49 / 265
49
しおりを挟む洞窟の中は、外の快晴とはまるで別世界だった。
空気は重く、湿っていて、遠くから水滴の落ちる音がこだましている。
壁には淡く光る苔が張りついており、最低限の視界は確保できるが、奥に進むほど光は乏しくなっていく。
「……天井、低いね。頭上、気をつけて」
純子が小声で注意する。全員、反射的に頭をすくめた。
「足元も、ぬかるんでる……滑らないように」
有紗が後ろの沙耶の手を取りながら進む。
「うわっ、今なんか踏んだ!? ねぇ今なんか踏んだよね!?」
沙耶が半泣きで騒ぎ、明に口を塞がれる。
「黙ってろって、反響して敵呼びそうなんだよ」
先頭を進みながら、俺は剣を片手に、慎重に足を運ぶ。
足場の悪さだけでなく、どこから敵が飛び出してくるかわからないこの状況では、一瞬の油断も命取りだ。
――そのとき、ふと空気が変わった気がした。
「止まって」
俺は小声で仲間に合図した。
前方、十メートルほど先に、何かが……光っていた。赤く、脈打つように。まるで心臓のように。
「なにあれ……? キモ!」
純子が顔をしかめる。
「……普通じゃないわね」
有紗が小さく呟いた。
「引き返す?」
沙耶が不安げに尋ねる。
けれど俺は、ほんの少しだけ笑って、首を振った。
「……ここまで来たら、行くしかないだろ? もっと近づいて調べよう」
俺たちが赤い光に近づいた、その時だった。
「……動いた!?」
純子の声が震える。
脈打っていたそれが、ぶるん、と内側から跳ねるように脈動し――次の瞬間、裂けた。
内側から、ぬるりと何かが這い出てくる。赤黒い体表、無数の目、細長い触手のような脚。
「卵じゃねえか……中身つきのな」
明が前に出て、刀を構える。
モンスターの全貌が露わになると、洞窟全体がぐわんと揺れるような咆哮が響いた。
「来るぞッ!」
モンスターが跳ねるように飛びかかってくる。俺は一歩退きながら、剣を構え――息を吸い込む。
「……力の一撃! 明、3秒……耐えてくれ!」
剣を構えたまま、全身に力をためる。剣には魔力が流れ込んでいく。
「はァアアア……っ!!」
一秒、二秒――その間にも、モンスターは触手を振り上げ、襲いかかってくる。
「来させねぇよ!」
明が前に飛び出すと、剣を振り抜いた。
「フレイムバスター!」
炎をまとった刃がモンスターの胴体をかすめ、爆ぜるような火花を散らす。
続けて弓組の援護が飛ぶ。
「こっちは任せて、卓郎!」
有紗の矢が一つ目を撃ち抜き、純子と沙耶の矢が胴体に突き刺さる。
「今だッ!」
――3秒が満ちる。
「力の一撃ッ!!」
溜め切った力がミスリルソードに宿り、振り下ろされた斬撃がモンスターの脚を粉砕する。
体勢を崩したモンスターの胴体めがけて、俺はもう一撃――剣を突き立てた。
ドスッ!
モンスターは崩れ落ち、洞窟に静寂が戻る。
「……勝った、の……?」
沙耶が震える声で呟いた。
俺は静かに息を吐き、剣を地面に突き立てた。
全身から、やっと緊張が抜けていく。
「――ああ。全員、無事だな」
「……ねえ」
純子が不安げに声を上げる。
「まだ……鼓動が止まってない、気がする」
倒れたモンスターの腹部。
たしかに、赤黒く脈打つ光が内側から灯っていた。
「まさか……っ!」
俺が剣を再び構えた、その瞬間――
ズボァンッ!
