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しおりを挟む神聖フェルミナ王国聖都フェルミナ──女神アリアの名のもとに栄える神聖王国の中心都市は、まばゆいほどの白と金の装飾に彩られていた。
大理石の街道を行けば、巡礼者や商人、旅人たちが行き交い、祈りと笑い声が入り混じる。青空のもと、白亜の尖塔が空へと伸び、聖光の鐘が時間を告げていた。
「わぁ……見て、すっごい!」
沙耶が両手を広げて回りながら、広場の噴水に駆け寄った。噴水の中央には女神像が立ち、水はきらめく虹を作っていた。
「はしゃぎすぎよ。こけないでね」
純子が苦笑しながらも、内心では同じように心が弾んでいるのを隠せない。
彼女もまた、緊張が抜けたことで、ようやくこの街の美しさに目を向ける余裕ができていた。
「ほら、これ……『聖なるバニラアイス』だって」
有紗が屋台で買った白く輝くアイスを手に、そっと沙耶に差し出す。
「冷たくておいしいよ。ミルクの味が濃くて……あとなんか、光ってる」
「魔力でも入ってるのか?」
明がそれを覗き込み、真剣な顔で分析を始めた。
「いや、ただのキラキラの砂糖だろ」
卓郎が突っ込みを入れるも、実際のところは「神殿公認スイーツ」で、祈祷済みの聖水で練られた由緒正しいアイスらしい。何かごりやくがあるのかな?
一行は広場を抜け、石畳の坂道を登っていく。途中の路地には、手工芸品の屋台や聖句を書いた巻物、香油、神殿グッズを売る店が並んでいた。
「このネックレス、女神の加護があるんだって」
沙耶が首にかけようとした瞬間、有紗がさらりと値札を指さす。
「……沙耶、それ、銀貨十五枚って書いてあるけど?」
「へ? た、高っ!? ぼったくり!?」
沙耶が慌てて戻そうとしたところ、店主の老神官が苦笑した。
「信仰は、値段ではなく心で買うものですぞ」
「え、ちょっと名言じゃん……!」
沙耶は財布をしまいながら、妙に感心していた。
その後、一行は聖都の展望台「光の丘」に登り、街全体を見下ろす。神殿の尖塔から続く神道が、まるで光の帯のように地平まで伸びている。
風が心地よく吹き抜け、沈みかけた太陽が黄金色の光を放っていた。
「なあ……おれたち、すごいとこまで来たよな」
卓郎がポツリと呟く。
「うん。あの谷から、ここまで」
有紗が静かに頷く。純子も、明も、沙耶も、黙ってその言葉を噛みしめていた。
たった数日前まで、命を懸けて戦っていたことが、少し夢のように感じられる。でも、それがあったからこそ、いまの笑顔がある。
「次は、聖都の温泉街行こうぜ。祈祷湯ってやつがあるらしい」
明が地図を見ながら声を上げると、沙耶がぱっと顔を輝かせた。
「温泉!? 行く行く行くっ!!」
「女子と一緒には入れませんけど?」
純子の冷静なツッコミに、明が盛大にため息をついた。
「くっ……この国にも混浴文化はないのか……」
笑い声が、夕暮れの聖都に溶けていった。
しばしの安らぎと、仲間たちとの絆を感じながら──彼らはまた、一歩ずつ前へと進んでいくのだった。
夕暮れを過ぎ、卓郎たちは聖都の外れにある〈祈祷湯〉を訪れていた。
ここは神殿騎士たちや高位神官も静養に訪れる由緒ある温泉地で、湯には『神の癒し』と称される浄化と回復の効能があるという。
「ふぅ~~~……」
広々とした男湯。湯船につかる卓郎と明は、声もなく同時に天井を仰いでいた。温かく、肌に沁みるような柔らかい湯。戦いの疲れも、どこか遠くへと流れていく。
「このために生きてきた気がする……」
明が完全に脱力してぼやいた。
「同感。もう谷とか瘴気とか思い出したくないな……」
卓郎も、ただただ無になって湯に浮かぶ。
湯船の外では、脱衣所で戦利品を数えていたバルドと仁が「この後の予定」について話し込んでいた。
一方その頃、女湯では──
「ほら沙耶、動かないの。髪ちゃんと洗ってあげるから」
「ふにゃ~……有紗の手、気持ちいい……」
有紗に髪を洗われながら、沙耶は極楽顔で湯気の中にとろけていた。
「……全く、あんたはこういう時だけは子供になるのね」
純子は呆れつつも、半身浴をしながら、ちらと視線をやる。
その視線の先では、リディアが静かに湯に身を沈めていた。彼女は滅多にこうした場に姿を見せないが、「由里さんに勧められて」と言ってやって来たらしい。
「……こういうの、少しだけ憧れてたの」
リディアがぽつりと呟いた。
「何が?」
純子が聞き返すと、リディアは湯けむりの向こうで、かすかに笑った。
「……仲間って、こういう感じなのね」
湯上がりの後、一行は再び大聖堂へと向かった。夜間の特別な『祈りの間』が開放されると聞いたからだ。
月明かりに照らされた大聖堂は、昼とは別の静謐な表情を見せていた。ステンドグラスの光の代わりに、淡く灯る祈祷燭が、神の御名を刻む壁画を浮かび上がらせる。
由里がすでに堂内にいた。彼女は床に跪き、静かに手を組んで祈っている。
「来てくださったのですね」
振り返った彼女の微笑みは、どこか神秘的で、けれども人間らしいあたたかさを含んでいた。
「この部屋では……女神の声を、かすかに感じることができるかもしれません」
半信半疑で祈りの姿勢を取る卓郎たち。だが不思議なことに、誰もが心の内にそっと語りかけられるような感覚を覚えた。
──ありがとう。よくぞ歩んできました──
それは言葉とも思念ともつかない、けれど確かに優しさに満ちた何かだった。
「……あの声、もしかして……」
沙耶がぽつりとつぶやいた。純子も、有紗も、息をのんでいた。
「きっと、見ていてくださるんですね」
由里が小さく頷いた。
その夜、卓郎たちは自分たちがどこまで来たのかを、改めて感じていた。
ただの冒険者だった彼らが、いまや『信頼された外部協力者』、〈準聖徒候補〉として神殿に認められている。仲間とともに戦い、祈り、そして未来へと歩んでいる。
この聖都での時間は、確かに彼らの心に希望という名の光を灯していた。
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