2 / 3
泡沫
しおりを挟む
甘く、温もりにあふれた夢を見ていた気がした。
先程まで柔らかい日差しに当てられていた布団に包まれているような心地よい抱擁感。いつまでもその優しさに抱かれていたいという願いは到底かなうことなく、グラグラと揺れ続ける車輪が石ころを跳ね上げた衝撃で目が覚めた。
「……まだ夜か」
薄く開いた瞼からは温もりを目の当たりにすることは叶わず、出発時と大差ない曇天が続いていた。幌に取り付けられた、もとい開けられた窓から風景を確認してみるも、出発地点からそう遠く離れていない森林地帯の真っただ中のようだ。
目的地の到着は確か翌日の昼頃。景色から察するにまだ日を越したばかりだろうと当たりを決め再度眠ろうとするが、これをまた道端の砂利が妨げる。
舗装されていない道を使用している以上多少の凸凹があることは否めないが、それに加えていかにも年季が入ってますと言わんばかりの古びた馬車は、幾度もぎぃぎぃと不穏な悲鳴を啼き続けている。他の乗客らもその不安定さに皆寝顔を歪ませていたが、このご時世銭と快適性は天秤にかけるべくもなく、致し方なしと睡魔に身をゆだねていた。
かくいう自分自身も、『先祖返り』以降言って程度の銭を常備したことはなく、いつ野垂れ死んでもおかしくない状態が続いていた。そんな中いくら低クオリティとはいえでも少なくない馬車代を出して移動しているのかというと、この辺りで武装したゴブリンらが観測されたという噂が数日前からまことしやかに囁かれており、銭を惜しんで単身無防備に移動するよりもこうして国家からのお墨付きをもらった馬車を利用した方が、後ろから従軍している傭兵らよって守ってもらえるのである。
出発直後の頃はまだ道が均されていたためにある程度の揺れは許容できたが、ここまで来てしまっては当分寝ることもできないだろうと諦め、ポケットから古びた紙切れを取り出す。
「……おい坊主、それ『先祖返り』前の地図じゃねぇか。そんなの参考にもならないぞ」
「んなことは分かって……、おっさん大丈夫か?」
現在地を確かめようと地図を広げたところで、不思議がるような男の声が隣からかかった。あまりにも無遠慮なその物言いに一言文句を言ってやろうと、その隣人に視線を向けるも目に飛び込んできたその無残な姿に圧倒された。
男の体にはいたるところに包帯が巻き付けられていた。頭部に左目、わき腹に太もも、包帯のない部位にも大きくはないにしてもいくつも傷があるのかいたるところに血が滲んでおり、全身に羽織っている黒の外套にも赤黒く染まっていた。その姿にはまさに満身創痍といった言葉が適切で、息遣いもどこか荒く感じられる。
「おっさんってお前、俺はこれでもまだ20後半だぞ。まぁ、いささか死にかけではあるがな」
そういって快活に笑う男だったが、傷に障ったのか「いだだだだだだ!!」と腹を抱えて悶絶する。目元こそ心配させまいと笑っているようではあったが、その口元からは苦悶の表情が滲み出ている。
「おいおいあんたほんとに大丈夫――」
あまりの苦しみように手を差し出そうとしたところで、またもやガタンッと馬車が大きくはねたかと思うと、馬の雄たけびと荷物が転げ落ちたかのような音が荷台の前後から響き、馬車が停止した。
「……え?」
「……坊主、荷台から出るな。いいな?」
別に何かが見えたわけではない。ただ馬車が小石を跳ね上げて、馬がそれに驚き、御者と傭兵が転げ落ちただけとも考えられる。むしろその可能性の方が大いに考えられる。そうであってほしいとも思う。ただ、それでも、心の奥底でざわつくものが確かにあった。隣の男も同じように、いや、それ以上に感じ取っていた。自分たちを取り巻く危機的状況に。
そして思い知る。この世において、『先祖返り』の起きたこの世界において、安全なんてものはもうどこにも存在しないことを。
「なぁ! しっかりしろよおい!」
傭兵の仲間らしき男の声が後方から響き渡った。その震えた声に感化され脈拍が高まっていくのを、鼓膜からいやがおうにも感じてしまう。先ほどまでは肌寒くしか思っていなかった夜風が極寒の土地の冷気のように体温を急速に奪っていった。
今現在自分は死地に立たされているのだと本能による警告を受け止めながらも、なぜか僕の体は荷台の後方にある出入り口へと動き出していた。
「おいバカよせ! ――ぐッ‼」