モンスターの胴体が内側から裂け、赤黒い肉塊が飛び出す。
異形の触手、無数の目玉、むき出しの神経のような本体が、粘液をまき散らしながら地面に着地する。
「さっきのは……殻かよ!?」
明が目を見開き、剣を構え直す。
「来るよ、第二ラウンド……!」
有紗が震えながらも矢をつがえる。
俺は剣に視線を落とす――もう、体の硬直はなおっていた。
一秒のクールタイムは終わっている。ならば――
「……力の一撃!」
再び力をためる。三秒――体に力がみなぎり、力が剣に収束していく。
第二形態の本体が、咆哮とともに跳ね上がるように飛びかかってきた。
「下がれッ!」
俺は踏み込み、剣を――真上から振り下ろす!
「ッらああああああッ!!」
地を裂くような斬撃が、異形の体をまっすぐ叩きつける。
ぐちゃッ!
本体は断末魔をあげる間もなく、そのまま地面に叩きつけられ、潰れた。
動かない。今度こそ、完全に沈黙した。
「……」
沙耶がぽかんと見上げる。
「……終わったな」
俺は剣を構えたまま、肩で息をしながら、仲間たちに向かって頷いた。
俺たちは、異形の死骸の周囲を慎重に調べ始めた。
洞窟に静けさが戻っても、どこか張りつめた空気が残っている。
「……やっぱり、こいつ。変だ」
明が眉をひそめ、潰れた胴体を蹴って転がすと、その下から――金属片のような何かが転がり落ちた。
「……え、なにこれ?」
沙耶がしゃがみ込み、それを拾い上げる。
指先に乗るほど小さな、それでいて妙に精巧な金属片。
中央には、呪文のような刻印と、魔石のかけらがはめ込まれている。
「魔導装置……? でも、こんなの魔獣に埋め込まれるか?」
俺が呟くと、純子が顔をこわばらせた。
「聞いたことがある……。古代文明の技術で、“制御用の魔導核”を使って、魔獣を強制的に暴走させる実験があったって」
「でもそれ、封印されてたはずじゃ……?」
「だから……誰かが、あえて掘り起こしてるのかも」
洞窟の奥に進むと、今は使われていない通路の奥に、無造作に放置された鉄製の檻や、魔方陣の痕跡――
まるでここが、何かの実験場だったかのように感じられた。
「さっきのあれ、ただのモンスターじゃなかったんだな……」
俺は魔導核の破片を見つめながら、深く息を吐いた。
この異常な変異――偶然じゃない。
背後には、意図的な“何か”が存在する。
「やっかいなことになってきたわね。ギルドにこのことを報告しなくちゃ」
純子が肩越しに呟く。
俺たちは顔を見合わせる。
もはや、これはただの依頼じゃ終わらない――そんな予感が、胸の奥に広がっていった。
42
あなたにおすすめの小説
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
レベル上限5の解体士 解体しかできない役立たずだったけど5レベルになったら世界が変わりました
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
前世で不慮な事故で死んだ僕、今の名はティル
異世界に転生できたのはいいけど、チートは持っていなかったから大変だった
孤児として孤児院で育った僕は育ての親のシスター、エレステナさんに何かできないかといつも思っていた
そう思っていたある日、いつも働いていた冒険者ギルドの解体室で魔物の解体をしていると、まだ死んでいない魔物が混ざっていた
その魔物を解体して絶命させると5レベルとなり上限に達したんだ。普通の人は上限が99と言われているのに僕は5おかしな話だ。
5レベルになったら世界が変わりました
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める
自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。
その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。
異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。
定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。
転生先は上位貴族で土属性のスキルを手に入れ雑魚扱いだったものの職業は最強だった英雄異世界転生譚
熊虎屋
ファンタジー
現世で一度死んでしまったバスケットボール最強中学生の主人公「神崎 凪」は異世界転生をして上位貴族となったが魔法が土属性というハズレ属性に。
しかし職業は最強!?
自分なりの生活を楽しもうとするがいつの間にか世界の英雄に!?
ハズレ属性と最強の職業で英雄となった異世界転生譚。
元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々
於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。
今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが……
(タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる