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しおりを挟む谷に踏み入れた瞬間、空気が一変した。体にまとわりつくような重苦しい瘴気。呼吸すら浅くしなければ、肺に入り込むそれが生命を侵しそうだった。
「っ……結界、張ります!」
セリアが素早く杖を掲げると、淡い緑の光が一行を包み、瘴気の干渉を一時的に遮断した。
「助かる。急いでかたずけるぞ!」仁が言い、剣を抜く。
谷の奥へと進むほどに、死の気配は色濃くなる。腐った石像、朽ちた祠、かつて人が住んでいたと思しき痕跡すら呪われて歪んでいた。
――そして、開けた空間に出たとき。
空気が凍った。
そこには、無数の鎧をまとった兵がいた。肉は削げ、眼窩に瘴気を灯し、まるで生前の誇りを捨てぬかのように整然と立ち並ぶ。
「……瘴縛兵団」ロメオが吐息のように呟く。「古代、禁術によって蘇った兵士たち。王の命により、死してなお戦い続ける不死の軍勢だ……」
彼の言葉が終わるのと同時に、兵団が動いた。
一斉にこちらへと駆け出す、無言の殺意――!
「構えろ! 陣形を崩すなッ!」勇者・仁が叫ぶ。
だが、敵兵数は数十、いや百を超えていた。
「このままじゃ包囲される!」純子が叫ぶ。三人の弓使いが後衛から援護射撃を開始。だが、兵団の肉体は矢を通してなお進む。
「卓郎、なにか良い手はないの!?」沙耶が必死に問いかける。
俺は一度、深く息を吸い込んだ。手にした剣を天に掲げ、静かに言う。
「……なら、光で押し返すまでだ」
スキル――解放。
「『セラフレイム』!」
剣が光と炎を纏い、青白い輝きを放つ。その輝きに、瘴縛兵団がたじろいだ。
「行くぞ……全部、切り倒してやる!」
俺は地を蹴り飛び出した。
「『斬光断』!!」
横薙ぎ一閃。『セラフレイム』と『斬光断』の合わせ技が炸裂する。
突貫する瘴縛兵を、光の波動が面で押し流す。剣から迸る斬撃が十数体を一撃で吹き飛ばし、光の炎が周囲を焼き払った。
それでも数が多い。聖騎士団が前線を死守し、セリアとロメオが瘴気の動きを解析しながら対応。聖女・ユリが『浄化の祈り』(瘴気・霧・呪詛といった「闇属性の災厄」を完全に中和する大技。使用後は本人の体力・意識が大きく消耗する)の詠唱をはじめ、明の『フレイムバスター』が横陣を焼き払い、仁が中央を突破していく。
「後ろに控えてるやつが指揮官か!?」仁が叫ぶ。
谷の奥、瘴気の台座に、一体の異形が立っていた。長く歪んだ腕、仮面のような顔。言葉にならぬ呻きを呟き続けるそれは、確かにこの軍勢の中心。
「……あれが、『死語を語る者』だ」ロメオが震える声で言った。
「瘴気の詠唱者……っ! 術で兵を操ってるってわけね!」有紗が言う。
「なら、止めてやる! 『セイントシールド(味方一人を光の盾で包み、防御力を上昇させる)』、『ピュリファイ(呪いや毒などを光の力で浄化)!!」
俺は剣を構え直す。足元から光が広がり、瘴気を押し返しながら走る。
聖なる力を纏ったミスリルソードを一閃すると、瘴縛兵十数体が浄化される。
だが、『死語を語る者』の詠唱の言葉が谷を満たす。
ぐわん、と空間が歪んだ。瘴縛兵たちが一斉に膨れ上がり、光の干渉すら打ち消す黒い瘴気をまとい始めた。
「くそっ……間に合え……!」
俺は詠唱する。
「『ジャッジメント(敵一体に裁きの光を落とす。罪深い存在に強く反応)』、『ジャッジメント』、『ジャッジメント』!!」
その瞬間、天空より巨大な剣の形をした裁きの光が現れる。空間が引き裂かれ、詠唱者を含む前方数十メートルの瘴気ごと吹き飛ばした。
谷が震える。光が瘴気を裂き、空が覗いた。
「……おいおい、マジで……」明が目を見開く。
勇者・仁がポツリと呟いた。
