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8章 夏休みと花火大会
②憧れの先輩とバカな後輩
しおりを挟むそう…加代子が憧れてやまない三年生は、佐藤のグループのメンバーの一人である。
馬渕翔吾、やや乱暴者揃いの不良男子達の中にあって、優しくスマートな彼の物腰は加代子のハートを射抜いた。
第二高校の【軟派師】山川と並び称される事も有る第一高校随一のモテ男、校内を歩けば常に女子からの熱っぽい視線を送られる事など日常茶飯事。
ピッチリとボタンを閉めた短ランの胸には、いつも櫛が入っており、痩身のイケメンで長い脚にはピッタリとしたスリムなツータックの裾の窄まったズボンがよく似合う。
プライベートではスリムジーンズと、ライダースジャケットに変わり、リーゼントが少し乱れると櫛を取り出し整える。
ド田舎の山奥で猟師や炭焼きなどを行う兼業農家育ちの加代子には、彼のそんな仕草もセクシーに見える。
ライブハウスの混雑では、そっと肩を抱かれ引き寄せられ、他人から守って貰い。
歩道を歩く時はそれとなく車道側に回る。
喧嘩の腕は大した事は無いと言われてはいたが、多くの学校の女子にしてみればそんな事は関係が無い。
篠田グループに入って他の女子達より接触の増えた加代子にしてみれば、馬渕と更にお近付きになりたいと…独占したいと思ってしまうのは仕方の無い事だろう。
だが…彼、馬渕翔吾は礼子を始めとする全ての女の子に常にそういった扱いを心掛けて居るのであって、特に加代子が特別なわけでは無かったが、それでも…そう、今日も途中までは凄く楽しかったのだ。
潮目が変わったのは、山車と神輿が神社に戻った辺りからだった。
いや、他の面々と合流した時から馬渕の様子に微妙に、ではあるが違和感を感じてはいた。
馬渕に突然こんな事を聞かれた。
「…加代ちゃん?彼女、瑞稀ちゃん…って…いや…雰囲気変わったよね…なんか大人っぽくなったと言うか、色っ…」
最後の方の言葉は彼の口の中に消え、聞こえ無かったが…瑞稀が何だと言うのか?
確かに少し様子が変わったが、儚げと言うか大人っぽい?少し綺麗になったかも知れない。
とは言え、彼女のメイクはいつもと同じで、加代子には良く分からないし、以前とどこまでの違いが有るのかも分からない。
所詮は根暗陰キャの瑞稀で有る、多少は変わったがミニスカート以外は地味で有る事には変わりが無い。
祭りのピークが終わるのと同時にそれぞれ解散し、六時半には唯の家に集まり花火を見物しようと言う事に決まり、それぞれで屋台を回るなり遊ぶなりしようとバラバラになった。
礼子は兄貴分の佐藤と数人の男子と一緒に行動する事になり、OBである猿渡の実家も何やらゲームの様なイベントをやるらしく、そちらに顔を出すらしい。
加代子も猿渡とは何度か会った事があったが、あの舐め回す様なスケベな視線が嫌で、ワザワザ楽しい祭りの日に会いたい人間では無い、礼子とは別行動する事にした。
礼子は何故か兄でもあるかの様に懐いているが、その点は加代子にしてみれば不可解この上無い。
新しくグループに加わった三人の一年生の一人、赤茶色の髪をお団子に纏めた、やや冷たい雰囲気の加藤恵は礼子に心酔しており、小判鮫の様に付いて回っている。
清美とのタイマンの時、あの屋上ではゆかりに羽交い締めにされ、礼子のフルスイングのビンタをを受けたと言うのに…
きっと恵は礼子と一緒に祭りを見て回るのだろう。
