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しおりを挟む山道を登る風が、時折、熱を帯びて肌を撫でていく。
ここは南東の美巣け目が交錯する、まさに「灼熱の谷」だった。
「……空気が重たい。瘴気じゃないけど、何かが焼けた匂いがする」
有紗が眉をひそめながら周囲を見渡す。
「この岩……溶けてる?」
沙耶が指差したのは、谷間の岩肌だった。灰色に焦げ、ところどころ赤黒い。高熱で焼かれたように、斑点状に泡立っている。
明がしゃがみ込み、岩の表面に手をかざす。
「まだ、温もりが残ってるな。……そう古い痕跡じゃねえ」
剣士としての勘がそう告げているのだろう。明の目つきが鋭さを増していた。
「――来てる。ここまで降りてきてるわ」
純子が弓を抱えたまま、斜面上に目を走らせていた。
「飛び去った跡もある。岩肌に爪痕……あれは人間の大きさじゃない」
零士が静かに口を開いた。その声には迷いがなく、確信に満ちている。
「飛び立つときに、あそこを蹴ったんだな」
彼が指し示したのは、岩に深く食い込んだ五本の爪跡。その先には、黒く焼け焦げた草地が広がっていた。
「どうする? このまま痕跡を追うか?」
明が問いかける。
零士は一瞬、空を見上げて答える。
「ここで待つのは悪手だ。このまま進むぞ」
討伐隊は《黒翼のドラゴン》を探して再び先に進みだす。
岩肌を削ったような細い崖道を、討伐隊の全メンバーが慎重に進んでいく。空には灰色の雲が垂れ込め、谷の奥からは、時折、黒い羽根のような何かが舞い上がっては風に消えていく。
「……この感じ。近いよ、絶対」
有紗が低く呟く。空気に混じる焦げたような匂い。地面には巨大な爪痕。明らかに……いる。
「この瘴気、濃くなってるわね……」
純子が眉をひそめ、矢筒を確かめる。
「間違いない、来るぞ」
剛が大盾を構え、仲間に合図する。刃は剣を抜き、零士は静かに銀の槍を握った。風が止み、音が消える。
――空が割れた。
「――来たッ!」
沙耶の叫びと共に、上空から黒い影が急降下してきた。全長十メートルを超える漆黒の翼。その瞳は紅蓮に燃え、咆哮は山肌を震わせる。
〈黒翼のドラゴン〉がパーティの頭上をかすめ飛ぶ。
「全員、戦闘体勢ッ!」
零士が叫ぶと同時に、明が火剣を構え、前衛陣が飛び出した。
「後衛、準備開始!」
上空のドラゴンを地上に落とさぬ限り、勝機はない。
「了解!」
俺のスキル『百点カード』のお取り寄せ機能であらかじめ用意していた『爆薬矢』を三人が引き絞る。
「純子、有紗、沙耶、行け!」
「《遠距離射的ロングショット》!」
長距離狙撃に特化した魔力の奔流が弓に収束し、爆薬の矢がうなりを上げて飛翔した――。
ズガガーン!!
着弾と同時に爆発が連鎖する。
ーー爆薬の矢は命中したがドラゴンは飛び続ける。
「浅いか!」
黒翼のドラゴンは空を切り裂き、猛スピードで旋回しはじめた。
次に来るのはブレス攻撃だと俺は感じ取っていた。
「みんな俺のそばに集まれ!」
俺は防御の魔法を発動する。
「ストーンウォール!」
その場に岩の壁を出現させ、防御ドームを構築。ドラゴンブレスを遮蔽するためだ。
その口から放たれる瘴気混じりのブレスは、地表に着弾するたびに土を腐らせ、岩を熔かしていく。
「っくそ……このままじゃ、何もできねえ!」
明が舌打ちし、剣を構えたまま空を睨む。
「上から好き勝手撃たれてる……! 落とさなきゃ、始まらない!」
純子が悔しげに弓を握りしめる。
〈黒翼のドラゴン〉は地上に降りる気配すら見せない。ブレスを撃ち、飛び去り、また背後から襲ってくる。その動きはまるで狩人が獲物を嬲るかのようだった。
――空を奪われたままでは勝ち目がない。
そのとき――
「俺が狙いを定める。みんな、連携して!」
卓郎が叫び、前に出る。
「《フレイムジャベリン》――!」
空間に光の輪が浮かぶ。その中から、燃えさかる紅蓮の投げ槍が生み出された。 魔力を込めた槍が、灼熱を帯びて疾駆する。
狙いはドラゴンの左翼の付け根――ちょうど急旋回に入ろうとした瞬間だった。
――ズドォン!!
命中。火花と血煙が上がり、左の翼が大きくたわむ。
「今だッ、爆薬矢を撃ち込めッ!」
零士の指示を待たず、純子、有紗、沙耶がすでに構えていた。
「《遠距離射的ロングショット》、いっけぇえええ!!」
三人の弓が風を裂き、矢が同時に飛翔する。
矢尻に仕込まれた爆薬が、ドラゴンの負傷した翼に集中して着弾した。
――ドガァァァン!!!
炸裂音とともに、翼の骨が砕け、黒い鱗と血飛沫が空を染める。
〈黒翼のドラゴン〉が咆哮を上げ、体勢を崩す。
片翼が折れ、空中でバランスを失った巨体が、羽ばたきながらも必死に高度を保とうとする――が、重力は容赦なく襲いかかる。
「落ちてこい……!」
零士の目が鋭く光る。
――次の瞬間、ドラゴンの巨体が悲鳴のような風音を引きながら、谷の奥へと真っ逆さまに墜落した。
大地が揺れ、爆煙が舞い上がる。
「命中確認! 奴は地上だ!」
「全員突撃! 今度はこっちの番だ――!」
戦場が、空から地上へと移り変わった。
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