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しおりを挟むぬかるんだ地面に、大きな水音だけがじわじわと染み込んでいく。ジャイアントフロッグの巨大な体は仰向けに転がり、その紫がかった舌が泥の上にぐったりと伸びていた。
「……証明部位、あれでいいよね」
俺は剣を軽く振って泥を払うと、地面に落ちていた舌を拾い上げる。見た目はグロいが、これが討伐の証。依頼を受けたギルドに持っていけば報酬が出る。
「よし、一つ目。あと四匹、だな」
明が偉そうにポーズを決める。
「それから、他は『買い取り』してみるね」
俺は百点カードで『買い取り』してみた。ジャイアントフロッグの巨大な体が、光の粒子となってカードに吸い込まれるように消えてなくなる。
「お! 意外に高く売れたよ。10万ゴルドだって。ジャイアントフログの肉って案外うまいって聞いたことある」
俺が言うと、有紗が頷く。
「そうよ。鳥肉みたいな味で、脂も少なめ。スープにすると絶品なんだって」
「女の子には人気よね。低カロリーだし、調理も簡単だし」
「狩るときは『ぬるぬるしてて無理~!』って言ってたくせにな!」
明の軽口に、女子三人がぴたりと手を止めた。
「「「肉になっちゃえば、大丈夫なの!」」」
見事に揃ったその声に、明は「ごめんなさいっ!」と条件反射で頭を下げた。
俺は苦笑しながら、湿地の奥を見やる。ぬかるんだ水辺に、まだ跳ねた跡が残っている。ジャイアントフロッグは単独行動もするが、同じ場所に数匹いることも珍しくない。
「次、行くわよ。時間をかけすぎたくはないしね」
「賛成~。もう一匹いたら、私が先に撃つからね!」
沙耶が弓を構えてにやりと笑う。
ショートソードを腰に戻し、俺は、水音と草の匂いの中、次の獲物を探しながら歩き出す。
ぬかるんだ湿地を進むたびに、靴底が「ずるっ」「ぬちゃっ」といやな音を立てる。草むらの陰、遠くで水が跳ねる音。風にまぎれて、小さく「ゲコッ」と濁った声が聞こえた。
「今、鳴いたよね」
俺が呟くと、沙耶が頷いた。
「左前方。ちょっと距離あるけど、もう一匹はいる」
「沙耶は、位置をキープして。私と有紗はフォロー、明と卓郎は前に出て!」
「了解」
「っしゃー! 今度はバッチリ決めるぜ!」
明がロングソードを振るって、意気込みだけは一人前だ。俺は肩の力を抜いてショートソードを構える。
ジャイアントフロッグは、背丈ほどある草の向こう、ぬかるみの中に半分沈んだまま、こちらをじっと見ている。さっきのより一回り大きい。皮膚はぬらぬらと光り、目はまるで意思を持ったように動いていた。
「こいつ……さっきのと違って、こっちの動きを見てるぞ」
「ジャイアントフロッグの中でも、少しだけ強化種かも。『知能寄り』のやつね」
純子の声に、俺も気を引き締めた。
その瞬間、カエルがぬるっと跳ねた。
だが、こっちのほうが速い。
「沙耶、今よ!」
ズバァッ!
鋭い音を残して、矢が一直線に飛ぶ。狙いはジャイアントフロッグの片目――しかし、カエルは舌を素早く巻き上げて矢をはじいた。
「跳ね返した!?」
「ちょ、反応速っ!」
有紗が驚くのも無理はない。
その瞬間、ジャイアントフロッグの舌が二方向に分かれて伸びた。一つは俺、もう一つは明に向かってくる。
「明、右!」
「わかってらあ!」
俺はしゃがみ込みながら左へ回避し、斜めに剣を振るう。舌の先端にかすり傷を与えたが、止まらない。明のほうはギリギリでバックステップ。寸前で地面に着弾した舌が、泥水を跳ね上げた。
――その一瞬。
「今!」
純子の声と同時に、純子と有紗の矢が放たれた。
今度の矢は、カエルの膝裏を狙っていた。ぐさりと深く突き刺さると、巨体がよろける。さらに俺が一気に接近し、ショートソードで横腹に斬撃を入れた。
「うおおおっ、決めてやる!」
明が叫びながら前転からの一撃を叩き込む。刀身がカエルの胸元に突き刺さり、ようやく動きが止まった。
びちゃっ、と湿った音と共に、巨体が沈むように崩れ落ちる。
――静寂。
俺は息を整えながら、一歩ずつジャイアントフロッグに近づいた。
「証明部位……舌、確認。回収するぞ」
斬り落とされた一片が、泥の中に埋もれていた。手早く拾い上げ、袋にしまう。
「ふう……さっきのより手強かったね」
「ふふん。俺が引きつけてなきゃ、勝てなかったかもな~?」
「はいはい。ごくろうさま、明」
「なによ、私の矢がなかったら倒せなかったくせに」
「ショートソードで切ったのは僕だからね!」
「うぅ……俺の手柄感がどんどん減っていくぅ……!」
ワイワイとにぎやかな声が、湿地に戻る。けれど、油断はできない。
依頼の目標までは、まだあと三匹。
俺は湿地の奥を見据えた。斜陽が水面に反射し、遠くの草むらが、かすかに揺れている。
――カサッ。
その微かな音に、俺たち全員の視線が草むらへと集まった。
水面を這う風が、ぬめるように湿地を撫でる。揺れる草の奥で、何かが動いた。
「……来るわ」
純子が呟くと同時に、明が剣を握り直す音がした。俺は身を低くし、有紗と沙耶はそれぞれ矢を番えた。全員が息を潜める。
ズルッ、ズチャッ――水をかき分けるような、ぬめった足音。
草むらからヌルリと現れたのは、先ほどのジャイアントフロッグよりもさらに大柄な個体だった。皮膚には苔のような藻が張り付き、目つきも鋭い。
「……あれ、リーダー個体じゃない?」
沙耶の声が、湿地の空気を震わせる。
「ちっ、想定外……!」
純子が歯噛みする。
リーダー個体――群れの統率者であり、通常のジャイアントフロッグよりも一回り以上も大きく、動きも素早い。何よりも厄介なのは、その攻撃パターンの多彩さだった。
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