そして以前は三人組のリーダー格であった山田麻希、この娘には若干ではあるが加代子も同じ匂いを感じていた。
黒髪を肩上で切りそろえ、耳にはピアスが光る。
驕慢で気の強そうな娘だが、加代子と違いナチュラルに可愛いのが少々鼻に付く部分では有る。
最初に礼子にビンタを食らい数メートルもふっ飛ばされた、あの娘である。
清美があんな事になった原因は彼女の余計な一言に有る。
彼女が清美の名前を出して威嚇せず、大人しく制裁を受けていれば清美もあんな事にはならなかったかも知れない。
いや…それは分からない。
礼子の口ぶりや、その後の清美に対する情け容赦無い態度から…いつかは…と思っていた可能性は有る。
以前から気に食わなかったからあの仕打ちであった可能性も有る。
とは言えグループのボス篠田礼子は時として子供の様に残忍で…加代子に取って恐怖の象徴では有るが、頼りになるのは間違いない…まぁ、それ以上に不可解な人間でも有る。
…彼女の事に付いて今更考えても仕方無い。
アレはああ言う人なのだと割り切って付き合うしか無いだろう。
それよりも、かつて礼子に盾突き…お仕置きされた麻希は、今日会ったばかりだと言うのに早々に三年生の男子、佐藤グループのNo.2…中学時代は第一中学を仕切っていた田辺とイチャ付き始めた。
そして、つい先ほど六時半には合流すると言い残し、二人で国道沿いのラブホテルがある方向に消えて行った。
流石に中学の時から遊び回ってるだけあって、こういったイベントの時は行動が早い。
田舎者で未だ処女、馬渕の行動に一喜一憂し、心を弾ませている加代子には真似出来ない芸当である。
ゆかりと香は二人と同じ、篠川中学出身だと言う事が判明した三年生。
ずんぐりした筋肉質のベビーフェイス、金山と一緒に見て回るらしい。
彼も高校デビューの口で、佐藤達と仲良くなるまでに色々と苦労したらしく、当初は農村部の出身の野暮ったい見た目のせいでイジメにあったが、田舎育ちで鍛えた腕力で抵抗し、怒った数人…当時佐藤と対立していた鮫島グループから的にされ毎日フクロにされていた時期、馬渕の進言で佐藤達に助けらる事になり、そのままグループに加入したのだと云う。
そんな事もあってか同じ中学出身のゆかりと香に、何かと世話を焼いていた。
唯はみんなの為に何か作ると言い残し、瑞稀と佐藤の彼女、明子と一緒にマンションに向かって行った。
三年生グループの中で彼女持ちは佐藤のみで有る。
それを手伝うと言って二人の男子がそれに付いて行くのを…指を咥えて見ていた。
一人は唯と昔何か関係でもあったらしく、見て回ってる最中もしきりと唯の肩に腕を回したり、時には尻を撫で回したりしていた。
その都度、唯にピシャリと手を叩かれ…
「あのさぁ…別にアンタだけじゃ無いから、それに…もうそう言うの止めたの…他の娘としたら?」
「なぁ…唯、そんなツレ無い事言うなよ…もう◯〇ち、して見せろとか言わねぇし、なぁ…良いだろ?減るもんじゃなし…」
加代子がすぐ近くで聞いてると思っていなかったのだろう。
何やらとんでも無いワードが聞こえた様な気がしたが…
加代子の脳はそれを理解する事を拒否した。
何もわからない…聞こえなかった…筈。
そして…馬渕も…
「瑞稀ちゃん♪俺も手伝うよ、これから買い物だろ?荷物持ちとして使ってくれよ♪」
瑞稀も以前とはガラリと変わり、男と話す時にも緊張感は微塵も無く、挙動不審な態度も取っていない。
何処か余裕のある表情で軽く答えていた。
(瑞稀のクセに、生意気な!断りなさいよ!)