よろよろと動き出した僕を引き留めようとした男は、拍子に全身に走った苦痛に身もだえした。そんな様子も視界に入っているにも関わらず、僕の体は出入口へと向かい、そこから荷台後方の傭兵らに声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「馬鹿野郎! 出てくるんじゃね――」
荷台の入り口から乗り出してきた僕に気づき、傭兵が怒号をもって引き返そうとしたその時、視界の隅で何かが投げ出された。
おそらくは未知の両端にある森林、その草むらから飛び出したそれは、そのまままっすぐ道を横断し、そして着弾。
途端、僕の視界いっぱいに赤黒い火花が咲き誇った。
「――ぎぃッ」
どさりと目の前にいた傭兵が地に倒れ伏した。その横には、先ほど馬車から落とされたのであろうもう一人の傭兵も横たわっている。頭部に石斧が突き刺さった状態で。
それと同時にがさりと草木の揺れる音が横の茂みから響いた。
それまでにどんどんとその音量を上昇させていた鼓動が、まるで周りの人間にその状況を知らしめるかのように、一回りも二回りも大きな大音量で、鳴り響いた。見てはいけないものが、あってはいけないものがそこにあると分かり切っているのに、首を横に向けることを拒むことができなかった。
どんな闇をも飲み込んでしまえそうな鬱蒼と生い茂った森林の暗闇の中に、揺れ動くいくつもの影を、僕の目は見逃さなかった。そして、その中の一人が先ほど傭兵らに突き刺さっていたのと同じような石斧を振りかぶっていることにも。
先程まで柔らかい日差しに当てられていた布団に包まれているような心地よい抱擁感。いつまでもその優しさに抱かれていたいという願いは到底かなうことなく、グラグラと揺れ続ける車輪が石ころを跳ね上げた衝撃で目が覚めた。
「……まだ夜か」
薄く開いた瞼からは温もりを目の当たりにすることは叶わず、出発時と大差ない曇天が続いていた。幌に取り付けられた、もとい開けられた窓から風景を確認してみるも、出発地点からそう遠く離れていない森林地帯の真っただ中のようだ。
目的地の到着は確か翌日の昼頃。景色から察するにまだ日を越したばかりだろうと当たりを決め再度眠ろうとするが、これをまた道端の砂利が妨げる。
舗装されていない道を使用している以上多少の凸凹があることは否めないが、それに加えていかにも年季が入ってますと言わんばかりの古びた馬車は、幾度もぎぃぎぃと不穏な悲鳴を啼き続けている。他の乗客らもその不安定さに皆寝顔を歪ませていたが、このご時世銭と快適性は天秤にかけるべくもなく、致し方なしと睡魔に身をゆだねていた。
かくいう自分自身も、『先祖返り』以降言って程度の銭を常備したことはなく、いつ野垂れ死んでもおかしくない状態が続いていた。そんな中いくら低クオリティとはいえでも少なくない馬車代を出して移動しているのかというと、この辺りで武装したゴブリンらが観測されたという噂が数日前からまことしやかに囁かれており、銭を惜しんで単身無防備に移動するよりもこうして国家からのお墨付きをもらった馬車を利用した方が、後ろから従軍している傭兵らよって守ってもらえるのである。
出発直後の頃はまだ道が均されていたためにある程度の揺れは許容できたが、ここまで来てしまっては当分寝ることもできないだろうと諦め、ポケットから古びた紙切れを取り出す。
「……おい坊主、それ『先祖返り』前の地図じゃねぇか。そんなの参考にもならないぞ」
「んなことは分かって……、おっさん大丈夫か?」
現在地を確かめようと地図を広げたところで、不思議がるような男の声が隣からかかった。あまりにも無遠慮なその物言いに一言文句を言ってやろうと、その隣人に視線を向けるも目に飛び込んできたその無残な姿に圧倒された。
男の体にはいたるところに包帯が巻き付けられていた。頭部に左目、わき腹に太もも、包帯のない部位にも大きくはないにしてもいくつも傷があるのかいたるところに血が滲んでおり、全身に羽織っている黒の外套にも赤黒く染まっていた。その姿にはまさに満身創痍といった言葉が適切で、息遣いもどこか荒く感じられる。
「おっさんってお前、俺はこれでもまだ20後半だぞ。まぁ、いささか死にかけではあるがな」
そういって快活に笑う男だったが、傷に障ったのか「いだだだだだだ!!」と腹を抱えて悶絶する。目元こそ心配させまいと笑っているようではあったが、その口元からは苦悶の表情が滲み出ている。
「おいおいあんたほんとに大丈夫――」
