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しおりを挟むその夜、俺たちは渓谷の中腹にある岩棚で野営をしていた。
冷え込む風を避けるように岩壁を背にし、焚き火の周りで夕食を囲んでいた。
「ふーっ……ようやく落ち着けるな」
明が剣を膝に置き、空を仰ぐ。今日は雲が厚く、星は出ていない。
静かな夜。けれど、それは――
「……あれ、風が止んだ?」
有紗がつぶやいた、その瞬間だった。
ゴウン……ゴウン……。
地の奥から響くような、重い鼓動。
焚き火が揺れ、火花が踊る。
俺たちが立ち上がるよりも早く、それは現れた。
地面が裂け、紅蓮の亀裂から――黒き巨獣が這い出た。
体高は三メートルを超え、牛のような太い四肢に、鋭く湾曲した二本の角。
全身を覆うのは、赤黒く焼け爛れた岩の鎧。表面には溶岩のような光が走り、割れ目から蒸気が噴き出していた。
その背中――まるで火山の噴火口のように開いた瘤が脈動し、灼熱の煙と火の粉を吹き上げている。
目はなく、顔の中心にぽっかりと空いた深紅の一点の穴が、まるで地獄そのものを覗いているかのようだった。
「な……なんだよ、アレ……ッ」
沙耶が後ずさる。
「名前……わかった。こいつは『灼獄獣ヴォルグラム』…火山地帯に封じられていた、古代魔獣だ」
ロメオさんの声はかすれていた。
その瞬間――魔獣が咆哮を上げた。
声ではない。空気を裂く、振動。全身から放たれる熱波が、まるで衝撃波のように焚き火を吹き飛ばす。
光も失われ、俺たちは闇の中で、魔獣の紅い輪郭だけを目にしていた。
夜を裂いて、火の王が降臨した。
「見るからに、炎系魔獣ね。弱点は水魔法かしら!」
純子が即座に分析する。ただの矢では、効果は薄い。俺は『お取り寄せ』で魔法を付与された矢を探した。
――あった! 『氷結の矢(氷魔法付与)』!
俺はすぐに三人に矢を渡す。
「フレイムバスター!」
明が勢いよく剣を燃え上がらせた。
「アンタ、バカなの! それじゃ回復させちゃうようなもんじゃない!」
純子が即座にダメ出しする。
「あ! そうだな」
慌てた明が、剣の炎をバチバチと打ち消した。
「あんたはロメオさんを頼むわ!」
「お、おう!」
咆哮と同時に、魔獣・ヴォルグラムが灼熱の波を撒き散らす。
熱風が襲い、俺たちを後ろに吹き飛ばす勢いだ。
「くっ……!」
有紗が苦しそうに顔をしかめる。
俺もまた、肌を焼くような空気に耐えながら、必死に踏みとどまった。
ヴォルグラムの全身から、メラメラと赤黒い熱気が吹き出している。
「この矢なら――通るはずっ!」
純子が、矢を引き絞り、鋭く放った。
キィンッ!
矢がヴォルグラムの胸の瘤に突き刺さり、ジュワッと白霜が広がる。
「凍れーっ!」
沙耶が叫びながら矢を射る。続けて有紗と純子も次々と攻撃。
矢が次々と突き刺さるたびに、ヴォルグラムの身体のあちこちで氷結が広がる。
だが、その氷はすぐに溶かされ、氷痕だけを残して消えていった。
「連射して! 数で押すのよ!」
純子の指示に、有紗と沙耶がうなずき、矢の雨を降らせる。
有紗は両肩を、沙耶は素早く脚部を狙い、的確に射抜いた。
小さな凍結がヴォルグラムの動きをわずかに鈍らせるが、それでも完全に止めるには至らない。
焦りが喉元に突き刺さる。
(このままじゃ、焼き尽くされる――!)
水か氷魔法なら……!
俺はすぐさま『ポイント』を開き、魔法を探した。
スノウバインド(Snow Bind) 600ポイント
雪と氷で対象を絡め取り、動きを封じる魔法。
アイスニードル(Ice Needle) 400ポイント
瞬時に水を凍らせ、針のように撃ち出す連射魔法。
合計1000ポイント――これだ!
二つの魔法を覚えるとすぐに。
「スノウバインドッ!!」
詠唱とともに、地面を這うように白霜が一気に広がった。
雪の渦が巻き上がり、ヴォルグラムの四肢に絡みつく。
体内に流れる冷たい魔力。
氷の精霊が応えてくれる――そんな感覚だった。
ヴォルグラムの巨大な体が、みるみる白銀に包まれていく。
やがてその姿は――完璧な『氷像』となった。
「やったの……?」
純子が息を呑む。
「卓郎……氷魔法、使えるようになってたんだ」
「いや……今、覚えた」
「は? 意味わかんない」
「ふふっ、でも格好よかったよ、卓郎」
有紗が柔らかく笑い、沙耶はピースサインをしていた。
だが――
ビシッ!
氷像に亀裂が走り、ヴォルグラムが咆哮とともに氷の破片を弾き飛ばす!
「復活しやがった!」
明とロメオが呆然とする。
「くそっ、もう一度だ!」
俺が叫ぶと同時に、純子が矢を引き絞る。
「スノウバインド――ッ!!」
再び、氷雪がヴォルグラムを絡め取る。
その瞬間を逃さず、有紗、沙耶、純子が矢を一斉に放った。
グギャァァアアアアッ!!
魔獣の悲鳴が響く。
「アイスニードルッ!! アイスニードルッ!! アイスニードルッ!! アイスニードルッ!!」
俺は連呼しながら、無数の氷の針を撃ち放った。
空気中に浮かんだ氷の針が一斉に加速し――
シュババババババババッ!!
顔、胸、瘤、急所という急所に突き刺さる!
グギャァァアアアアッ!!
凍結した瘤が、パリンッ!と音を立てて砕けた。
「やった……!」
全身から力が抜ける。
目の前で、灼獄獣ヴォルグラムの体が崩れ落ち、蒸気を立ち上らせながら静かに息絶えた。
灼獄獣ヴォルグラムが完全に沈黙すると、辺りに静寂が戻った。
残るのは、湿った土の匂いと、湯気のように立ち上る蒸気だけだった。
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