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しおりを挟む崩れ落ちた〈セラフィム・アーク〉の残骸が燻るなか、俺たちはしばしその場で呼吸を整えた。
「……大丈夫?」
有紗がそっと声をかけてくる。俺は頷き、剣を鞘に収めた。
神殿の奥――セラフィムが守っていた巨扉は、既に半ば開かれていた。赤黒い瘴気がゆらりと漏れ出し、まるで「入ってこい」と誘っているかのようだった。
「どうやら、ここが中枢みたいだね」
沙耶が口元を引き締め、弓を握り直す。
ロメオが一歩前に出て、慎重に残骸をまたぎながら扉の方へ歩き出す。眼鏡の奥の目が、興奮と緊張に揺れていた。
「これほどの守りを超えた先……ついに核心か。古代記録の中で語られていた原初の魔核――あるいはそれが、ここに眠っているかもしれない」
「調査はロメオさんにお任せだ。行こうぜ、早く終わらせよう」
明が肩を回しながら、俺たちの先に立った。
「もう敵は出ないでほしいわ」
純子が矢をつがえ、有紗と沙耶も並び立つ。
俺は一歩、扉の前に立ち、深く息を吸った。
「まだ俺は戦える。大丈夫だ……行こう」
神殿中枢―― 内部は、まるで巨大な心臓の中にいるかのようだった。脈動する光の柱が天井まで伸び、その中心に浮かぶのは、黒曜石のように輝く楕円形の魔核。その周囲には、魔導式が渦を巻くように配置され、脈動に合わせて赤く明滅している。
「これは……封印機構、いや、制御炉か……?」
ロメオが目を見開き、肩掛け鞄から慌ただしくノートと筆記具を取り出す。立ったまま、光の柱の脈動を目で追いながら、その場に膝をついて走り書きを始めた。
「構造が重層的だ……外周の魔導式は結界生成、内周は……これは文字か? 古代ルーン、いや、様式が違う。まさか、ここは――っ!」
彼のつぶやきはどんどん早口になり、興奮により声が裏返っている。もはや誰にも止められない研究モードだ。
「放っておいていいよね、あれ」
沙耶が苦笑しながら呟くと、有紗も控えめに頷いた。
「うん。楽しそうだし……止める方がかわいそうかも」
とりあえず危険はなさそうと判断し、俺たちは中枢の縁に腰を下ろした。蒼白く輝く床は妙に滑らかで、座っても不快感はなかった。むしろ、ほんのり暖かい。
「ふぅ……やっと座れた。セラフィムを見た時は死ぬかと思ったわ」
純子が大きく伸びて、背中をぽきぽきと鳴らす。
その隣で、明は無言のまま床に腰を下ろし、刀の鍔をじっと見つめていた。
「……ったく。空飛ぶ奴なんて、相手できるかよ」
ぽつりと、明が呟いた。
俺たちは思わず顔を見合わせる。
「何だよ、明らしくないな。いつもなら『俺が一番活躍してた』とか言うくせに」
「言えるかよ、あんなの。俺、一発も斬れてねぇんだぞ。お前らがバカみたいに空中戦してんのを下から見てただけだ……」
明は顔をしかめて、壁に背を預ける。
「炎の剣も届かねえし……何のために『斬鉄』まで取ったんだか……」
「……まさか、それで落ち込んでんの?」
沙耶が、わずかに目を丸くして訊く。
「別に落ち込んでねぇけど……まあ、情けねぇとは思ってる」
「でもさ、それは立ち位置の問題でしょ。明が飛んでったら、それこそ誰が前線支えるのよ」
純子が何気ない口調で言う。
「そうそう。セラフィムだって、空から無差別に撃ってきたら、誰かが囮やってなきゃ全滅してたと思うし」
有紗がやわらかく付け加える。
「それに、見上げる明くん、ちょっとだけかっこよかったよ?」
沙耶がにっこりと笑って言った。
「ちょっ、マジで言ってんのか……? あのとき、俺、ただ地面蹴ってただけだったぞ」
「うん。ぴょんぴょんしてた」
沙耶は素直に答えた。
「やめろっ、余計落ち込むだろ!」
明が顔を覆って呻く。
「……でもまあ、明がいたから、後ろで安心して撃てたのは事実だよ」
純子がそう言うと、明はちらりとこちらを見て、鼻を鳴らす。
「ふん……お前ら、ほんと調子いいな」
「その調子で次はちゃんと活躍してよね、〈灼熱の戦士〉さん?」
純子が意地悪く言って、明が「言われなくてもだ」と舌打ちする。
そのやりとりに、みんな思わず吹き出した。
重苦しい空気が続いていたせいか、誰もが少しだけ肩の力を抜いている。
「でも……これでAランクチャレンジ3回連続成功か……」
純子がぽつりと呟くと、空気が一瞬だけ引き締まった。
「……うん。次は個別昇格審査だね」
有紗が小さく頷く。
「俺、またスキル道場行って、スキル教わってこようかな。遠距離攻撃のスキルが欲しいぜ」
「あんた、そんなに空の敵に何もできなかったのが悔しいの?」
「ああ、悔しいし、情けないし、足を引っ張てるのは、いたたまれないぜ」
「大丈夫だよ、明くん。壁役はちゃんとできるんだし、剣士が遠距離攻撃できる方が珍しいんだから」
「でも道場に行くってのは良い考えよね。私もここらで、もう一つ何かスキルを身につけたいわ」
「純子ちゃんが道場行くなら私も行きたい。なんだかたっくんとの差がありすぎで、助けられすぎなのが後ろめたい」
「俺は、そんなこと気にしてないよ」
「でも、沙耶の気持ちは私も分かる。私も道場に行きたいな」
「なあ、卓郎。個別昇格審査の前に道場かよってもいいよな?」
「俺は、別にかまわないよ」
「じゃあ決まり。皆でスキル増やしましょ」
純子が腰に手を当てて偉そうに決定する。
「絶対受かろうね。個別昇格審査……」
沙耶が決意のこもった表情でに言いかけたところで――
「おおおっ! この符号! やはり間違いない! この中枢は二重制御式だ!」
突然、ロメオが大声をあげた。全員がビクッとしてロメオの方を見る。
「もしかすると、外殻の封印が破られても中核を維持できるよう設計されてる! つまりこの魔核はまだ壊れてないんだよ、諸君!」
「それで、もう変なの動いてこねーんだよな?」
「ああ、今のところ安全は確保できてると判断するよ」
「じゃあ、もう帰れるのかよ? まだ調べるところがあるのか?」
明が帰りたそうにロメオを見つめる。
「そうだね。これで依頼は完了。ギルドに戻って報告だね」
ロメオの言葉に俺たちは、立ち上がった。
「帰りに、王都グランティアの観光をしない? 私、楽しみにしてたんだ」
純子が有紗と沙耶に視線を送ると沙耶が俺と卓郎に聞く。
「いいよね? 二人とも」
「いいぜ」
明が間髪入れず答えて、帰りに王都グランティアの観光をすることに決定した。
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