「え、いいんスかぁ?じゃあ…お願いしま~す♪」
などと言っており、何があったのか別人の様な余裕を見せていた。
加代子が何か言う前に馬渕達五人は行ってしまった。
(そんな…翔吾くん……瑞稀の…瑞稀のクセに…生意気…)
別に瑞稀も加代子の下などとは思っていないだろうが、加代子は何故か下に見ている。
最後に唯一残ったのが市川詩織であった。
この娘は、香にイタズラした三人の一年生の中で最も主体性が無い娘である。
流されるままに生きている娘で、イジメもこの娘が提案したわけでは無い、友達がやったから自分も参加しただけ…そんな雰囲気にも見える。
加代子の見立てでは恐らくそんなところだと判断している。
(だって…この娘一人じゃ何も出来ないでしょ…バカだし…)
元々この三人の一年生は吉野や馬渕、菅原清美と同じ山間第二中学出身ではあったが、中学時代はそれ程仲が良かったわけでも無く、単に同じ中学出身と言った括りでツルんでいたに過ぎない。
清美と関係があったのも麻希だけで、他の二人は顔見知り程度だったらしい。
三人ともそれぞれ可愛いが、それでも可憐さと言った枠で見るので有れば彼女、市川詩織はダントツだと言っても過言では無い。
だが…
一番小柄な娘で脱色に失敗したのか何なのか、一人だけ髪の色も薄い、青の様な紫の様な…場末のスナックのママの様な不思議な髪色である。
生き方はかつての唯に一番近いかも知れないが、唯の様な賢さや狡猾さは微塵も無い。
ひたすらにチャラくてバカっぽい。
素直と言えば聞こえは良いが、バカな話にはケラケラ笑い、通行人と肩がぶつかれば反射的に文句を相手にぶつける。
全ての行動が予想の範囲をを外れない。
そんな主体性の無い彼女は、友達がそれぞれ別の行動を取れば混乱して動けなくなる。
せめて男子のうちの誰か一人でも彼女を誘っていれば、今頃はホテルにでも向かっていただろう。
生憎今日は誰にも誘われなかった。
まぁ…それは加代子も同じではあるのだが…
詩織は屋上で加代子が羽交い締めにしていた娘である。
恵と同じく、礼子が近づいて来た時に詩織は震え、その振動が加代子にも伝わって来た。
そして麻希が吹っ飛び、恵が先に打たれ、その有り様を見て…詩織は…恐怖で…
………失禁した。
それ程の量では無かったし、礼子も他の娘達も気付か無かった。
だが、加代子のスカートと足を濡らすのには十分な量ではあった。
加代子も叫びそうになったが、グッと堪(こら)えた。
そんな事で礼子に咎められ、お仕置きの対象になってしまってはたまったモノでは無い。
それに女の子としては、ましてや不良としては恥ずかしい事なのだろう。
ビビって失禁してしまうなど…
それは、礼子に命令され裸になる時も、小便で濡れたパンツだけは他の友達に見られまいと、裸になれと命じられ、他の二人が躊躇する中、早々に脱いで制服の下に隠していたのだから…
だから、加代子は誰にもその事を言っていない。
そんな事を多少にでも恩を感じているのか…
何も無い時は割と加代子に付いて回る事が多い。
これは、取巻きを連れて歩いている様で気分が良い。
学校の中ではだが…
学校の外になると話は違って来る。
何故かと言えば、肩がぶつかれば反射的に悪態を付く、舌打ちをする。
恐らく、後々の影響など一切考慮に入れないのだろう。
言葉を吐く前に、考える習慣が無いのかも知れない。
追い詰められるまで何もわからない娘だからこそ、屋上で恐怖し、土壇場で覚悟も出来ず、おしっこを漏らしてしまったのだろう。
学校の中なら別に反射的に悪態を付いても構わない、同学年や下級生なら今やスクールカーストのトップ層である加代子の顔でどうにでもなる。
逆に、自分の影響力を確認出来て気分が良いまである。
例え、三年生であっても加代子が頭を下げ、詩織を叱りつけて見せれば、礼子の顔で許して貰える。
三年生の女子達でも礼子を恐れ、避けている節が有る。
だが、学校の外では通行人にぶつかって悪態を付くのは勘弁してほしい。
そんな思いを詩織は知ってか知らずか満面の笑顔で、また考えなしの言葉を吐く。
「森先輩!ウチら売れ残っちゃいましたね!しょうが無いから一緒に回りましょう!」
売れ残りとかしょうが無いとか、普通は先輩にそんな事は言わない、例え事実であっても、それが面白いとでも思っているのか?それとも馬鹿で有る為なのか?どちらにせよ…
今現在、馬淵に置いていかれたばかりの加代子には突き刺さる言葉である。
(この娘は…………本当に……なんてバカ……はぁ…)
何も考えていないバカの言葉だと、無理やり自身を納得させる。
(先輩に、こう言う状況でしょうが無いとか使っちゃ駄目でしょう、馬渕先輩の事は分からないにしてもさぁ…ボッチ状態の人に向かって…本当にすんごい…バカ…)
「…………うん、そうね………」
そして此の後…
森加代子は泣きっ面に蜂とはこの事といった状況に陥るのである。
主に詩織のせいで…
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