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2章
12話
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「あ、ママ? うん、俺の携帯壊れちゃって、友達の電話借りててさ。それでね、ちょっと入院することになって……、あ、ううん平気。必要なものはみんな持ってるし。お見舞いも大丈夫だから……。平気だって、ギプス取れるまでの間だし。うん、うん……、大丈夫だよ。はいはい、愛してるよ、ママ」
一拍おいて通話を切る。耳元から携帯が離れ、オーギュストがそれを自らのポケットに仕舞った。
がくん、と床が揺れる。思わず自分が腰掛けていたソファに捕まれば、変な方向に力が加わったのか腕が少し痛んだ。
「今日は波が高いな」
オーギュストはそう言いながら窓の外を眺める。ガラスの向こうには、青い空と青い海が広がっていた。ざぷざぷと波の音がして、潮の香りが鼻をくすぐる。
オーギュストの家はある無人島にあるらしかった。
家と言っても複数あるらしく、その中で最も来客招くのが難しいところで療養するという話だった。金を持っているとは思っていたが、これほどとは思っていなかったので、話を聞いた時は流石に面食らった。そんな俺に、庶民の生活に戻れなくしてやる、とオーギュストは意地悪く笑っていた。
「無人島の家とか、結構不便そうだけど」
酒の入ったグラスを傾けるオーギュストを見上げる。
「まあ不便といえば不便だけど、いわゆる密会に都合がいいね。あとはマスコミが嫌になった時?」
ざぷん、と船が揺れる。椅子から転げ落ちないように踏ん張るのが精一杯で、質問の答えに生返事しか返せない。不意に腰に腕を回される。不思議と体が安定した。
「私、テレビとかで結構出てるんだけどねえ、知らない?」
「オスカー様追うにはPCだけで十分だから」
「現代っ子め」
オーギュストが酒を置き、代わりに煙草を咥える。この船が禁煙か否かが気になったが、船自体がオーギュストの所有物なのを思い出して言葉を飲みこんだ。
「吸う?」
とん、と煙草の吸い口が唇に触れる。同時に、それを挟むオーギュストの指からじんわりと体温が移ってくる。それが昨日の夜を彷彿とさせて、顔を背けた。
「煙草、きらい」
「好き嫌いしてると大きくなれないぞ」
かちん、とライターの音がして紫煙が立ち上る。艶やかな唇から吐息と共に煙が吹き上げて、その横顔はまさしくオスカー様で、思わず見惚れてしまう。
「……その家って、ネットある?」
不意に不安になる。まさか、ギプスをはめている間オスカー様を見られないなんてことはないだろうか。
オーギュストは少しだけ目を開いて、にたりと意地悪く笑った。
ーーーーーー
「まあいいじゃないか。デジタルデトックスといこう!」
停泊した船からゆっくりと桟橋へ上がる。ようやく安定した足場に立てたというのに、気分は過去最低に沈んでいた。
「オスカー様の配信を全部見逃すとか……、そんな馬鹿なこと……」
「私がいるのに、ミツバチは贅沢だね」
「蝶と蛾は違うし……」
「どっちが蛾かは聞かないでおこう」
そう言いながらオーギュストが歩き出す。
桟橋の側には白い砂浜が海を迎えるように弧を描いている。その先には木々や茂みが生い茂る中、石畳の細い道が坂の上へと伸びていた。申し訳程度の細い街灯が等間隔にあるが、どれもこれも蜘蛛の巣が張っている。
石畳はそれなりの勾配があった。オーギュストはそれを意に介する様子もなく、スタスタと歩いていく。俺もそれに続きたいが、ギプスが嵌められていると体のバランスの取り方が少し変わる。足元も決して良いとは言えないので、歩くのに少し苦労する。
「ほうらミツバチ! この程度でそんなんじゃ、エレガントエレファンツなんて夢のまた夢だぞ!」
遠くからオーギュストの声が聞こえる。足元を注視していて、随分と距離を空けられていることに気づかなかった。
「俺、一応怪我してんだけど!」
「プロは負傷していてもパフォーマンスを落とさないものだ!」
嘘つけ、という言葉を噛み潰す。脳裏に数々の故障で引退していったスポーツ選手が流星のように駆け抜けていく。
意識してバランスを取る。この程度、玉乗りに比べればどうということはない。できるだけ大股で坂を駆け登れば、じきにオーギュストの背中に落ち着いた。
「うーん、ギリギリ落第ってところかな」
オーギュストが立っていたのは坂の頂上らしかった。こちらを振り返り、目を合わせて開口一番がそれだった。
「は?」
「ガッツはある、厭世的な癖に負けん気も申し分なし。だからかな、優雅さに欠ける」
ぐい、とオーギュストが俺の腰を抱き寄せる。鎖骨のあたりをぐいと押され、自然と背筋が伸びた。
「人生は舞台だ。瞬きの間でも、呼吸の一つでも、優雅さを欠いてはいけない。背を曲げるな、息を荒らげるな、目を泳がせるな! 道化とはそういうものさ」
ふと、スノウの言葉を思い出す。
「ピエロは普段からピエロだとダメ」
あいつはそう言って俺を選んで、オーギュストはその逆のことを言う。
「オーギュストは、ピエロやってたの?」
「いや? やってたどころか、嫌いだよ」
