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しおりを挟む福佐山都市から小一時間、岩肌の連なる丘の陰に、ぽっかりと開いた暗い入り口が見えていた。そこが《イバラ窟》――かつて盗賊団が根城にしていた、罠と迷路の人工ダンジョンだった。
「うわ……入口からしてもう怪しい」
沙耶が眉をひそめる。「ほら、ツタが垂れてるし、暗いし、出そうだよ?」
「出そうって、何が?」
明が剣を肩に担ぎながら、楽しげに振り返った。
「き、決まってるでしょ、亡霊とかゾンビとか、ヒィってなるやつ!」
沙耶は思わず卓郎の後ろに隠れる。
「気を引き締めて行くよ。純子、地図は?」
卓郎が確認すると、純子が手製の巻物を広げた。
「前に潜ったパーティの記録からざっくり構成は分かってる。分岐は三つ、でも途中から罠地帯になるから注意して」
「了解。俺、罠は見つけたらぶっ壊す方向で」
明が笑顔で拳を鳴らす。
「あんたバカ! 壊すと連動罠が発動する可能性があるんだから、やめてよね!」
純子がむっとして明をにらむ。
「それじゃ、私たち弓組は後衛から支援するね」
有紗がにこやかに言うと、
「うんっ、でも後ろすぎると突然背後から出る敵にやられるかも……ひええっ」
沙耶が震える。
「大丈夫、卓郎くんが何とかしてくれるでしょ?」
「急に丸投げか……でも、まあ、任せて」
卓郎は苦笑しつつ、剣を構えた。
*
ダンジョンの内部は、意外にも整備された石造りの回廊だった。湿気が少なく、苔むした壁のあちこちに古い松明の跡が残る。
「ここ、空気が重たいね……」
有紗が静かに呟く。
「たぶん、魔力がこもってるんだ。罠の気配もある」
卓郎が小声で応じた瞬間、
「……ちょっと待って。床、ここ、模様が違う」
純子が鋭く気付いて
「うわっ、ホントだ。なんかパネルっぽい」
沙耶が目を丸くする。
「踏むなよ、絶対踏むなよ」
明がニヤニヤしながら言った。
「そういうフリやめて! 誰かが本当にやるから!」
純子が怒鳴る。
卓郎は慎重に手袋をはめ、床の模様に短い棒を押し当てた。カチリ、という音とともに、壁の隙間から飛び出してきた矢が、空中を滑っていく。
「……試してよかった」
「うわー、あんなの刺さったら死ぬって!」
沙耶が青ざめて背筋をさする。
「こういう罠があるってことは、やっぱり人の手で作られてるね。盗賊団って、本当に住んでたのかな……」
有紗が言うと、
「住んでたっていうか、戦闘用じゃない?」
純子がメモ帳にささっと記録をつけながら言った。
「罠と罠の間隔、だいたい五メートル……パターンあるかも」
卓郎が壁を叩いて調べる。
「じゃ、俺はパターン無視して突破する係な!」
明がニヤリと笑った。
「ダメ―! 巻き込まれるから突っ込むの、禁止!」
純子が断固拒否した。
*
罠地帯を越えた先、回廊は広間に繋がっていた。天井が高く、ぼんやりとした光が魔法灯から漏れている。
「なんか……気配、強いな」
卓郎が立ち止まる。
「うん、来るよ」
有紗が頷く。
石の棺――それが広間の奥に置かれていた。突然、その蓋が軋むように動き、黒ずんだ鎧に身を包んだ存在がゆっくりと起き上がる。
「出たぁあああああ!」
沙耶が叫び声をあげた。
「……盗賊の亡霊。いや、アンデッド化した騎士?」
純子が眉をひそめる。
「剣を取った。敵意あり。行くぞ!」
卓郎が叫び、剣を構える。
「上等! さっきの罠地帯で貯まった鬱憤をぶつけてやる!」
明が紅蓮のミスリルブレードを握りしめる。
「沙耶、有紗、援護を!」
純子が矢をつがええながら指示する。
「いっくよー! 火の矢、発射ーっ!」
「……炎、お願い。燃やし尽くして」
沙耶と有紗の矢が、アンデッドの鎧に火を灯す。
「卓郎、援護する! 右から回り込む!」
明が吼えながら突進する。
アンデッド騎士――全身に錆びた鎧をまといながらも、その動きは驚くほど鋭い。目にあたる部分から、赤い瘴気のような光がにじんでいる。
「くるぞ! 一撃が重い、明、受けきれるか!?」
卓郎が声を張る。
「任せろ! オレの筋肉に抜かりなしっ!」
明は飛び込みざまに剣を交える。ギン、と甲高い音が広間に響いた。
「重っ! 剣ごしに腕が痺れる……けど、燃やすチャンスだ! 《フレイムバスター》ッ!!」
明の剣が赤く燃え上がる。火の剣がアンデッド騎士の胴体にめり込んだ――だが。
「……効いてねぇ!? 燃えてるのに!? なんで!?」
焦る明に、純子が叫ぶ。
「その鎧、呪詛で強化されてる! 炎だけじゃ焼ききれない!」
「じゃあ、何すればいいのよ!?」
沙耶が叫ぶ。
「急所を射る! 首の隙間、そこだけは防御が甘い!」
純子が叫び、有紗と沙耶が矢をつがえる。
「了解!」
「がんばれ火の矢ー!」
二本の炎の矢が、明の後ろを抜けて疾走し――
ズンッ!!
