ハチドリの住処

とうこ

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頼れる協力者

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「よぉ~ご無沙汰~」
 そんな挨拶で入ってきたのは、浩司の元バイト先の先輩岸谷だった。
「キシタニだ…」
 真衣子がおもむろに嫌な顔をして、それでもーいらっしゃいませぇーと出迎える。
「お、真衣子~今日もいい顔で出迎えサンキューな~。おっぱいでっかくなったか?ん?」
「そう言うこと言うから~」
 至が困った顔で水を持ってきた。
 真衣子が通した席は、大テーブルの隅っこ。
「真衣ちゃ~ん。もっとあったかいとこに座らせてよ~」
「セクハラおじさんはそこで十分です。メニュー決まったら言ってくださいね」
 冷たい態度でそう言って、真衣子は厨房へ戻っていく。
「浩司はいまちょっと手が離せないので少しお待ちくださいね。って言いますか、お店もう終わったんですか?」
 隣街で洋食屋を営んでいる岸谷は、
「任せてきたんだ。早めに話し聞こうと思ってさ。手術日決まったんだって?」
 お手拭きで手を拭いて、とりあえずハンバーグステーキを注文しながら話だす。
「ええ、2月の20日です」
「2月20日な。わかった。浩司がいない日は?」
「ええと、入院は18日でそこから約1ヶ月と言うところですね。本人は3週間で復帰するって言ってますけど、術後の体調次第みたいです」
「ふうん。ま、あいつは頑丈だからな。術後3日で仕事してそうだけどな」
 ガハハと笑って至の腕をバンバンと叩いた。
「あはは~三日じゃまだ病院ですよ~」
 叩かれた腕をさすっていると
「先輩、至壊さないでくださいよ。俺と違ってか弱いんですから」
 浩司がやってきて、至を岸谷から引き離す。
「おー、挨拶もなしにそう来るか?」
 言いながらも笑っている。
「お疲れ様です。時間早いっすね」
「至くんにも言ったけど、任せてきたわ。あいつも少しは一人でできないとな」
 と、弟子入りして2年目の料理人の話を持ち出す。
「何年目でしたっけ」
「2年」
「2年じゃまだ心細いでしょうに~」
 至が可哀想だと言う顔をするが、
「俺はスパルタ方式でな。とはいえ、9時に閉める店を7時半に任せてきただけだから。料理はほとんど出てたし、ラストオーダーじゃ大したものでねえだろ」
 水を飲みながら、うんうんとひとりうなづいた。
 短い髪をさらに立ち上げて、細いメガネをかけている岸谷は、開襟のシャツを着てなめしのコートを着ていると、一見そのスジの人に見えなくもない。
 こんな人に毎日鍛えられている2年目くんは、さぞや上達も早いだろう。
「今聞いたけど2月20日が手術日なんだって?」
「そうなんですよ」
「18日から約1ヶ月の間、俺が入れる日に来ればいいってことでいいのかな」
「お願いできますか」
 立ってるのもなんだし、と浩司は岸谷の隣へ腰を下ろした。
「ああ、全然かまわねえよ。うちの店のスケジュール見て、入れる日を決めるからまた後で連絡するわ」
 そう言ってスマホに書き込んだ。
「お願いします」
「で、俺が入れない日はどうすんだ?っていうか俺、ハンバーグステーキ食いたいんだけど」
「今話してるでしょうが。終わったら作りますよ」
