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しおりを挟むギルド本部の依頼掲示板。その前に集まった五人の若き冒険者たちは、真新しい紙に記された文字を見つめていた。
「……南部の湿原で、高魔力反応。原因不明、調査必須」
読み上げたのは有紗。その声音は落ち着いていたが、眉はわずかにひそめられていた。
「この地域、過去にいくつか探索隊が入ってるけど、いずれも霧に阻まれて引き返してるって記録があるわ」
「それだけじゃねぇ。魔導院の観測記録もある。ここ最近、魔力の濃度が不規則に跳ね上がってるらしい」
明が依頼書の下部、付記された報告書の一部を指さす。紙には小さく震えるような文字で「生態異常・魔獣の進化傾向アリ」と記されていた。
「進化って……なんか怖い言い方だなぁ……」
沙耶が苦笑しながら一歩下がると、すかさず純子がその肩を小突いた。
「ビビってんの? Aランクになったんだし、そろそろ“大仕事”に挑もうと思ってたとこでしょ」
「わ、わかってるよー。でも、霧とか雷とか、あたし苦手なんだもん……」
そのやり取りをよそに、卓郎はじっと地図を睨んでいた。
「ここだな……《フロルヘイム湿原》。王都から南南西、およそ二日」
「行くつもりか?」
明が振り返る。卓郎はこくりと頷いた。
「Aランク昇格後、初の依頼だ。しかも、魔導院が動いてるとなれば……ただのモンスター騒ぎじゃない」
純子の目が光る。
「また面倒なのに関わる予感しかしないけど」
「行こう、みんなで」
有紗が笑ってそう言ったときには、すでに沙耶も決意を固めていた。
「んー、しょうがない! 初任務、びしっと決めちゃおー!」
「決まりだな」
明が満足げに頷き、卓郎が締めくくる。
「〈フォーカス〉、Aランク任務。南の高魔力反応、調査開始」
そして五人は、霧深き南方の地へと向かった。
*
『ポータルシフト』を使って王都グランティアまで一気に飛び、そこから馬車で南南西に一日目、〈フォーカス〉の一行は南の村「リルベック」に宿を取っていた。
この村は《フロルヘイム湿原》の北端に位置しており、以前は狩猟や薬草採取でにぎわっていたという。しかし現在は――
「……人の気配、少ないね」
純子が口をひそめる。昼間だというのに、村には誰の姿も見えない。
「見て? あそこの家、窓が板で打ち付けられてる……」
沙耶が震える指で指した家の扉は、内側から何重にも木材で封じられていた。
「村長宅、あそこね」
有紗が地図を確認すると、卓郎が扉をノックする。
「……旅の者です。湿原調査の件で話を聞きに来ました。ギルドの依頼で――」
カン。カンカン。
扉の内側から釘を打つような音が返ってきた。
数秒の沈黙の後、錠の開く音。そして戸が少しだけ開いた。
「……あんたたち、引き返しな。あの湿原はもう、“生きてる”。」
やつれた表情の老人。肌は土色にくすみ、目は血走っている。
「昨日、村の若いのが三人入った。探索隊の手伝いだと言って。……戻らねぇ。雷も……止まらん。昼でも稲光が走る。何かが……“目覚めた”んだ……」
「それを確かめるために、俺たちは来たんです」
卓郎の声は静かだが、強い。老人は黙り込み、しばらくしてからぽつりと呟いた。
「……せめて、雨具は持ってけ。濡れたら、戻れねぇぞ」
*
翌朝、夜明けと共に出発した〈フォーカス〉の一行は、濃霧に包まれた湿原の入口に立っていた。
「……見えねぇな」
明が眉をひそめる。視界は10メートルもない。風がなく、空気は重く湿っている。
「この霧、自然じゃない」
有紗がそっと周囲の気流を感じ取る。「魔力、濃すぎる……」
「わ、わっ……!」
沙耶が突然身を引いた。「なにか、地面が、動いた……?」
全員が即座に身構える。
ジュルッ……ジュババ……。
地の底から這い上がるような音。湿原の泥がうごめき、何かが――形を持って起き上がった。
「……魔獣、じゃないな」
卓郎の瞳が光る。完全見切り、発動。
泥の中から現れたのは、かつて人であったであろう影。皮膚の代わりに苔とヒルをまとい、眼窩には青白い光が揺れていた。
「変異体……! あれ、村の探索隊の……?」
純子の声に、沙耶が息をのむ。
「やっぱり、生きてるっていうのは――」
「――来るぞッ!!」
明の叫びとともに、“それ”が跳んだ。
変異体は泥を撒き散らしながら跳躍した。鋭くないが質量のある腕が、明の頭上へ――
「甘い!!」
明の剣が唸る。スキル《斬鉄》発動。
泥の腕が一閃で裂け、肉片の代わりにヒルと藻が飛び散った。
「ちょっ、なにこれキモッ!!」
沙耶が叫びながら距離を取り、すかさず《遠見》で周囲の敵影を確認する。
「卓郎! こっちに二体来るよ、三時の方向!」
「了解。純子、有紗、後方を任せる!」
「任せなさい!!」
「いっくよーっ!」
純子と沙耶が弓を構える。有紗が矢に小瓶から液体を垂らし――
「《炎の矢・薬効爆》!」
ドン、と炸裂音。一本の矢が霧を切り裂いて命中し、燃え広がる炎が変異体の体を包む。
「……燃えるには燃えるけど、あまり効いてない? 粘液で再生してる……?」
「雷……あの稲妻の力、もしかして……」
卓郎の目が光る。
「明! あれの中心を斬ってくれ。俺が叩き込む!」
「よっしゃ、任せろっ!」
炎を纏う剣――《フレイムバスター》が振るわれ、変異体の身体に斬り込みが入る。
「いっけえええっ!!」
卓郎の剣が閃いた。
まるで重力を無視したかのような一撃が、中心部を破壊し、霧を吹き飛ばした。
変異体は、呻くような音を残して崩れ落ちる。
……静寂。
「ふう……終わった……?」
「これで“前哨戦”ってとこだろうな」
明が剣を下ろしながら、肩で息をする。
「……霧が少しだけ晴れた?」
有紗が小さく呟く。確かに、風が通り始めていた。
「卓郎……あれ……!」
沙耶が指さす先、霧の向こうに黒い影。木ではない。岩でもない。
――石造りの門。巨大な遺跡の入口だった。
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