一本が鎧の首元に突き刺さり、赤い瘴気が一瞬バチリと弾ける。
「今のだ……効いた! 弱点はそこだ!」
俺は声を上げた。
「じゃあ、オレが頭を振らせる! 動きが単調だから、パターン崩すぞッ!」
明が踏み込み、正面から突進。
「卓郎、今!」
明の合図とともに、俺は剣を構えて跳ぶ。
「た――ッ!!」
強化された一閃が、アンデッド騎士の兜ごと頭部を断ち割った。
バシュッ!
瘴気が噴き出し、鎧がガラガラと崩れ落ちる。
「……終わった?」
沙耶がそっと覗き込む。
「終わったな。やっぱり連携だよ、連携!」
卓郎が汗を拭いながら振り返った。
「うぉぉ……腕、ヤバ……燃えるってこういうことか……」
明が手首を振りながらも満足そうに笑う。
「ちょっと、無理しすぎ。ほんっと、危なっかしいんだから」
純子が険しい顔で明を睨む。
「けどまあ、勝ったからいいじゃん!」
沙耶が小躍りする。
「沙耶、気を抜かない。まだダンジョンの途中だよ」
有紗がやんわりとたしなめた。
「でも、これで《イバラ窟》の中ボスは突破したんじゃない? ……最初にしては上出来だわ」
純子が腕を組んで頷く。
「うん。罠にも対処できたし、連携もできた。次はもう少し奥まで行けるかも」
卓郎が全体を見回す。
「でも、ここまでくれば、何かあってもいい気もするけど……お宝は、あったの?」
沙耶がうきうきしながら周囲を見渡すと、
「あったよ。あの棺の裏、古びた宝箱がある」
純子が指差す。
「よし、開けてみるか」
卓郎が慎重に蓋を開くと――
「……おおっ! これは……!」
中には、古びた革袋と小さな銀の指輪、そして一冊の薄い手帳のようなものが収まっていた。
「お金かと思ったけど、資料っぽいね」
有紗が覗き込む。
「うん、この手帳……たぶん、このダンジョンにいた盗賊団のリーダーの記録だ」
卓郎が手に取って表紙をめくる。
「おっ、なんかワクワクしてきた! もしかして隠し通路とか、奥の階層のヒントとかあるんじゃね!?」
明がにやりとする。
「記録の解読はあとにしよう。今日はここで飯を食って、テント張って野営の準備をしよう」
卓郎の判断に、全員が頷いた。
「ふふっ、案外、ダンジョン探索って楽しいかも」
有紗が微笑むと、
「こ、こわかったけど……なんか、癖になりそう……」
沙耶がポツリと呟いた。
「そのうち、亡霊より沙耶の悲鳴のほうがうるさいって言われるぞ」
明がからかうように言うと、
「も~~! 明は夕食ぬきだからね!」
沙耶が怒りながら明を追いかける。
そんな賑やかな笑い声が、冷たい石のダンジョンに、ほんの少しだけ温もりを残して響いていた。
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