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一章

五話

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 白と金で作られた玉座の間。杖をつき、白いローブを纏ったアネモスと、その三歩斜め後ろに立つラドールがいた。赤く長く伸びる絨毯の先、玉座に座るその人物が、二人を見下ろしていた。
「快復が早き事、喜ばしく思う」
 金色の髪、青い目、白い肌。ラドールの面影が残るその人物の額には精緻な細工が施された冠が輝いていた。その人物はやわらかく微笑み、アネモスを見詰めている。
「光栄です。女王陛下」
 アネモスは顎を引き、片眉をあげて微笑んだ。片方の口角だけをあげたその微笑みに、女王の側仕えの男が眉根を寄せる。その男が口を開く前に、女王の白く薄い手がひらめきそれを制した。女王の微笑みはさらに深まり、目元には柔らかな皺が寄った。
「随分、勤勉と聞く。この国の文字をもうほとんど読むことができるとな」
「ラドールの助力がありましたので」
「ほう。それがか」
「ラドールです」
 訂正するように鋭く飛んだその言葉に、女王は声をあげて笑う。アネモスが何も言わずにその笑い声を聞き届けた後、女王はたまらないと言った風に再び手を振った。
「良い。良い。睦まじき事は善き事である。ラドール、お主もより励め」
「は、はい! 母上……」
 慌てて頭を下げたラドールを、女王は微笑んだまま見つめている。親子というにはあまりに遠い距離感に、アネモスは口をへの字に曲げた。
 不意に、アネモスとラドールの背後から大きな音がする。重々しく、されど豪奢な開扉の音だった。
「お母様!」
 小さな足音だ。それは二人の少年の傍を走り抜け、玉座に座る女王の元へと駆け寄った。
 ピンクのリボンで結ばれた長い金色の髪、陶磁器のように白い肌、空を切り取ったような青い瞳。ラドールより一、二歳ほど年下であろう少女が、女王の膝に縋り付いていた。
「おお、ローニャ。どうした我が娘よ」
 女王は顔を綻ばせ、ローニャと呼んだ少女を見下ろした。その微笑みは女王としてではなく、母親としての色が濃い。
 頬を膨らませたローニャは、そんな母の顔を見上げ、子供特有の甲高い声を上げた。
「私のルビーがどこにもいないの!」
 アネモスはひっそりと数歩下がり、ラドールに耳打ちをする。ルビーというのはローニャの愛猫らしい。ラドールは女王の膝に縋り付くローニャを、気まずそうに一瞥した後、すぐ目線を逸らした。
「……妹か?」
 アネモスが聞く。ラドールは一拍置いた後、こくりと頷いた。それを見たアネモスは、玉座に視線を戻す。母娘の会話は睦まじく、終わる気配が見えない。
 アネモスが一つため息を落とす。今日は聖女の回復具合を見るための謁見として二人は呼び出されていた。その上で、聖女という特異な存在を今後どのような方針で扱うか確認するはずであった。しかし、完全に話は脱線し、今回の謁見の主役であった少年二人は完全に蚊帳の外へと締め出されている。
「帰るか」
 くるり、とアネモスが踵を返す。あまりにもあっさりとしたその態度にラドールが思わず「えっ?」と声を漏らした。それは存外部屋に響き、玉座の二人の視線が少年たちへと注がれた。
「ま、まだ退室の許可が出ておりません……!」
「あ~? ママの許しがねえと部屋も出れねえのかお前は」
「そっ、そういうことではないです! けど!」
 女王とローニャの視線に気づかないラドールは懸命にアネモスを引き留める。対して、横目で玉座を確認したアネモスは、意地の悪い笑みを浮かべてラドールをからかった。
「厨房行ってパンでも作ろうぜ。俺たちゃお邪魔みたいだからな」
「そ、そんなことは……」
「あるだろ? 自分から呼びつけておいて後の客の方を先に可愛がるだなんて……」
「客ではない」
 冷たい声。ラドールは表情と身を固くし、黙り込んだ。アネモスはその顔に浮かんでいた笑顔に僅かな悪意を乗せ、声を上げた女王をの方を大袈裟な身振りで振り返った。
「我が娘だ」
 女王はローニャの肩を抱き、厳しい目つきでアネモスを見下ろす。少女は、母の腕の中、無垢な光の宿る目でアネモスを見つめていた。
「こいつは、アンタの息子だぜ?」
 がば、とアネモスがラドールの肩に腕を回す。女王が片眉を吊り上げた。アネモスは顎をつんと突き上げそれに応える。
「……二人の退室を許す」
 女王は厳かにそう言い放った。女王は目を横に滑らせ兵に向ける。それを受けた兵は敬礼をした後、厳粛な足取りでラドールとアネモスの前に立ち退室を促す。その目つきは敵意に満ちたものだった。


「中々事情が複雑だな?」
 アネモスとラドールは並んで廊下を歩いていた。ラドールは俯き、顔を青ざめさせていた。アネモスは自分の爪の甘皮を観察しながら、ラドールを肘で小突く。意気消沈した様子は毛ほども気にしていない。
「終わりだ……、失望された……」
「ははぁ。ま、親は泣かせてなんぼだろ」
「なんてこと言うんですか!」
「親だってそっちの方がいいさ! いつまでもいい子ちゃんのガキンチョの方が扱いに困る。少なくとも俺はそうさ」
 は! と明るく笑うアネモスにラドールはくらくらとした様子だった。
「僕とほとんど同じ年なのに何言ってるんですか……!」
「お前はその……、あーなんだ? 引っ込み思案ていうか、遠慮がちなところを直すべきだな」
 アネモスはそう言うと、廊下の窓から見える中庭に視線を移す。広くはないが、美しく剪定された低木が整然と並ぶ、美しい庭だった。その端、広葉樹の枝に一匹の子猫が丸くなっている。その猫の首にはピンク色のリボンが結ばれていた。
「ははん、おいラドール。お前、木登りできるか?」
 アネモスはにやりと口角を上げた。


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