問に伏す事となった」
2人は同時に顔をあげ、本当に意味がわからない顔を部長に晒していた。
「え…ええ?」
ジョイスが声にならない声を出すが、やはりちょっと何言われたかが…
「不問と言ってもあれだけ大きな騒動だったし目撃者も多い。全く揉み消すと言う訳にはいかなかったが、とりあえず報道規制はしておいた。空港の方も何か言いたそうだったが、MBLも関わっていたからな、納得せざるを得なかっただろう」
そう言って部長は2人を目の前のテーブルに着かせ、その前に1人ずつ封筒を置いた。
「と、言うわけで、お前立ちへの処罰も今回は無しだ」
「え…それは…」
またしても2人同時に間抜けな返答をしてしまう。その顔を見て部長は笑い
「その顔を見る限りでは、相当な覚悟をしてきたみたいだな」
そう言って封筒をー開けてみろーと2人の前に押しやった。
言われるままに封筒の中を見ると、特捜部用のバッジホルダーと威嚇用ではない銃の許可証。
「部長…?」
「本日付で2人とも特捜部へ戻ることになった。そして早速だが任務もある。バイオレットの監視だ」
「え?」
いっぺんに色々言われて、表現が間に合わない。
「俺ら…戻れるんですか?」
「ああそうだ。がんばれよ」
そこは喜んでおこう。圭吾とジョイスは顔を合わせて小さくガッツポーズをした。
「しかし、昨日捜査妨害をしてしまった我々が、どうしてこう言うことに…」
ジョイスがまず最初の疑問をぶつける。そして
「バイオレットの監視っていったい…」
圭吾も二つ目の疑問。
部長はテーブルの脇のスイッチを押して、2人の前に画面を起き上がらせた。
「取り敢えず、これを見てくれ」
部長の合図で、画像等担当者が2人の前の画面に映像を映し出した。
映像はどこか外国だ。狙ったように豪邸が映り、部長からはサンフランシスコのあまり大きくはないマフィアのボスの家だと説明があった。
そして画面左から車が入ってきて、門扉と思われる前で停まり中から3人降りて来る。その3人の人物がアップになって映し出された瞬間に、圭吾とジョイスは息を呑んだ。
門扉が開いて中に入ってゆく3人は、楽しそうに会話をし屋敷に向かってゆく。その3人のうちの2人が、紛れもなく蒼真と翔だったのだ。
「バイオレットの捜査がなかなか捗らなくてな。2年ほど前から世界中のマフィアの屋敷に当たりをつけ、1年間張り込んだんだ」
部長の話だと、1年間組織の入り口を取り続けて先日公開しあったらしい。その折見つけたのが、この2人だったらしい。ベルリンの組織張り込みでも一件だけこの2人が確認されていて、一気に容疑者へと浮上したわけだ。
1年間出入りした人間を確認すると言う作業は気の遠くなる作業だったと部長は言う。
圭吾とジョイスは複雑な表情をしていたと思う。
「この2人がバイオレットだという確証は?」
「今の所確証はないんだ。だから今はまだ『容疑者の監視』だな。だが、この2人が現れた組織からは2週間後に必ず、必ずだぞ?ピュアが出回るんだ」
それは…果てしなく黒に近い…グレー…
圭吾は膝の上で組んでいた指にキュッと力を入れ、ほんの少し俯いた。ジョイスはもう湯気も出なくなった生ぬるいコーヒーを口にする。
「今までの少ないデータでの統計では、バイオレットは一国では一回しか取引はしない不文率があったんだが、今回の日本は2件目があった。一回は、お前達がやらかしたマーティン・グレイズとの取り引き。そして2件目がハラダグミだ」
ーギリギリだったーと部長は続けた。
「アメリカの特捜部が来日して、たまたま張っていたハラダグミの映像を調べた時例の2人も確認した。そして既に2週間が経とうとしていたから、もうすぐあそこから出回る筈だ。2件目の取引が済んだのを機会に絶対にどこかへ飛ぶと踏んで、空港を張り込もうと言うことになった」
もうほぼローラーだった。
刑事なら足で稼げ という何世紀も前の警察のドラマのようでもある。
しかし圭吾とジョイスの2人は、真相を知っている。高跳びなんかではなかった。しかしそれはここで部長には言えない。
お互い複雑な立場になったな…と顔を見合わせて口元を歪めた。
