エレガントエレファンツ

うらや 

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1章

4話

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※性表現注意



『サーカスとは、ただの大道芸ではありません』
 暗い部屋の中、パソコンのモニターを見つめる。椅子の上に両足を上げて、毛布にくるまる。モニターの中では、美しいオスカー様が微笑んでいた。
『一種のアートであり、呼吸であり、営みです。その営みを洗練させていくだけで、自然と人は惹きつけられていく』
 絹の様な黒い髪が揺れる。黄金色の目がピカピカ光って、丁寧にアレンジされた前髪の裏でイタズラっぽく見え隠れしている。
『エレガントエレファンツには、やはり志望者も多いのでしょうか』
『はは、ええ。嬉しいことに、多くの人たちがスポットライトと歓声、それと少しのお金を求めて我がサーカス団の門戸を叩いてくれます』
 わざとらしい笑い声のサウンドエフェクトに、オスカー様の言葉尻が掻き消される。チッ、と舌打ちを零せば、ぬるりと背後から腕が生えてきた。
「楽しい?」
 スノウだった。目の端でその顔をチラリと見て、パソコンの音量を上げる。ヘッドホンから流れるオスカー様の声が大きくなって、今の最悪な状況が少し緩和されるようだった。
『我々はいつでも、あなたたちの到来を心待ちにしています』
 俺のことも待ってくれるのだろうか。
 毛布の隙間から手が入り込む。それは胸の突起を指で挟んで、薄くて触りがいなんて無いだろう胸をまさぐる。
『あなたの美しさを、営みの中から見つけるのです』
 どろりと融けるように、涙が溢れる。露出した首元にスノウの吐息が触れる。吸い付かれて、噛まれて、舐められる。
『あなたは、あなただけのものなのだから』
「ヴェローナ」
 ヘッドホンがズレる。オスカー様の声が遠ざかって、スノウの重い声がまとわりつく。
「ベッド、行こ」
 手が下腹部に到達する。溢れる涙が止まらなかった。水音が響いて、顔を伏せる。縮こまった俺を抱きかかえて、スノウがベッドへと俺を運ぶ。スプリングが軋んで、体が重くなる。毛布をかき抱いて身を守ろうとも、隙間を縫って手と、吐息が入り込む。
 湿った吐息が、頬に触れた。

ーーーーーー

「今日、バイトだから」
 泣き疲れて腫れた顔を携帯で確認しながら呟く。ベッドに横たわり、俺の腰に腕を回しているスノウが、うん、と小さく返事をした。
「頑張ってね、応援してる」
 どの口が。
 今すぐこの携帯で、この男の顔面をぶん殴ってやろうか。いや、それよりもこの顔の腫れと浮腫みをどうにかしなくてはいけない。ガクつく足でなんとか立ち上がり、シャワーを目指す。内腿を汗や精液が伝う。勝手に後孔から溢れて、まるで粗相をしているような感覚だ。
「送って行こうか」
 スノウが眠そうな瞼から俺を見つめている。その全てがとんでもなく許せなくて、誰のせいで、恋人ヅラするな、犯罪者が! 様々な言葉が喉奥に引っかかって、その衝動は偶然そこにあったティッシュ箱を投げつけただけになった。
 涙がまた勝手に溢れてきて、質素なユニットバスに駆け込む。便器の便座を上げて縋りついた。
 鳩尾が痙攣して、喉がわななく。そのまま口から少ない吐瀉物が溢れ出た。昨日食べたもの、さっき飲まされたもの、様々な匂いが迸って、それについて考える脳みその回路を無理矢理引きちぎって無心で嘔吐し続けた。腹に力が入って、尻からも色んなものが出てくる。惨めだ。
 ようやく嘔吐が終わって、ゆっくりと顔をあげる。横を向けば、裸眼と涙で霞む視界の中、あまりにひどい顔をした男がいた。それが鏡だと気づくのに一拍掛かる。どうしようもない虚脱感に襲われて、やけくそに冷たいシャワーを浴びた。

「はい」
 シャワーから上がって、服を着込んで眼鏡を掛けてところで、目の前に俺の鞄を突き出される。
「送ったげる」
 スノウが笑う。やっぱり目が笑ってない。
「い、いらない」
「遠慮しなくていいよ。あ、恥ずかしいならちょっと離れたところで降ろすから」
「違う……!」
「ほら、行こう。遅刻しちゃう」
 手が伸びてくる。思わず手で顔を庇えば、その手首を強く握り込まれた。びくともしない。そのまま引き摺られて部屋を出る。何をそんなに厳重にする必要があるのか、この部屋の鍵の数は尋常じゃなかった。
 狭い廊下を進んで、木製の階段を降りる。スノウの部屋が入っているボロアパートから出れば、管理人の老婆が迷惑そうな目で俺たちをじろりと見た。
 アパートの前に止まっている白い国産車に向けてスノウが鍵を向ければ、がちゃりと音がして解錠する。
「後部座席、荷物でいっぱいだから助手席に乗ってね」
 俺より上にあるスノウの顔を窺い見る。屋外に出てより強くなった影に、目元が隠れてよく見えない。ようやく腕から手が離れて、スノウが反対の運転座席の方へ回った。腕にはアザが付いていた。
「お弁当とか、買っていく?」
 さっさと運転席に座ったスノウが、エンジンをかけながら何でもないように聞く。今、ここで走って逃げたらこの男から逃れられるだろうか。
「ヴェローナ、言っとくけど。僕は今簡単に人を殺せる物に乗ってるよ」
 ハンドルにもたれて、上目遣いにスノウがこちらを見上げる。殺せる、なんて強い言葉を使ってるのに、その顔には冗談じみた色どころか、何の感情も乗っていなかった。本当にどうでもいいんだろう。
 握っていた拳から無理矢理力を抜いて、それでも少し逡巡して、ようやく助手席に乗り込む。
「嬉しいなあ。好きな子を隣に乗せてドライブするの、夢だったんだ」
 スノウが目を細めて笑う。鞄を胸の前に抱えて、出来るだけ縮こまる。なるべく攻撃されないように。もう、この男が何を言っても頭に入ってこなかった。
 車が走り出す。憎々しいほど、いい天気だった。
「バイト終わったら連絡ちょうだい。迎えにいくから」
「……いらない」
 小さな声しか出なかった。スノウは何も言わなかった。
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