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しおりを挟む北方の丘を背に建つ木造の訓練場、その名も『遠距離スキル道場』。
古びた看板には、弓と杖が交差する紋章が刻まれている。
「懐かしいわね。また此処のお世話になるとは、思わなかったわ」
純子は、くびれた腰に拳を当てて、傷だらけの看板を見上げる。
「私はまた来るかもって思ってた」
有紗の言葉に沙耶もうなずく。
「でも、こんなにすぐに来るとは思わなかったけどね」
「天弓師範元気にしてるかな? って、元気にきまってるか」
純子が懐かしそうに道場を見やる。 道場師範・天弓は、昔、王都の狙撃兵部隊に所属し、現役時代の命中率は99%超えという伝説の男だ。
「天弓さん。厳しかったよね」
「私、ちょっと怖かったな」
有紗と沙耶が前回のスパルタ指導を思い出し、顔を歪める。
「道場を前にビビっちゃったの?」
「そんなことないけど……ねえ、沙耶」
「うん。ビビってないよ。ただ、ちょっと怖いだけ」
「そ、そうなの。もう道場に入って良い?」
ビビってんじゃんと思いながら許可を求める純子。沙耶のことが心配になる。
「頑張って、新しいスキルを覚えようか」
「うん。私、頑張るよ。お姉ちゃん」
二人が道場の扉をくぐると、純子も後に続いた。
「おう、どこかで見た顔だな!」
低く、重く響く声とともに現れた肩幅の広い男は、道場師範・天弓。髪は短く刈られ、顎には無精髭。鋭い眼差しは、相変わらずだ。
「また来やがったってことは……少しは根性、据わったんだろうな?」
天弓は腕を組みながら、じろりと三人を見回す。まるで全身を一瞬でスキャンされているような感覚に、沙耶はぴしっと背筋を伸ばした。
「お久しぶりです、師範! 今回も、スキル習得のためにお願いしに来ました!」
純子が一歩前に出て、しっかりと頭を下げる。
「ふん。挨拶の声はまあまあだ。あとは実力次第だな」
天弓は短く返すと、有紗と沙耶にも鋭い視線を向けた。
「お前たちも、前に比べりゃ、いくらか矢の筋は通ってきたみてぇだが――」
その視線に圧されたのか、沙耶はごくりとつばを飲み込む。
「けどよ、世の中覚えただけじゃ通用しねぇ。命を賭ける現場じゃ、使いこなせてなんぼだ。いいか?」
三人はそろって頷いた。静かに、だが力強く。
「よし。ならば今日から、スキル習得コース実戦編だ」
天弓の言葉に、有紗の眉がぴくりと動く。
「じ、実戦……編……?」
「ああ。的に当てるのは卒業だ。今回は、動く標的に当ててもらう。しかも森の中でな」
天弓は口の端をわずかに吊り上げた。
「し、師範。それって、つまり――」
沙耶が不安そうに尋ねる。
「簡単に言えば、追いながら撃て。視認、狙撃、移動、すべてを同時にこなす訓練だ。真の遠距離戦士なら当然の技術だろう?」
天弓の眼光が鋭く光る。
「やってやろうじゃないの……!」
純子はにやりと笑みを浮かべ、腰の矢筒を握る。
「私も、精一杯頑張る」
有紗が穏やかに、だがしっかりと答えた。
「うん! 動く的なんかに負けないもん!」
沙耶も拳を握りしめて気合を入れる。
「よし。じゃあ今日は森で『鬼撃ち』だ。先に言っとくが、怪我しても泣くなよ」
天弓は豪快に笑いながら、道場の裏手に広がる森へと指を向けた。
三人は顔を見合わせ、そして同時にうなずいた。
強くなるために、怖さを乗り越え、歩き出す。
この訓練が、後の戦いで勝利の矢を放つ糧になる――そんな予感が、胸の奥で静かに芽生えていた。
森の中は、薄曇りの空の下、静かに葉擦れの音を響かせていた。鳥の声すらまばらな早朝、地を踏みしめる音と、矢をつがえる乾いた音だけが響いている。
「的は、こちらの魔導機で動かす。飛ぶ、跳ねる、隠れる――そして、時に反撃もする」
天弓が腕を組み、茂みの奥に設置された木製の装置を起動する。すると、魔力のこもった光が走り、複数の的が不規則に動き出した。
「うわっ、はやっ……!」
沙耶の目が追いつかず、慌てて矢をつがえるが、的はすでに木の陰に隠れている。
「――遅い!」
天弓の一喝が飛ぶ。
「動きを見てから撃つんじゃねえ。来ると感じて撃て!」
「感じて……って、そんな無茶な……!」
純子がつぶやくが、その手は止まらない。矢をつがえ、狙い、放つ。一本、外れ。二本目、かすめる。三本目――命中。
「よし!」
純子が小さくガッツポーズをとるが、
「満足すんな、連続で当てろ。外すってことは、殺せてないってことだ」
天弓の容赦ない言葉が続く。
一方、有紗は沈黙の中で呼吸を整えていた。目を閉じ、わずかに耳を澄ませる。木々を抜ける風、葉の揺れ、鳥の羽ばたき――その中に、不自然な動きがあった。
「……そこ」
有紗の矢が、茂みの奥に飛び込み、見事に一つの的を打ち抜いた。
「おっ、いいじゃねえか」
天弓の口元がわずかに緩む。
「音を頼ったか。悪くねぇ」
「ありがとうございます……でも、まだまだです」
有紗は真っ直ぐに次の矢を構える。呼吸を整え、再び森の気配に意識を集中させた。
「沙耶、もうちょっと落ち着いて。見えてるけど、手が先に動いてる」
純子が走りながら声をかける。
「うん、でもね、私、止まってると逆に焦っちゃうから、動いてたほうが――あっ、当たった!」
沙耶が走りながら放った矢が、木の上の的を撃ち抜いた。
「そのまま動きながら撃て! お前の長所は勢いだ。止まるな、迷うな!」
天弓が吼える。
三人は、それぞれのやり方で矢を放ち続けた。
純子は、正確な狙いで的確に急所を突く訓練に集中し、
有紗は周囲の気配を読むことで見えない的に対処し、
沙耶は動きながらの狙撃という、難度の高いスタイルに挑戦していた。
汗が額を伝い、腕が重くなる。だが、誰も弱音を吐かない。
矢の数が減り始めたころ、天弓が手を挙げた。
「今日はここまで。矢が尽きたってことは、お前らの集中力も尽きかけてるってこった」
ようやく、三人は弓を下ろす。
「はあ……疲れたぁぁ」
沙耶が地面にへたりこむ。
「でも……悪くなかった。三人とも、前よりずっと当てられるようになってる」
有紗が静かに笑った。
「ふん、当然でしょ。私たちが、誰の弟子だと思ってるのよ」
純子はそう言って笑いながら、師範の天弓に目を向けた。
「ふっ……生意気なくらいが丁度いい」
天弓の無骨な顔が、ほんのわずかにほころんだ。
「明日も、同じ時間に来い。次は風の中で撃ってもらう」
「風……?」
三人が同時に聞き返すが、天弓はそれ以上語らず、道場のほうへと去っていった。
その背中を見送る三人の胸に、確かな自信と、明日への挑戦の意思が静かに灯った。
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