「え~腹へった~」
「じゃあこれでも召し上がっててください」
 真衣子が今朝至が作ったマドレーヌをきれいに盛って、テーブルへ置いた。
「へ?」
「デザートが先でもいい時もあります。それと真衣子スペシャルのコーヒーもつけておきましたから」
 そっけなくそう言って、再び真衣子は去ってゆく。
 先でもいい時は無いんだけど、まあお好みという点では…
「真衣子ってさ、絶対俺のこと好きだよな」
 マドレーヌを齧って、うまいよ至くん などと言っているが、至は確かに真衣子の岸谷への態度が他の人と違うことは感じていた。
 しかし、岸谷先輩は浩司より10歳も上の43歳…独身なので別にいいのだが、先輩も自覚というものを…
「先輩が入れない日は、仕方がないです休むしか手はないですね」
ーまあ、そうなるかぁ…ー
 真衣子スペシャルをすすりながら、岸谷も何かを考えているようだ。そこへ
「ちょっといいかな…」
 と常連さんの芝さんが声をかけてきた。奥さん騒動のあの人。
「芝さん。どうしました?」
 至が場所を開けて前へ促すと
「さっき真衣子ちゃんから聞いたんだけどな、至くん移植手術受けるんだって?浩司くんからもらって」
 口止めはしてはいなかったが、真衣子もやってくれたなと内心浩司は思う。
「でな、悪いと思いながら今ちょっとだけ話聞いてしまったんだが、こちらの人が浩司くんの代わりに入ってくれる人なんだね。こんばんは、よく来させてもらってる芝と言います」
「あ、どうも岸谷と申します。いつも後輩の店をご贔屓にしていただいてありがとうございます。俺になったからってこなくならないでくださいよ~」
 相変わらず愛想のいい岸谷に、芝さんの顔も綻ぶ。
「でな、この人も毎日は無理そうなんだろ?そこで話なんだけどな」
 芝さんは大テーブルの椅子に、よっこいしょと座って
「この間騒ぎ起こしたうちのカミさんな、駅裏にある調理学校の講師してるんだよ」
 え! 初耳でびっくり
「まだ現役でやってるし、何か役に立てないかなと思ってさ」
「え、それって、岸谷さんが来られない日に入ってくれるっていうお話ですか?」
「まあ、な。さっきメールしたら、そういうことなら全面的に協力したいって言ってて」
「でも、講師のお仕事もあるでしょう」
「講師といっても、管理職でな。結構偉ぶってるから、現場には立っているけど時間は自由に効くらしい」 
 芝さんも苦笑している。
「色々作る側の気持ちも理解してるし、自分を出さないで言われたものを言われたまま作るから、と言ってくれって言われたよ。何か役に立てたら俺に言ってくれな」
 芝さんは、ここに店を構えてからの常連さんだ。
 芝さんのおかげで10何名かのお客さんが増えたのも確かで、親戚の面倒見のいいおじさんと思っているくらいだった。父や兄では無理がある年齢なので。
「調理学校の先生なら、きっちりしてるからな。いんじゃねーか?」
 岸谷は、少し戸惑っている浩司に声をかけてやる。
 浩司は『岸谷だから』という気でいたのだが、でもこうして声をかけてもらえることもとても嬉しかった。
「では、年明け辺りから少しずつ入って貰って、色々馴染んでいっていただくということでいいですかね」
 徐々に埋まっていく外堀。
 浩司不在は約1ヶ月だが、その1ヶ月の事に色んな人が動いてくれて、本当に感謝しきれない。
 至と浩司は目を合わせて、頷き合った。

