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しおりを挟む「ドラゴンスレイヤーの誕生だーっ!」
「今日は、祝いの大宴会だなー!」
誰かが叫んだのを皮切りに、ギルドの空気が一気に熱を帯びる。あちこちからジョッキが掲げられ、酒の匂いとともに歓声が飛び交った。冒険者たちが立ち上がり、まるで自分の武勲であるかのように興奮し始める。
「おごりだ、おごりだ! ドラゴン退治の報酬で豪遊だー!」
「こりゃ高級酒が飲めるぞ! 今日は飲み明かすしかねぇ!」
零士が視線を寄越す。無言のまま、刃と剛に目配せをすると、二人はすかさず満面の笑顔で両手を高く掲げた。
「ヒャッホー! おごりだおごりだー!!」
「零士、いっちょ頼むぜ!」
勢いに押されて、零士も笑いながら手を上げた。
「……今日は、全部、俺たちのおごりだぜー!!」
刃が勢いよく椅子に乗り、両手を振りかざして叫ぶ。
「さあ、飲めーっ! 食えーっ! 命懸けの冒険のあとは、命懸けで楽しむんだよぉ!!」
「ウオオオオーー!!」
地鳴りのような歓声がギルド中を揺るがす。テーブルの上に料理が次々と運ばれ、酒樽が開かれ、宴の準備が進んでいく。
「ちょ、ちょっと、勝手に仕切らないでよ!」
礼子が半ば呆れたように言うが、止める者はいない。冒険者たちの昂ぶった感情は、もう誰にも抑えられなかった。
卓郎は、その渦の中で、少しだけ後ろに下がった。喧騒の中にいるのに、どこか遠くからそれを眺めているような、そんな感覚だった。
剛が肩を叩いてくる。
「なーにしけた顔してんだよ。ドラゴンを倒したのはお前だろ」
「……みんなの力ですよ。止めをさしたのは俺だけど、でも、もっと上手くやれたはずなんだ、今度は最初から全力で行くよ」
卓郎は静かに答えた。その言葉に、剛は目を丸くし、すぐにニヤリと笑った。
「へえ、ようやく目が覚めたか。そりゃ楽しみだ。次も頼むぜ、エース様」
「やめてください。恥ずかしい」
そんなふうに笑い合いながらも、卓郎の心にはひとつの誓いがあった。
――もう二度と、遅れは取らない。
仲間を守るために、躊躇などしない。
そんな決意を胸に、卓郎はギルドの賑わいの中に歩を進めた。
ギルドのホールはあっという間に宴会場と化していた。大皿に盛られた肉料理、湯気を立てるスープ、焼きたてのパン、香ばしいチーズの盛り合わせがテーブルに並び、ジョッキは次々と満たされていく。
「おかわりー! こっちのテーブル、酒が足りてませーん!」
「つまみも追加してくれー!」
受付カウンターは、いつの間にか注文窓口と化していた。礼子は大きくため息をつきながらも、臨時スタッフに指示を飛ばしていた。
「まったく……なんで毎回こうなるのよ。あんたたち、ギルドをなんだと思ってるの?」
「大丈夫、礼子さん。今日は特別な日ですから!」
そう声をかけたのは、有紗だった。彼女は沙耶と一緒に、手際よく料理をテーブルに運んでいる。
「うん、すっごく賑やかで……お祭りみたいっ!」
「実際、祭りでしょ。〈黒翼のドラゴン〉だよ? 一年分の自慢ネタになるわ」
明がジョッキを片手に豪快に笑いながらテーブルに座る。片腕には酔っぱらって半分寝ている冒険者がぶら下がっていた。
「こら、明っ、その人もう飲めないって!」
純子が仁王立ちで怒鳴るが、明はケロリとしていた。
「細かいなー。宴ってのは、無礼講ってもんだろ?」
「そういう無礼講が積もると後悔するのよ。特に明、あんた昨日、店壊してギルドに請求きたでしょ」
「えっ、それ俺だったのか!? ……そりゃ、悪いことしたな」
「気づいてなかったの!?」
一方そのころ、卓郎は一人静かにジョッキを傾けていた。まだ宴の喧騒に全身を預ける気にはなれなかったが、それでも皆の笑顔を見ると、自然と頬が緩む。
「……よかった。ほんとに、みんな無事で」
すると、横から純子がひょいと顔を出した。
「何一人でしんみりしてんのよ。ほら、乾杯するわよ!」
「え、今?」
「今でしょ。今しないで、いつするのよ?」
そう言って、純子は自分のジョッキを高く掲げる。
「じゃあ……卓郎の新しい決意に、乾杯ってことで!」
「えっ、それ聞いてたの?」
「そりゃまあ……全部じゃないけど、表情見てりゃ分かるわよ」
「……やっぱ、こわいな、」
「うふふ、褒め言葉として受け取っとく」
そんなやり取りをしているうちに、他の冒険者達も集まってきた。
「なんだなんだ? 乾杯か?」
「そりゃ乗るしかねえだろ!」
「それじゃ、改めて!」
剛が、皆の真ん中で声を張る。
「〈黒翼のドラゴン〉を倒した俺たちに! そして……帰ってきたこの日を、忘れないように!」
「「乾杯ーー!!!」」
ジョッキがぶつかり合い、泡が飛び散る。
歓声、笑い声、音楽、皿とグラスの音。ギルド中に響き渡るそれらの音が、今日という一日を、確かに祝福していた。宴は夜遅くまで続いた。
――が、宴の熱気が、ゆるやかに静寂へと変わっていく。
酒に酔い潰れて眠る者、まだ名残惜しそうに語り合う者、隅のテーブルでそっと寄り添う者――喧騒の残り香が、俺には少しだけ寂しさを漂わせているように思えた。
俺は、人気の少なくなったホールの片隅、窓辺の席に腰を下ろした。
夜風がほんの少し肌寒く、冷えた頬に気持ちよかった。
ふと目を向けると、窓の向こうには静かにまたたく星がいくつか。
街の灯りに押されながらも、それでも確かに瞬いていた。
「卓郎……?」
静かな声がして振り返ると、そこには有紗がいた。ふわふわの上着を羽織り、湯気の立つマグを手にしている。
「冷えちゃうよ。……ココア、飲む?」
「あ、ありがとう」
有紗が隣に腰を下ろす。二人の間に、そっと静けさが流れた。
「……楽しかった、今日。でも、怖かった」
「うん。俺もだ」
「剛さんが……消えたって思ったとき、心臓が止まるかと思った。なのに、みんな戦い続けてて。私、震えてて……」
「それでも、有紗は逃げなかった」
「ううん、ただ、逃げられなかっただけ。でも……」
言葉を区切って、有紗はそっと笑う。
「……だから、今日、卓郎があの魔法を使ったとき、すごく安心した。ああ、大丈夫だ、って」
その言葉が、静かに胸に染みた。
どんなに喧騒に包まれていても――
どんなに孤独に思えても――
ちゃんと、誰かが見ていてくれる。
分かろうとしてくれる。
それだけで、前を向く理由になる。
「……ありがとう。有紗」
「ふふ、こちらこそ」
有紗のマグから立ちのぼる湯気が、窓のガラスにうっすらと曇りを描いた。
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