「所で、空港を張り込む話は、お前達どこから聞いた?」
ジョイスの背筋がぴょん!と伸びる。
「ご丁寧に休暇まで取って…」
「ですから…その…あれが、あれで…はは、色々と…」
得意のファジーな笑みは通じそうになかったが
「まあいい」
と許してくれた。メモを盗んだなんて口が裂けたって言えない…。
「これから大事な仕事をしてもらうのだからな」
と言うおまけはついたけど。
「知ってるとは思うが、バイオレットの情報はまるでないに等しい。今回が最初で最後だと思え。しっかりやってほしい」
部長は2人を立たせ、先ほど渡した袋から各々のバッジホルダーを取り出し、改めて手渡した。
あれほど苦悩して、どうやったって取り返してやると思っていた認定証が返ってきた。
複雑な感情等が交差し始めた4人だが、監視をするしかない。
バイオレットには恨みがある、だがそのバイオレットのおかげでまた戻れたという事実もここにある。
ともかく任務を遂行するだけだ。しかし心のどこかでは、蒼真と翔が関係者であってほしくないと願っていたのも事実であった。
「はいっ、任務の遂行を」
足を鳴らして最敬礼。
部長は頷いた。
その後は、特製の不味いコーヒーを囲んで、ここ2.3日の状況を知らせる。
「所で、MBLと彼らの関係は判ったのか」
「いえ…」
そこは即答をしておいた。2人がバイオレットの関係者であろうとなかろうと、これは個人のプライバシーの範疇だという判断だ。
この内容が操作に関わるようなことがわかれば、その時でも遅くはない。
「そうか…」
部長は少し怪しんでいたが
「解った、もういい。一応休暇は続行しろ。これからは好きに判断して行動してよし。ただし、1日1回の報告はわすれるな」
「はいっ」
2人は立ち上がり、敬礼をした。
部長も立ち上がり敬礼を返す。
「頑張るように」
最後に言われた言葉には笑顔で返して部屋を出た。
「いやいや、まいったね」
特捜部の中を歩きながら、ジョイスは後頭部をかきむしる。
「まさかあの2人が…とは…」
圭吾もどうしたものか考えあぐねていた。
関係を持ったのまではいいが、気持ちが…少しざわつく。ジョイスも似た様なこと考えているだろう。
そんなことを考えて2人で歩いていると
「高梨、探したぞ。客来てるってさっき事務方が言ってたぞ」
「客?」
今日ここに来ることを知っているのなんて何人もいないしな…まあ通常に勤務してると思えばあれか。しかし自分に客?覚えがない
「第3応接室へ通してるらしいから急げよってさ」
「応接室??」
流石にジョイスも顔を見合わせ首を傾げた。
それもそのはずで、つまらない客なら応接室などには通さない。
「なに圭吾。VIPに知り合いいたのか?」
「心当たりはないな、本当に誰だろう」
圭吾の呟きに伝言をくれた同僚も肩をすくめる。
「とにかく行ってこいよ、俺ここで待ってるから。相談しなきゃならないこともあるしな」
そうだな、とジョイスの言葉に複雑な顔をして、
「それに待っていてもらわないことには帰れないからな」
言い残して、圭吾は『それもそっか』と笑っているジョイスを背中に、第3応接室へ向かった。
「高梨圭吾です。入ります」
ノックと共にそう言って、圭吾は応接室へと足を踏み入れた。
「お待たせいたしまして」
そう言って頭を下げると、ソファに座っていた人物は
「いや、大したことはない、お会いできて光栄だ」
と立ち上がり、圭吾へ握手を求めてくる。
見たことのない人物だった。
見た所40代中頃と言ったところか。黒い髪を後ろへ撫で付け、襟元が短く刈られていてスッキリしている。
圭吾が不思議そうに自分を見つめているのにその人物は苦笑した。
「あ…大変失礼しました」
「いや、こちらも突然尋ねてきて失礼だった。蒼真と翔が世話になったと言ったら判ってもらえるかね」
圭吾は咄嗟に顔を見返した。
「ハワード…リーフ…氏ですか…」
「判って貰えて嬉しいよ」
ハワードは人懐っこい顔を破顔させてソファへ寛いだ。
圭吾は少し警戒しながらハワードの正面へ腰を下ろす。
さっきの部長の奢りのコーヒーとはまるでレベルの違うコーヒーの香りがした。
「何故、私のことを」
