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しおりを挟む福佐山の冒険者ギルド。
いつもよりも静まり返った受付で、俺たちは緋眼の魔獣討伐の報告を終えた。報酬はすぐに計上され、ゴルド袋が手渡される。だが、その場の空気には何か、いつもと違う重みがあった。
「……ありがとう。牙の品質も申し分ないわ。すぐに貢献度に反映しておく」
そう言って受付に立つのは、黒髪を今日はきっちり結った黒眼の女性――礼子さんだ。普段は事務的で冷静沈着な彼女だが、今日はどこか、視線が周囲を気にしている。
ギルドの奥から何人もの冒険者が出入りし、奥の会議室では小声のやり取りが続いていた。カウンターの向こうで書類を整理してから礼子さんが、俺たちにだけ聞こえる声で囁く。
「……ドラゴンが出たのよ」
俺たち全員が息をのんだ。
「確認されたのは南東の山脈地帯。目撃されたのは、黒翼の大型種。近くの村が一つ……消えたわ」
「……嘘、でしょ」
純子が思わず声を落とす。
「明日、討伐チームが編成されるんだけど――」
礼子さんは周囲を確認し、さらに声を潜めて続けた。
「『フォーカス』も、参加してみない? ギルドとしては、実力的にも信頼的にも、声をかけるべきパーティの一つだと思ってる」
『フォーカス』――それは俺たちのパーティ名。今ではギルドでも名が通るようになっていた。
「ドラゴンか……」
明が珍しく声を低くする。
「やるなら、本気で命懸けになるわよ」
純子も目を伏せ、口元を引き締める。
「でも、ドラゴンを倒せたら……」
沙耶の瞳が、いつになく真剣な光を宿している。
「……村が消えたって聞いて、黙ってられないよ」
俺は自然とそう口にしていた。
礼子さんは一瞬だけ柔らかく微笑んだ。
「そう言うと思ったわ。正式な招集は明日。準備は今夜のうちに済ませておいて」
その言葉を最後に、礼子さんはいつもの事務的な態度に戻り、次の冒険者の対応に移った。
俺たちは、いつもの報酬袋と、いつもと違う重圧を抱えながら、ギルドの扉をくぐった。
翌朝。
福佐山冒険者ギルドの会議室には、すでに十名以上の冒険者たちが集まっていた。
重厚な木製の扉が閉じられ、静まり返る空間に、礼子さんの声が響く。
「これより、《黒翼のドラゴン》討伐隊の編成と作戦会議を始めます」
円卓の中央には、立体魔法で映し出された地形図が浮かんでいた。そこには《ドラゴンの目撃地点》と記された赤い印が光っている。
「ドラゴンは南東の美巣留山脈、〈炎羽の谷〉上空で確認されました。被害は甚大で、近隣の『六科村』は消息を絶っています。住民の生存は絶望的と見られています」
室内が静まり返る。誰もが重苦しい空気を飲み込んでいた。
「討伐隊は三班に分かれます。それぞれの班長を紹介します」
礼子さんの手が三つの精鋭チームを示す。
「パーティ〈斬光の刃〉のリーダー・刃。近接戦闘を得意とするAランク剣士」
礼子の紹介がはじまる。
銀の短髪に鋭い目。冷静な剣士は、周囲を見ずに立ち上がる。
「前衛は俺たちが担う。連携は必要最低限で構わない」
「副隊長の美鈴」
紅の短髪、長身の女槍使い、副隊長の美鈴は、紅の短髪を揺らしながら長身の体をゆったりと立ち上がると、一言だけ告げて腰に手を当てた。
「邪魔しなければ、それでいい」
「ちょ、あんたら固すぎじゃね?」
同じく〈斬光の刃〉の陽気な魔剣士、陽斗が軽く手を挙げた。
「火の魔法斬撃なら任せとけ! ってわけで、陽斗だ。よろしく~」
その隣で座っていた無表情な少女が、卓郎に視線を向ける。
「……結菜。氷属性」
「次は〈嵐の盾〉、リーダーは剛。防衛と囮を兼任する重装戦士」
「お、じゃあ今度は俺たちか」
〈嵐の盾〉の隊長、剛が、大盾を背負って立ち上がる。
「守りは任せとけ。どんな火でも吹雪でも、俺の後ろにいれば安全だ」
「愛梨です。支援魔法を担当します」
穏やかに視線をめぐらせたヒーラーは、柔らかな笑みで周囲を包む。
「澪! いや~、楽しみって言ったら語弊だけどさ、頑張ろーな!」
短剣を腰にさげた少年が、沙耶と軽くハイタッチしていた。
「そして、〈フォーカス〉のリーダー、卓郎くんには、第三班の火力支援をお願いしたい」
「えっ」と思わず声が出そうになったが、俺はすぐに表情を引き締めた。〈フォーカス〉のメンバーの自己紹介が終わると、礼子さんが続けた。
「第三班の構成は、卓郎、明、純子、有紗、沙耶――『フォーカス』の五名に加え、もう一人。……この人を紹介します」
礼子さんが扉の方を向いた。
ギィ……と音を立てて扉が開き、長身の青年が一歩中に入る。肩まで伸びた銀髪に、鋭い青い目。マントの背には、銀色に鈍く光る槍を背負っていた。
「彼の名は、零士。元王国騎士団の副団長にして、十年前、ドラゴンに故郷を焼かれた生き残りです」
一瞬、空気が張りつめた。
零士は無言のまま、俺たちの方に視線を向ける。睨んでいるわけではない。むしろ、何かを見透かすような、深く静かな目だった。
「……失礼する。俺は討伐のために来た。私情は挟まない」
低く抑えた声で、それだけを告げると、零士は卓郎の隣の席に腰を下ろした。
「こっちこそ、よろしくお願いします」
俺は姿勢を正して、そう答えた。
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