 忘年会~

 29日の夜。
 店が終わりかけになると、ぞろぞろと人がやってきた。
 年末なのでお客さんの引けも早く、9時閉店なのだが8時には1組になっており、半になったら誰もいなくなってしまった。
 夏生家族と朝陽家族は8時頃店に入り、最初の1時間ほどを遊ばせてもらって帰るという予定である。
 8時の時点で陸はもうネムネムさんになってぐずっていたが、やはり早めにきていた芝さんや他の常連の奥様方に可愛がられて、眠いながらも愛想を振りまいていた。
 凛々子は少しお姉さん振りたかったのか、陸を宥めようと頭を撫で撫でしていたが、あまりの鳴き声に怖くなり夏生にしがみついて至にもらったスティックパンをもぐもぐとしている。
「店に子供がいるっていいな。店が明るくなるし活気付く」
 浩司が店の中を見て、楽しそうにいった。
「まあ、育てるのは大変だろうけどな」
「なに~?欲しくなった?じゃあ僕産もうかな…」
 お腹をさすって微笑む。
「俺は、お前がいればいいっていつも言ってるだろ」
「知ってる~」
 そんな会話を片隅でしているその後ろで
「え~おっほん、ごほごほっけほっ」
 真衣子がデザートカップを持って、立ち往生していた。
「もうね、お二人さん最近ところ構わずいちゃつくようになりましたよね…。独り身には厳しいんですけど~」
 開けてもらった隙間を通って、真衣子はつぶやくように歩いてゆくが
「ねえ、真衣ちゃん」
「はい?」
 こっちこっちと至は真衣子をもっと隅っこに連れ出して
「真衣ちゃんさ、岸谷さんどう思ってるの?」
「は?キシタニですか?いえ別になんとも?」
「ほんとに~?」
 疑わしい笑みで真衣子を見るが、お得意のポーカーフェイスは崩さない。
「本当ですって~。あんなセクハラおじさんに私がどんな気持ち持つんです?大体あの人店長より10歳も上でしょう?43ですよ43。私21ですからねえ…どうにも」
「俺は若い子好きだよ?まだ42だけど」
 いつの間にか湧いていた岸谷パイセン。
「ヒイッ」
 真衣子が飛び上がり、変な悲鳴を上げる。
「よ、43も42も変わらないですもう。おじさんは細かい年齢にこだわるから」
 忙しい忙しいと呟いて、真衣子は店内へ戻ってしまった。
「もう岸谷さんたら、聞き出そうと思ってたのに~」
「まあいいのいいの、真衣子が俺のこと好きなの確定してっから、俺は安心してるんだよ」
 どこからその自信が?
「真衣ちゃん最近、お客さんできてる一馬くんっていう子の友達紹介して貰ってますよ?25歳くらいの若い子です」
「え…」
 前々から岸谷が真衣子を気に入っているのも至はわかっていた。なんとか…とは思うが、40代の人って若い子相手になると割と怖気づいちゃってね~まあ気持ちはわかるけど。
「いーくん…」
 下から小さな手がエプロンを引っ張った。
「あれ、凛々ちゃんどうしたの~」
 凛々子を抱き上げて頬ずり。
「え、至くん産んだの?」
「そう~僕によく似てるでしょ~?浩司もめろめろだよ~」
 そう言って、もう一度どしたの?ときくと
「お水欲しいの」
 と小さい手を出してきた。
「お水でいいの~?リンゴジュースあるよ?」
「至!お水でいいのよ。もう夜なんだから」
 少し遠くで姉の夏生が怖い顔をしている。
「ママ怖いね、凛々子もお水でいいの?」
 と、問う間には凛々子は岸谷をじーっと見つめていた。
「若い子から熱い視線をもらっちまってるぜ。おじちゃんとこ来るか?」
 両手を出してみると、意外にもそっちへいくという」
 驚いたのは本人。
「はは、大抵の子は嫌がるんだけどなw俺の人徳だな」
 凛々子を抱っこして、至が用意した水を凛々子に渡す。
「うまく飲めるか~?」
 手慣れた様子に至も驚く。
「俺も姪や甥が多いんだよ。お、上手だな」
「凛々子もう5歳だから、お水くらい飲めるよ」
 そう反論されて、ーそっかお姉さんだな凛々ちゃんはーなどと和やかにやっていた時
「至さん…」
 真衣子が戻ってきて声をかけてきた。
「あっち…」
 指さす方を見てみると、浩司がじっとこっちを見ている。
「凛々子ちゃんがお二人のお子さんみたいに見えるんですよぉ」
 岸谷はゲラゲラ笑って至の肩に手を回したりして遊びだした。
「キシタニサンはもっと気遣いして」
 麻衣子に怒られ、
「じゃあ真衣子が至くんと場所交換すれば角立たねえだろ」
「それじゃ凛々子ちゃんが私とキシタニサンの子みたいじゃないですか嫌ですよ」
 と、また冷たく去っていく。
「あのカタカナ呼びが直らない限り、進展はなさそうですね」
 と、至は凛々子を受け取って夏生のところへ凛々子を戻しに行った。