あまりの苦しみように手を差し出そうとしたところで、またもやガタンッと馬車が大きくはねたかと思うと、馬の雄たけびと荷物が転げ落ちたかのような音が荷台の前後から響き、馬車が停止した。
「……え?」
「……坊主、荷台から出るな。いいな?」
別に何かが見えたわけではない。ただ馬車が小石を跳ね上げて、馬がそれに驚き、御者と傭兵が転げ落ちただけとも考えられる。むしろその可能性の方が大いに考えられる。そうであってほしいとも思う。ただ、それでも、心の奥底でざわつくものが確かにあった。隣の男も同じように、いや、それ以上に感じ取っていた。自分たちを取り巻く危機的状況に。
そして思い知る。この世において、『先祖返り』の起きたこの世界において、安全なんてものはもうどこにも存在しないことを。
「なぁ! しっかりしろよおい!」
傭兵の仲間らしき男の声が後方から響き渡った。その震えた声に感化され脈拍が高まっていくのを、鼓膜からいやがおうにも感じてしまう。先ほどまでは肌寒くしか思っていなかった夜風が極寒の土地の冷気のように体温を急速に奪っていった。
今現在自分は死地に立たされているのだと本能による警告を受け止めながらも、なぜか僕の体は荷台の後方にある出入り口へと動き出していた。
「おいバカよせ! ――ぐッ‼」
よろよろと動き出した僕を引き留めようとした男は、拍子に全身に走った苦痛に身もだえした。そんな様子も視界に入っているにも関わらず、僕の体は出入口へと向かい、そこから荷台後方の傭兵らに声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「馬鹿野郎! 出てくるんじゃね――」
荷台の入り口から乗り出してきた僕に気づき、傭兵が怒号をもって引き返そうとしたその時、視界の隅で何かが投げ出された。
おそらくは未知の両端にある森林、その草むらから飛び出したそれは、そのまままっすぐ道を横断し、そして着弾。
途端、僕の視界いっぱいに赤黒い火花が咲き誇った。
「――ぎぃッ」
どさりと目の前にいた傭兵が地に倒れ伏した。その横には、先ほど馬車から落とされたのであろうもう一人の傭兵も横たわっている。頭部に石斧が突き刺さった状態で。
それと同時にがさりと草木の揺れる音が横の茂みから響いた。
それまでにどんどんとその音量を上昇させていた鼓動が、まるで周りの人間にその状況を知らしめるかのように、一回りも二回りも大きな大音量で、鳴り響いた。見てはいけないものが、あってはいけないものがそこにあると分かり切っているのに、首を横に向けることを拒むことができなかった。
どんな闇をも飲み込んでしまえそうな鬱蒼と生い茂った森林の暗闇の中に、揺れ動くいくつもの影を、僕の目は見逃さなかった。そして、その中の一人が先ほど傭兵らに突き刺さっていたのと同じような石斧を振りかぶっていることにも。
0
あなたにおすすめの小説
虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました
miko.m
ファンタジー
※最終話までプロット作成済み。
※毎日19時に更新予定(たまに12時にも更新します)。
「勇者が500人!? 無理無理、勝てるわけないだろ! 和平だ、今すぐ娘を嫁に出せ!!」
魔王軍第一軍団長・ゴルドーは困っていた。たった5人の勇者に惨敗したなど、出世欲の塊である魔王ゼノンに言えるわけがない。保身のために彼がついた嘘。それは「勇者が500人いた」という、あまりにも適当な虚偽報告だった。
しかし、小心者の魔王様はそれを真に受けてパニックに! 「500人の勇者と全面戦争なんてしたら魔王軍が破産する!」と、威厳をかなぐり捨ててまさかの「終戦準備」を開始してしまう。
一方、真実を知った魔王家の三姉妹は、父の弱腰を逆手に取ってとんでもない作戦を企てる。
「500人は嘘? ちょうどいいわ。お父様を売って、あのハイスペックな勇者様たちを婿にしましょう!」
嘘を塗り重ねる軍団長、絶望する魔王、そして勇者を「逆スカウト」して実家脱出を目論む肉食系姫君たち。人間界のブラックな王様に使い潰される勇者たちを、魔王軍が「厚遇」で囲い込む!? 嘘から始まる、勘違いだらけの経営再建ファンタジーコメディ、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる