エレガントエレファンツ

うらや 

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1章

11話

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 音がする。金属が擦れるような、不快な音だ。
 目を開ける。窓の外は薄ら明るくて、早朝であることが見てとれた。体を起こせば、オーギュストの腕が滑り落ちる。穏やかに眠るその寝顔が、オスカー様に良く似ているのも相まって愛おしい。
 また音が響く。玄関からだ。嫌な予感がして、半端に引っ掛かってるだけのバスローブを羽織り直し、ゆっくりと玄関に様子を見に行った。

 部屋の玄関は鉄扉だった。足元に薄く隙間が空いており、廊下の明かりが漏れ出ている。
 その扉の下から、何か針金のようなものが伸びていた。とても長いそれはふらふらと左右に揺れて、先端についた輪がびよびよと震えている。これが鉄扉に擦れて嫌な音を立てていたのだ。何の真似だ、と思いかけて、ゾッとした。
 ドアノブを探しているのだ。
 この扉は内側からはドアノブを回すだけで簡単に開くようになっているらしかった。少なくとも、ルームサービスを受け取りに出ていたオーギュストが、開錠してから扉を開けた素振りはなかったように思う。
 血の気が引いて、咄嗟にその針金を掴んだ。掴んで、その後どうすればいいのかわからない。これで、異変を察知した犯人がさっさと逃げてくれればいい。
 そう願って、扉についている。覗き穴を、恐る恐る覗き込んだ。
「ヴェリー?」
 灰色の目。
 ひゅっ、と空気が空回って、その場に硬直する。扉越しに、引っ掻くような振動が伝わってくる。
「ヴェリー、開けて? ねえ。開けて、開けて、開けて」
 スノウだ。カリカリと扉を引っ掻いていた音は次第に激しくなり、あまりに耳障りな音を出すようになっていた。自分の口元を手で覆い、音を出さないようにする。どうか、ここにいるのが俺じゃないと勘違いしてくれ。
「ねえ、僕たち恋人でしょ? 一緒に入って行ったやつ誰? 浮気? 僕の何が足りなかったの? お金? なんで何も言わずに出て行ったの? なんで相談してくれなかったの? ねえ? なんか言ってよ。開けて。ヴェリー、そこにいるんでしょ? 開けて」
 ガチャガチャとドアノブが身じろぎする。鍵が掛かっていて開けることは出来ないようだ。その代わり、俺の手の中にある針金がまた激しく動き出した。
 怖い。耐えられない。助けてほしい。思わず、肩越しにオーギュストの方を振り返った。
「大丈夫だ、ミツバチ。下がっていなさい」
 肩を抱かれ、オーギュストの背中に隠されるように立ち位置を逆転された。
「は? 誰今の声。おい、聞こえてんだろ、誰だよ」
 スノウの声に明らかな敵意が滲む。乱暴な言葉に、スノウにされた諸々が蘇り、あれでもまだ優しく接していた方だったのだと、嫌でも思い知る。
 硬直していた中、握っていた針金をオーギュストが代わりに握りしめる。ふと、あの化け物じみた握力を思い出した。
 激しく金属の擦れる音。扉の下から飛び出す針金。
 オーギュストが足元に針金を捨てる。その先端、スノウが握っていたであろう場所に、点々と赤いものが付いていた。
「いった……、はあ?」
 小さな声が扉の向こうから聞こえる。明らかに苛立っている。
「もうフロントには連絡を入れてある。警察にも通報が入ってるかもしれないね」
 未だガチャガチャと揺れていたドアノブが止まる。
「君のことは知ってるよ。少し調べたからね。前科がつくとまずいんじゃないかな」
 オーギュストが畳み掛ける。少しの沈黙の後、舌打ちと、強く扉を蹴る音と共に、重い足音が去って行った。
 ついに何も聞こえなくなった頃、膝から力が抜ける。その場にへたり込んで、まともに息が出来ずに涙がポロポロと溢れた。
「怖かったね、もう大丈夫だよ」
 俺の横に膝をついたオーギュストに抱きしめられる。温かい。その首筋に縋って、声を上げた。
「こ、こわかった……!」
「よく我慢したね、いい子いい子」
 額に唇が落とされて、さらに強く抱きしめられる。頭を撫でられ、背中を撫でられその温かさに更に涙が溢れ出る。
「あ、あいつ、嫌だって言ってるのに、やめてくれなくて……」
「うん」
「しゃ、写真まで撮ってて……! 言うこと聞かないと、ネットに流すって……」
「うん」
 言葉が詰まって、嗚咽が止まらない。目の前の男を掻き抱いて、縋って、後から後から溢れ出てくる。子供のように泣きじゃくって、その間ずっと、オーギュストは俺を抱きしめてくれていた。

ーーーーーー

 ベッドに腰掛け、オーギュストに水を飲ませてもらう。きっと目元が腫れて、見るも無惨な有様になっているだろう。
 あのあと、すぐにフロントから警備員と一緒にホテルマンが部屋を訪ねてきた。不審者こと、スノウについては目下ホテル内を捜索中だが、現在見つかってはいないそうだった。
「何にしろ、もうここにはいられないね。彼にバレちゃったし」
 コップが離れ、すぐに口元を優しく拭われる。口元に触れるタオルの感触が気持ちよくて、悟られないように少しだけ頬ずりした。
「しょうがないから、私の家に行こう。下手なビルより警備はしっかりしてるよ」
 オーギュストは、まるで癖のように俺の頭を撫でた。じんわりと伝わる体温に思わず目を細める。
「オーギュストの家?」
「うん。ついでにそのギプスが外れるまで面倒見てあげる。それが外れたら、本格的にエレガントエレファンツ潜入作戦について話し合おう!」
 溌剌に笑うオーギュストに、そういえばそんな話だった、と思い出す。今でもオスカー様をエレガントエレファンツから引き抜くというオーギュストの狙いには賛同できないが、スノウの様子を見て一人でいれるほど、俺の心臓は剛毛じゃなかった。
 いいよね? と確認するオーギュストに、まあオスカー様が簡単に団長を辞めるはずはないと思い至り、静かに頷いた。
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