エレガントエレファンツ

うらや 

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1章

10話

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「ミツバチはトランクス派? かわいいね」
 どうせなら下も脱ごう! というオーギュストの提案で、カーゴパンツを脱がされて開口一番それだった。
「私は下着にこだわりがないんだけど、君は何か理由があって選んでたりするのかな」
 オーギュストがずい、と顔を近づけてくる。相変わらず心臓に悪いが、その表情がオスカー様とは違うことに気づいて、少しずつ動悸が大人しくなっていく。
「その、ミツバチって、なに」
「可愛いだろう? 君のステップがミツバチみたいだったから」
 プールサイドに両腕を組み、オーギュストが見上げるように俺を見つめる。服を脱いで顕になったその体に目が行って、思わず視線を逸らした。
「あ、どうせならルームサービスも頼んじゃおう」
 オーギュストは、そう言ってプールサイドに伸び上がって、タッチパネル式の電子機器を掴む。その時に下腹部が水中から顕になって、思わず、うわ! と大きな声が出た。
「なんで何も履いてないの!」
「言ったじゃないか、下着にこだわりは無いんだって。お腹空いてる? ピザでも頼もうか」
 まるでなんでも無いことのようにプールサイドに腰掛け、足を組む。白い肌がライトアップされたプールに反射して、ぼんやり発光しているようだった。
 今自分が眼鏡を外していて良かった。眼鏡をかけ始めてからの人生で、初めてそう思った。
「そのギプスも濡れちゃったし、交換しなきゃいけないよね。ついでに医者も呼んじゃうか」
 タッチパネルを操作するオーギュストが当たり前みたいに呟く。こんな時間に医者なんか呼べるのか。先程、確か芸能事務所を経営していると言っていたことを思い出す。それでこんなに羽ぶりが良いのかとぼんやり思って、いや、それにしたって金遣いが荒いなと考え直した。
「なんで、俺なんかにそこまでするの」
「なんか? 君って意外と自意識が低いね。ピエロの時はあんなに自信満々だったのに」
 オーギュストが端末をプールサイドに放り投げる。一瞬ヒヤリとしたが、それは綺麗に柔らかそうなソファに着地した。
「まず、私はオスカーを俳優として起用したい」
 オーギュストが再びプールの中に入る。ざぶり、と波が出来て、体が揺れる。
「でも、アイツは酷い妄執癖で、エレガントエレファンツの外に出ようとしない」
 肩にオーギュストの腕が回り、引き寄せられる。さっきの柔らかい匂いはもうしなかった。
「だから、優しい兄から一つ贈り物をする。それが君」
 とん、と胸元にオーギュストの指が刺さる。その指先には黒いネイルが光っていた。
「まあ後は私の方で色々するけど、結果的にオスカーをあのサーカス団から引っこ抜く! そして、うちの事務所に入れて俳優デビューして、私達兄弟は名だたる芸能界のレジェンドを捩じ伏せる王者になる。夢のある話だろ?」
 ぱちん、とウィンクを飛ばされる。その顔の圧に、思わず無条件で頷いてしまいそうになるが、どうしても聞き捨てならない。
「オスカー様をエレガントエレファンツから引き抜くってこと?」
「そうだね」
 オーギュストはあっけらかんと頷いた。
「……いやだ。あり得ない。エレガントエレファンツじゃないオスカー様なんて、想像つかない」
「まあそう回答を急がないで。君にとっても悪い話じゃない」
 ぐ、さらに強く引き寄せられる。もうほとんど抱きしめられているような距離だった。
「君はエレガントエレファンツに入りたいんだろ? でも、正直言って君のスキルじゃ正規ルートでは行けないと思うよ。意識は高いけど、技術が追いついてない。道端の大道芸レベルなら大したものだけど、一流から見ればとてもじゃないが舞台には上げられない」
 その言葉に、ぐ、と下唇を噛む。確かに、俺はあの小さな組合の中でですら、一番になれたことはない。
 不意に顎を捉えられ、無理やり目を合わせられる。やはり、オーギュストは、オスカー様と違って底意地の悪い表情をする。
「それに、ここで君が断って、私が君をこのホテルの真下に放り出したとして、満足にお家に帰れるかな? 帰れたとして、あの犯罪者から逃げられる? すごく怒ってたよね。もし捕まったら何をされるのか……、ひょっとしたら、殺されちゃったり?」
 白い影がちらつく。ぞ、と背筋が震えて、あいつにつけられた無数の傷がジクジクと痛む。少し寒い。呼吸が浅くなる。
「ねえ、怖いでしょう? ほら、もう少しよく考えて。私なら、君を守ってあげられるよ」
 右手を絡め取られる。指の間を擦られて、深く、深く繋がる。その力は強くも優しくて、スノウのような暴力的な力じゃなかった。
 不意に、くぐもったインターホンが鳴る。オーギュストが離れて、プールサイドに上がった。
「ルームサービスが来たみたい。とりあえずお腹いっぱい食べて、ギプスを交換して、色々整えてから考えよう」
 惜しげもなく白い体を晒したオーギュストの目は、選択肢など無いはずだと、言わんばかりに輝いていた。

ーーーーーー

「ミツバチはお酒飲める?」
 バスローブに身を包んだオーギュストと、ベッドの上に寝転がる。行儀悪くピザやフライドチキンをベッドの上に広げている。
 濡れたギプスも新しいものに取り替えられた。取り替える時に、医者から「骨がくっつかないうちにギプスを交換すると、結果的に治療期間は伸びる。今後は決して濡らさぬように」と厳命されてしまった。
 そうして固められた腕では食事もままならず、遺憾にもオーギュストの手ずから給餌をされている次第だった。
 見た目の優美さとは違い、かなり粗暴なフォーク使いで俺の口の中はピザで満杯だった。酒が飲めるかという問いに、かろうじて頷くことしかできない。
「私はワインの良し悪しがよく分からなくてね。これはいいものらしいけど、君の口に合うかな」
 二つのグラスに赤ワインが注がれる。ワインボトルがサイドボードに着地して、グラスが離陸する。ワインの香りを嗅ぐオーギュストは様になるが、本人の言うようによく分かってないのだと思うと、少し面白かった。
 ようやくピザ飲み込めば、口元にワイングラスが寄せられる。ふわりと漂う香りが芳しくて、今まで飲んだ酒とは全然違った。
 おずおずと口をグラスの淵につければ、ゆっくりと傾けられる。美味しい。ワインは少し口に含んで転がすのが定石だが、オーギュストはそんなこと知ったことではないのか、グラスをずっと傾け続ける。溢すのも勿体無く、それなりの量が入っていたのもあって、ごくごくと嚥下して、グラス一杯を一気に飲み干してしまった。
 ぷは、と息を継げば空気が脳みその方に膨らんで、ボーッとする。良くない酩酊感だ。
「行ける口だね、もう一杯行く?」
 そう聞きながら、空になったグラスに赤ワインが再度注がれていく。自分はまだ一滴も飲んでないくせに、そう思って睨めば、オーギュストは悪戯っぽく微笑んだ。
「何? さっきの仕切り直し、する?」
 黒い髪が降りてくる。頭がクラクラして、さっきの言葉が良く理解できない。お酒が欲しい。もう一口飲みたい。夢現に頷けば、温かい唇が降ってきた。
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