思わずその顔を見上げる。
「嫌いだからこそ厳しい目で見られるし、嫌いな奴を好きにさせてこその道化だろう? ミツバチ」
肩を引き寄せられ、オーギュストの顔がずいと寄る。輝くような顔で、オスカー様とは違うとわかっているのに心臓が勝手に踊り出す。挑戦的にキラキラ光る目を睨みつければ、ゆるりと撓んだ。
一拍おいて通話を切る。耳元から携帯が離れ、オーギュストがそれを自らのポケットに仕舞った。
がくん、と床が揺れる。思わず自分が腰掛けていたソファに捕まれば、変な方向に力が加わったのか腕が少し痛んだ。
「今日は波が高いな」
オーギュストはそう言いながら窓の外を眺める。ガラスの向こうには、青い空と青い海が広がっていた。ざぷざぷと波の音がして、潮の香りが鼻をくすぐる。
オーギュストの家はある無人島にあるらしかった。
家と言っても複数あるらしく、その中で最も来客招くのが難しいところで療養するという話だった。金を持っているとは思っていたが、これほどとは思っていなかったので、話を聞いた時は流石に面食らった。そんな俺に、庶民の生活に戻れなくしてやる、とオーギュストは意地悪く笑っていた。
「無人島の家とか、結構不便そうだけど」
酒の入ったグラスを傾けるオーギュストを見上げる。
「まあ不便といえば不便だけど、いわゆる密会に都合がいいね。あとはマスコミが嫌になった時?」
ざぷん、と船が揺れる。椅子から転げ落ちないように踏ん張るのが精一杯で、質問の答えに生返事しか返せない。不意に腰に腕を回される。不思議と体が安定した。
「私、テレビとかで結構出てるんだけどねえ、知らない?」
「オスカー様追うにはPCだけで十分だから」
「現代っ子め」
オーギュストが酒を置き、代わりに煙草を咥える。この船が禁煙か否かが気になったが、船自体がオーギュストの所有物なのを思い出して言葉を飲みこんだ。
「吸う?」
とん、と煙草の吸い口が唇に触れる。同時に、それを挟むオーギュストの指からじんわりと体温が移ってくる。それが昨日の夜を彷彿とさせて、顔を背けた。
「煙草、きらい」
「好き嫌いしてると大きくなれないぞ」
かちん、とライターの音がして紫煙が立ち上る。艶やかな唇から吐息と共に煙が吹き上げて、その横顔はまさしくオスカー様で、思わず見惚れてしまう。
「……その家って、ネットある?」
不意に不安になる。まさか、ギプスをはめている間オスカー様を見られないなんてことはないだろうか。
オーギュストは少しだけ目を開いて、にたりと意地悪く笑った。
ーーーーーー
「まあいいじゃないか。デジタルデトックスといこう!」
停泊した船からゆっくりと桟橋へ上がる。ようやく安定した足場に立てたというのに、気分は過去最低に沈んでいた。
「オスカー様の配信を全部見逃すとか……、そんな馬鹿なこと……」
「私がいるのに、ミツバチは贅沢だね」
「蝶と蛾は違うし……」
「どっちが蛾かは聞かないでおこう」
そう言いながらオーギュストが歩き出す。
桟橋の側には白い砂浜が海を迎えるように弧を描いている。その先には木々や茂みが生い茂る中、石畳の細い道が坂の上へと伸びていた。申し訳程度の細い街灯が等間隔にあるが、どれもこれも蜘蛛の巣が張っている。
石畳はそれなりの勾配があった。オーギュストはそれを意に介する様子もなく、スタスタと歩いていく。俺もそれに続きたいが、ギプスが嵌められていると体のバランスの取り方が少し変わる。足元も決して良いとは言えないので、歩くのに少し苦労する。
「ほうらミツバチ! この程度でそんなんじゃ、エレガントエレファンツなんて夢のまた夢だぞ!」
遠くからオーギュストの声が聞こえる。足元を注視していて、随分と距離を空けられていることに気づかなかった。
「俺、一応怪我してんだけど!」
「プロは負傷していてもパフォーマンスを落とさないものだ!」
嘘つけ、という言葉を噛み潰す。脳裏に数々の故障で引退していったスポーツ選手が流星のように駆け抜けていく。
意識してバランスを取る。この程度、玉乗りに比べればどうということはない。できるだけ大股で坂を駆け登れば、じきにオーギュストの背中に落ち着いた。
「うーん、ギリギリ落第ってところかな」
オーギュストが立っていたのは坂の頂上らしかった。こちらを振り返り、目を合わせて開口一番がそれだった。
「は?」
「ガッツはある、厭世的な癖に負けん気も申し分なし。だからかな、優雅さに欠ける」
ぐい、とオーギュストが俺の腰を抱き寄せる。鎖骨のあたりをぐいと押され、自然と背筋が伸びた。
「人生は舞台だ。瞬きの間でも、呼吸の一つでも、優雅さを欠いてはいけない。背を曲げるな、息を荒らげるな、目を泳がせるな! 道化とはそういうものさ」
ふと、スノウの言葉を思い出す。
「ピエロは普段からピエロだとダメ」
あいつはそう言って俺を選んで、オーギュストはその逆のことを言う。
「オーギュストは、ピエロやってたの?」
「いや? やってたどころか、嫌いだよ」
思わずその顔を見上げる。
「嫌いだからこそ厳しい目で見られるし、嫌いな奴を好きにさせてこその道化だろう? ミツバチ」
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