「今のは、完全に勇者の戦い方だ」
俺は剣を下ろしながら、肩で息をつく。
「……まだ終わりじゃない。この瘴気! 奴らの王が、ここにはいるはず」
続く静寂の中、谷の中心部に続く門が、ゆっくりと開かれ始めた。
谷の奥に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
まるで血と鉄と、腐った泥を混ぜたような臭気が鼻腔を突く。瘴気の霧はさらに濃くなり、視界は十メートル先も怪しい。
「っ……これは」由里が顔をしかめた。「この瘴気、私の『浄化の祈り』でも長くは保たないかも……」
「なるべく速攻で突破するぞ!」仁が叫ぶ。
その刹那、足元の地面がぐにゃりと揺れ、黒い腕が地中から突き出た。
「化け物が出てくるぞ――ッ!」
地面を突き破って現れたのは、半分土に還った兵士たち――瘴縛兵団。その数、二百を超える。
さっきより一回り大きな瘴縛兵の鎧は腐食し、剣は錆びついていたが、彼らの眼窩には青黒く光る〈死語の灯〉が灯っていた。
「隊列を崩すな!」バルドが前へ出る。
瘴縛兵が一斉に突撃を仕掛けてくる。だが、聖騎士たちもただの飾りではなかった。
「『聖光壁』展開!」聖騎士団リーダー・勇人が叫ぶ。
由里の詠唱とともに、前衛に聖なる結界が展開される。
突撃してきた瘴縛兵の剣が壁に当たり、火花を散らした。
「全員、前衛突破班と狙撃班に分かれろ! 核を狙うんだ!」勇人が指示を飛ばす。
「俺たちもいくぞ!!」
明が仲間に声をかける。
「まかせて!」
有紗と純子がすでに弓を構えていた。
「浄化の光、矢に宿れ!」
高速で打ち出された魔法矢が二連、三連と飛び、瘴縛兵の眼窩と喉を正確に貫く。
「おおおおおおっ!」
明が剣を炎で包み、真正面から突撃する。
「『フレイムバスター』!」
紅蓮の一閃が瘴縛兵を両断し、内部に潜んでいた黒い瘴気の核を焼き尽くす。
「まだまだっ……! 『セラフレイム』!」
俺の剣に光と炎が集い、稲妻のような突きで三体を貫く。剣の一閃が瘴気の核を破壊し、兵士たちは崩れ落ちた。
しかし――
「まずい、瘴気の渦が後衛に!」ロメオが叫んだ。
後方、瘴気が空気を巻き込み渦を形成。その中心から、四肢の異形が生えた獣のような何かが姿を現す。
「死語を語る者……!」由里の顔が青ざめる。
その異形が、口のない顔から空気を振るわせるように呻き声を発した瞬間聖騎士の一人が膝をついた。
「ぐっ……頭に……響く……!」
「音じゃない! 言葉そのものが呪いになってる!」ロメオが悲鳴をあげた。
卓郎は即座に走る。
「由里、全体浄化頼めるか!」
「はい……っ! 『浄化の祈り』!」
由里の祈りと共に、銀の光が一行全体に降り注ぐ。呪いが浄化され、崩れかけた精神が立ち直っていく。
「今だ……全員、あれを叩け!」
「うおおおおっ!」仁が突撃。
死語の異形が地を這う触手を伸ばすが、それを明が斬り払う。
「焼き尽くせッ! 『フレイムバスター』ッ!」
炎が異形を包む。内部の瘴気核が浮かび上がった。
「もらった……!」
卓郎が跳躍し、剣を構える。
「『斬光断』!」
全力の光刃が放たれ、核を直撃。
――閃光。
異形の叫びが響き、そして霧が、一瞬だけ晴れた。
戦場に静けさが戻る。
敵の残滓は灰と化し、瘴気の濃度がわずかに下がったように感じられた。
「……突破完了か」バルドが息を吐いた。
「でも、まだ奥がある……ここは、ほんの入口だよね」沙耶がつぶやく。
谷のさらに奥、黒き岩山の裂け目から、呻きが響いてくる。
明も剣を肩に乗せ、にやりと笑う。
「ようやく、ボスのお出ましかってな」
闇の奥で、何かが目を覚ました。
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