「ラボにコールを入れただろう?蒼真宛に」
ああ、と圭吾は思った。取り敢えず出所はわかった。
「蒼真の直通コールはどこで?」
「酒場で遊んでいたので、補導対象かと声をかけた時にカードを見せてもらい、私がしまい込んでしまったらしく…」
咄嗟のことに、かなり無理な言い訳をしてしまった。
「それだけかい?」
「と、言いますと?」
ニヤニヤと笑う顔がカンに触る。
「関係はしなかったのか?」
なんだこいつは…と言う言葉は取り敢えず心に留めて、
「いいえ」
と一言だけ返してやった。なんでそんなことを聞かれなきゃならないんだ。と言った圭吾の感情も尤もなことで。
「ほう、そうか。君はかなり自制心が強いと見える。さもなければ不感症か」
ハワードはクックッと笑って口元に指を添えた。
「ご用件はなんでしょうか。仕事もありますので、手短にしていただけますと助かります」
あまり話していたくないので、怒る前に要件を済ませてしまう方が手っ取り早い。
要件は大体見当はつくが…
「蒼真と翔の居場所を君が知っているのじゃないかなと思ってね」
だよな。そんなこったろうとは思っていた。
「いえ、私はその時別れたきり彼とは会っていませんので」
そう言い切ってこの場を凌ぐしかなかったが、圭吾は最初にとんでもないミスをやらかしていたのだ。
「嘘を言ってはいけないな」
「何故嘘だとお思いになるんですか?」
「君は蒼真を補導しようとして、IDカードをしまい込んだと言ったね。その時はそれだけの会話だったのだろう?それなら何故、私が蒼真と翔が世話になったと言っただけで、私のことが判ったのだね?」
しまった…と圭吾は内心舌を打つ。
「蒼真か翔に少しでも話を聞かないことには、私と彼らを結びつけるのは無理な話だと思うがね」
言い方がいやらしい。まるで誘導尋問だ。
「蒼真と関係があったんだろう?」
肯定しないわけにいかない。
「隠さなくてもいい。蒼真と会ってなにもしない男はいないからな。その寝物語にでも聞いたかい?」
「………おっしゃる通りです……」
なるべく言葉を少なくして、余計なことを言わない様にしないと誘導尋問にますますハマっていきそうで、圭吾は気を引き締めた。
「それで、その時にどこかへ行くとかは聞かなかったのかい?」
「たった一度の巡り合わせでしたから、その後の動向まではちょっと」
「なぜMBL(ラボ)にコールを?」
「彼が私のところにカードを落としていったので、返そうと思いまして」
ハワードは少し考えるような素振りをしたが、不意に立ち上がると
「そうか、解った。それだけのことなんだな」
と言って、再び圭吾へ手を差しだした。
「迷惑をかけたね。済まなかった」
と圭吾が立ち上がり、戸惑いながら取った手をぎゅっと握りしめて、何やら釈然としないままの圭吾を残してドアへ向かった。
ドアが閉まると圭吾は力が抜けたようにソファに崩れ落ち、
「なんなんだ一体」
と声をあげてしまった。
「シャロン」
ハワードの一声で、隣の部屋から女が出てきた。それは蒼真と翔を飛行機の中で拐かした、あの唇の赤さが印象的なブルネットの女だった。
「あの男か」
「間違いありませんあともう1人いましたが、多分高梨圭吾の相棒でしょう」
シャロンは目線を下げて頭も軽く下げながら報告する。その目元にはまだ新しい切り傷。
先日の空港の一件で受けた懲罰の跡に他ならない。
「それでは2人は、あの男の所に居そうだな」
シャロンは頷いた。
「まあ、しばらくの間は居場所も解った事だし放っておこう。但し日本からは絶対に出さない様にな」
「わかりました」
頭を下げて、先にゆくハワードへ続く。
その2人が去ったあと、圭吾も部屋から出てきたが、2人とは反対の方向へ歩いたために、ハワードの隣に女がいたことは気が付かなかった。
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この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
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