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しおりを挟む翌朝。
まだ朝霧の立ち込める中、俺たちはキャンプを畳み、出発の準備を整えていた。
目指すは――南東の断崖地帯にある『鏡の湖』。
そこに第三の言葉へ通じる手がかりが眠っているはずだ。
「みんな、準備できたか?」
俺が声をかけると、それぞれがうなずいた。
純子は背中に弓を、腰に矢筒を整え直しながら、きりっとした顔で答える。
「もちろん。荷物も最小限にまとめたわ」
無駄をそぎ落としたその所作に、彼女の覚悟がにじんでいる。
「抜かりはないぜ」
明は剣を軽く振り、肩を鳴らしながら胸を張る。
「第三の言葉、俺が一番に見つけてやるからな!」
「はいはい、がんばってねー」
純子が小さく肩をすくめて、半分呆れたように言った。
ロメオは分厚い地図を手に、眉間に皺を寄せながらページをめくっている。
「紅の渓谷から南東へ二日。そこに広がる森を越え、さらに一日半。
断崖地帯に『鏡の湖』がある。湖面に映るものを辿れ――それが古い言い伝えだ」
「映るものを……辿る?」
俺が問い返すと、ロメオは眼鏡をクイッと押し上げ、真面目な声で続けた。
「そう。ただし、普通の湖じゃない。
幾重にも仕掛けが施されているらしい。気をつけろよ」
朝日が昇り始め、森の霧の向こうから金色の光が差し込んだ。
鳥たちがさえずり、葉の雫がぽたりと地面に落ちる音が耳に届く。
俺たちは荷物を背負い直し、険しい森の向こうへと歩き出した。
まだ見ぬ『第三の言葉』を求めて――新たな旅の始まりだ。
二日後、森は思った以上に深く、湿った空気が肌にまとわりついてくる。
朝霧が消えきらず、道もおぼろに霞んでいた。
「うわっ……なんか足もと、ぬるぬるする」
沙耶が顔をしかめて、靴裏をぬぐった。
俺たちは獣道のような細い道を一列になって進んでいた。
巨木が鬱蒼と茂り、空がほとんど見えない。
そんなときだった。
「……ん?」
最初に異変に気づいたのは、有紗だった。
視線の先には、一面に広がる白い花――。
まるで絨毯のように、地面いっぱいに咲き誇っている。
「すごい……こんなに綺麗な場所があるんだね」
沙耶がぱっと顔を輝かせ、駆け出そうとする。
「待て、沙耶!」
俺が慌てて声を上げた。
だが、そのときには遅かった。
沙耶が花畑に足を踏み入れた瞬間、ふわりと白い粉が舞い上がる。
「うわ、何これ、煙――?」
沙耶の体がよろめき、がくんと膝をついた。
「毒か!?」
明がすぐに駆け寄ろうとするが、純子が弓を構えながら制止した。
「近づかないで! あれ……幻惑の花よ!」
鋭い声。
「幻惑?」
俺が聞き返すと、純子は矢を番えたまま、手早く説明した。
「花粉を吸い込むと、幻覚を見る。意識を奪われるの。やっかいだけど、火に弱いわ」
「火……か!」
明が思い出したように、剣を抜く。
「よし、今度こそ役に立ってやるぜ! フレイムバスター!」
炎を纏った剣を振るい、周囲の花畑を薙ぎ払った。
バシュゥウウウ……!
燃え広がった炎にあおられ、白い花たちは一瞬にして黒く縮んだ。
濃い煙が立ち上る中、俺は急いで沙耶を引っ張り出す。
「大丈夫か、沙耶!」
肩を支えると、彼女はぱちぱちと瞬きをして、ぼんやりとつぶやいた。
「……ケーキ、いっぱい……」
「こりゃ幻覚にやられてるな……」
明が苦笑いする。
白い花畑を焼き払ったあと、俺たちは慎重に森の奥へ進んだ。
湿った空気は徐々に乾き、やがて木々の密度が薄くなっていく。
「……もうすぐ、だ」
ロメオが地図を見ながら呟いた。
最後の一歩を踏み出すと――視界が一気に開けた。
「うわ……!」
思わず息を呑んだ。
目の前に広がっていたのは、断崖絶壁と、その向こうに広がる雄大な景色だった。
切り立った崖の先、深くえぐれた谷間を雲が漂い、そのはるか向こうに、鏡のような湖面がきらきらと朝日を反射している。
「あれが……鏡の湖」
有紗が感嘆の声を上げる。
湖は、周囲の断崖と青空を映し出し、まるで空そのものを抱いているかのようだった。
まったく波も立たず、凪いだ湖面は、不気味なほど静かだ。
「すげえ……本当に、空が落ちてきたみたいだ」
明もぽかんと口を開ける。
足もとを踏み外したら一巻の終わりだが、それでも目を離せなかった。
この絶景の中に、『第三の言葉』へ至る手がかりが隠されている。
「……でも、どうやって行くの?」
沙耶が不安そうに尋ねた。
そう、崖は高く、湖まで続く道などどこにも見当たらない。
俺たちは、しばし無言で断崖を見下ろした。
霧が立ち上り、足もとを飲み込んでいく。
――ここからが、本当の試練だ。
俺は拳を握りしめ、仲間たちを振り返った。
「行こう。『第三の言葉』は、あの湖にある!」
俺たちは、それぞれ力強くうなずいた後、断崖の縁を慎重に歩きながら、湖へと降りる道を探した。
「こっちはダメだな。垂直すぎる」
明が、崖の端を覗き込みながら顔をしかめる。
「こっちも……岩が脆いわ。足を掛けたら崩れそう」
純子も険しい表情で言った。
崖はまるで巨大な刃物のように鋭く切り立っていて、適当に降りようとすれば命はないだろう。
俺たちは慎重に、少しずつ迂回しながら足場を探す。
「ねえ、あれ……!」
有紗が指をさした。
その先、岩壁に沿うようにして、細い獣道のようなものが続いている。
人間一人がやっと通れるかどうかの幅だが、湖へ向かってゆるやかに下っているようだった。
「よし、あそこだ!」
俺は即断した。
「ちょ、待てよ! 本当に大丈夫なのか!?」
明が叫ぶが、時間をかけている暇はない。太陽が高く昇れば、崖の気温も上がり、岩が緩んで危険になる。
「行くしかないよ!」
俺は覚悟を決めて、先頭に立った。
獣道は、崖の壁面にへばりつくように続いていた。
足もとには小石が転がり、ちょっとバランスを崩せば、数百メートル下へまっさかさまだ。
「こ、怖い……!」
沙耶が声を震わせる。
「大丈夫だよ、俺の後ろに続いて!」
俺はできるだけ冷静な声で言った。
ロメオは意外にも落ち着いていて、足を一歩一歩確かめながらついてくる。
さすが遺跡荒らしのプロだ。こういう地形には慣れているのかもしれない。
途中、崩れかけた岩棚を、俺たちは一列になって這うように進んだ。
冷たい汗が背中を伝う。
(あと少し……)
崖道は次第に傾斜を緩め、やがて広い岩場へとつながっていた。
その向こう――まるで天空の鏡のような湖が、手を伸ばせば届きそうな距離に広がっていた。
「つ、ついた……!」
沙耶が地面にぺたんと座り込む。
見上げれば、今までいた断崖が、空高くそびえていた。
俺たちは、無事に『鏡の湖』のほとりへ辿り着いたのだ。
「さて……ここからが本番だな」
明が気合を入れ直す。
俺も拳を握りしめる。
湖面に映る影――そこに、『第三の言葉』への道が隠されているはずなのだ。
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