 時計も11時をまわり、そろそろお開きとなるとき、浩司と至はレジ前に立ち挨拶を始めた。
「今年もにぎやかに忘年会ができてよかったです。皆様、今年もこのハミングバードをご贔屓にしてくださり、本当にありがとうございました」
 至の言葉と共に、二人で頭を下げる。
「よくきてくださる常連の皆様にだけお知らせいたしますが、来年2月に私、吉田至は元より悪かった肝臓の移植手術をすることが決まりました。そして、移植する肝臓の提供者は隣にいる浩司です」
「よっ男前!」
 岸谷が声をかけると、参加者から笑いが起き、なぜだか隣に立っていた真衣子が肘で岸谷をこづいていた。
 常連のお客さんは結構知っていた方がほとんどだった。そして二人の関係性もわかっている人が大半で、その言葉には拍手さえ湧いた。
「親族や血族が決まりの移植の現場で、こうして一緒にいるにもかかわらず血のつながりや姻戚関係のない浩司がドナーとなるには大変なことがたくさんありました。でもこうして乗り越えて、僕が…浩司の肝臓を分けてもらえることになり、とても嬉しく…います」
 浩司が至の背中に手を当てた。
 涙声の至はーすみませんーといって、
「なので、来年は元気になりますので、皆様と益々良い関係を気づいていけたらと思っています。来年も、よろしくお願いいたします」
 再び深く頭を下げて、全員の拍手を浴びる。
 そして自分たちが不在の時に入ってくれる岸谷と芝さんの奥さん康子さんを前に呼び、浩司が紹介に立った
「僕らが不在の時に、調理に入ってくれるのはこのでかい男、岸谷健作と芝康子さんです。岸谷は僕のバイト時代の先輩で腕は確かですのでよろしくお願いします」
「ご紹介に預かりました岸谷です。浩司は私が仕込んだも同然なので、浩司よりは私の方が上手いもの作れると思います。どうか、この店が私の店の2号店になりますよう、皆様のお力添えを…」
「では、芝さんの奥様康子さんどうぞ」
 強引に遮って、芝さんの奥様へバトンタッチ。会場は笑いで包まれた。
「芝靖子と申します。駅裏の調理専門学校で講師をさせていただいております。浩司さんのお料理をならいまして、少しでも似た味を作れたらいいなと思って1月から勉強させていただきます。どうぞ皆様、浩司さんの不在時もお店にお越しになってください。よろしくお願いします」
 深々と頭を下げて、靖子は一歩後ろへ下がった。
「まあ、岸谷は冗談が下手なので挨拶もあんな感じでしたが、あっちの店をうちの2号店にするのは狙ってます。そちらへのお力添えをよろしくお願いいたします」
 浩司が巻き返し、会場からは拍手の嵐が沸いた。
 その後を継いで至が話を繋ぐ。
「そして、僕の方が長く入院することになるんですが、その間にコーヒー作りを担ってくれるのが、長くアルバイトをしながら僕と一緒にコーヒーの淹れ方を研鑽している松原真衣子です。皆様にはお馴染みだと思います。真衣ちゃんのコーヒーは個性が豊かで、僕とはまた違う風味があります。その味をまた楽しんでいただければ、僕も真衣ちゃんも嬉しいです。そして、ホールのサポートに入ってくれるのが、来年から新しくなるショップカードのデザインをしてくれた八代一馬くんです。アルバイトの経験もあるので、こちらの心配は全くしていません。若い子がホールに増えますので、どうぞ可愛がってあげてください」
 一馬に挨拶するかきいたが、その場でよろしくお願いしますと頭を下げるだけに止まった。
 そして最後になり、
「それでは皆様、我が店恒例の締めの乾杯と行きたいと思います。グラスの準備はいいですか?」
 それぞれがグラスを取り、
「では、来年もよろしくおねがいします。良いお年を~~~」
「「「かんぱ~い」」」
 全員で乾杯と叫び、それが締めとなる。

 片付けが始まって、大輔と一馬が残ってくれた。
「悪いね二人とも」
「いえいえ、少しの間とは言えここでお世話になるので、一馬も色々覚えないとだし」
「余った食べ物持って帰ってね。朝ごはんくらいにはなるでしょ」
「ありがとうっす~」
 遠くから一馬が嬉しそうに返してきた。
 岸谷は、浩司から厨房の物品置き場を教わっていて、色々頭に叩き込んでいる。
「ねえ、二人今日はおとなしかったんじゃない?」
「そうですか?僕らあの岸谷さんって人にずっといじられてて」
 笑いながら大輔が言うと、一馬も
「あの人変な人ですよね~俺に『真衣ちゃんに男紹介しないでやって』とか言われましたよ~」
「えええええ!」
 それを聞いてイキリ立つのはあたりまえだが真衣子。
「ちょっとキシタニサン!あなたなんで」
 厨房へ向かって怒ろうとしたが、岸谷に人差し指を口に当てて しーってされてだまりこむ。
「ま、まあ今は教わってるところだし…むんっむんっ」
 テーブルにかかっていたクロスを折りながら、ムンムン言っている真衣子をホールにいる3人はおやおや?という目で見ていた。


 除夜の鐘が鳴り、新しい年が来た。
 二人の恒例で、毎年お風呂に入って年を越す。
 この家で1番良かったと思ったのは、浴槽が大きかったこと。180cm自衛隊学校で鍛えた体の浩司と、細くはあるが170cmの至が二人で入っても余裕がある。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
 向かい合って座って、足はお互いの腰の脇。一緒に挨拶をして軽いキスをする。
「今年は色々ありそうだね~。僕は我慢の年だ」
 至が笑ってお湯で顔を拭う
「前も言ったが、俺も一緒に我慢する。また来年こうやって風呂に入れたらそれでいい」
「そうだよね」
 除夜の鐘を聴きながらのお風呂はもう何回目か。
 一年に一度のこの夜が、長く続くことを祈る。
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