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しおりを挟む螺旋階段を下りきった先に広がっていたのは、まるで王の間のような荘厳な空間だった。
漆黒の石で組まれた壁に、赤く揺らめく燭台の炎が照り返り、光と影が入り混じって揺れている。天井は高く、巨大なドームのように空間全体を包み込み、その中心――玉座のような岩塊の上に、ひときわ異質な存在が鎮座していた。
それは、獣であり、王であり、災厄だった。
黄金と黒の毛皮に覆われた巨体。
獅子に似た顔に、巨大な双角がねじれながら伸び、瞳は深紅に輝いていた。
四肢の爪は大剣のように鋭く、背には黒鉄の如き翼が畳まれている。
そして、その全身から発せられる魔力と瘴気が空間全体を圧倒していた。
〈獣の王〉アグナ・ベリオーンは、静かに瞳を開く。
「……来たか。人の子よ……ついに、この扉を開いたか」
その声は、低く響きながらも、知性と威厳に満ちていた。
もはや単なる魔獣ではない。言葉を持ち、誇りを持ち、この場所に座す意味を知る者の声だった。
「……強そう」
沙耶が小さく息を呑む。
「本能が叫んでる……逃げろって」
有紗が手のひらを震わせながら、弓を構える。
「……逃げないよ。ここで逃げたら、あたし……もう矢を引けなくなる」
純子の声は震えていなかった。むしろ凛としていた。
「行くか?」
明がいつも通りの笑みを浮かべて、卓郎を見た。
俺は一瞬だけ目を閉じて――仲間たちの顔を順に見る。
「……行こう。こいつを倒して、ダンジョン攻略完了だ」
全員が頷いた。
そして、王が立ち上がる。
「ならば――〈獣の王〉アグナ・ベリオーンの名において、審判を下そう」
地響きとともに翼を広げ、〈獣の王〉が咆哮を放つ。
重低音が空間全体を打ち、黒い瘴気が奔流となって押し寄せる。
「来るぞ、全員、耐えろッ!」
卓郎が〈ヒール〉と〈サンクチュアリ〉を同時に展開する。
黒い瘴気と光の浄化で戦端が開かれる。フィールド支配の鬩ぎ合い。バフ、デバフの影響次第で力関係が大きく変わる。
だが、ベリオーンの攻撃は凶悪だった。
一振りの爪で大地が裂け、咆哮一つで空気が焼け、翼の一撃で石柱が吹き飛ぶ。瘴気フィールドが押し寄せる。
「純子、左脚を狙え!」
「了解っ、〈貫通矢〉!」
矢が一直線に獣王の脚を射抜くが、肉厚な毛皮と魔力障壁に阻まれ、深くは通らない。
「硬い……っ、でも、効いてないわけじゃない!」
「なら、こっちで装甲剥がすっきゃねぇな!」
紅蓮の炎が軌跡を描き、空を裂く。
明が〈紅蓮のミスリルブレード〉を掲げ、雄叫びと共に跳んだ。
「〈フレイムバスター〉ッ!!」
剣が振り下ろされる刹那、轟くような爆炎が放たれた。
炎の斬撃が獣王〈アグナ・ベリオーン〉の黒翼を貫き、蒼炎が羽根を焼き焦がす。
裂けた肉が弾け、白銀の鎧のような鱗が砕け飛び、ついに王の巨体に“初めて”の傷が刻まれた。
だが――その喜びは、一瞬だった。
「……ぐうゥゥ……」
アグナが低く唸ると、その傷口に黒煙のような瘴気が渦巻き始めた。
みるみるうちに傷は閉じ、肉が再生し、焦げた翼が再び広がる。
「再生能力……!」
有紗が息を呑む。
「そんなの関係ない! 撃ち続けるしかねぇだろッ!!」
明が叫ぶと同時に、俺が魔法を発動する。
「〈ロックランス〉ッ!!」
大地が軋み、地面から巨大な岩の槍が突き上がる!
黒曜石の床を突き破り、まるで獣王を串刺しにしようと伸びるが――
「グオオォォ!!」
アグナが咆哮し、右手の鉤爪を振るった。
岩槍は容易く砕け散り、粉塵と共に霧散する。
「〈貫通矢〉!」
沙耶が精密な狙撃で左眼を狙い撃ち!
「〈一矢両断〉ッ!!」
続いて有紗が右肩を射抜くように矢を放つ!
二本の矢が空を裂き、一直線に獣王を挟撃する!
――が。
「ぬるいわぁァァ!!」
獣王が両翼を大きく振ると、空気が刃となって走り、矢を弾き飛ばした。
直後、足場が砕けるほどの衝撃波が彼らを襲う。
「下がれッ! 俺が行くッ!!」
明が地を蹴る。炎が脚元を爆ぜ、跳躍と同時に剣を大きく薙ぐ!
「〈断空輪〉――ッ!!」
炎を帯びた剣閃が回転しながら空間を斬り裂き、斬撃が風の刃となって飛翔する。
正面から突き進む、必殺の一撃!
――だが、アグナは笑っていた。
「小賢しい……!」
片腕を前に突き出し、瘴気の障壁が生成される。
断空輪はそれに激突し、炸裂。黒煙と火花が炸裂し、視界が埋まる。
「今だ、卓郎!!」
明の声に呼応するように、俺は叫んだ。
「〈サンダーボルト〉ッ!!」
雷鳴が轟き、天井から光の槍が降り注ぐ。
それはまっすぐ、獣王の胸を狙って――落ちた。
直撃。閃光。轟音。
雷鳴が咆哮し、閃光が爆ぜる。
しかし――その中心にいたはずの〈獣の王〉は、びくともせず。
雷光を浴びながらも、アグナ・ベリオーンは微動だにせず、
その口元に、嘲るような――いや、王たる余裕の笑みを浮かべていた。
「……愚かな。まだ、足りぬ……この王を屠るにはな……!」
彼の胸から滲み出る瘴気が、再び黒く蠢き、煙のように体表を覆っていく。
焼けた鱗が再生し、裂けた翼が再び広がる――まるで悪夢が巻き戻されるかのように。
俺の拳が震えた。
(ちくしょう……! あれだけの魔法を耐えるなんて……!)
「……あの瘴気が、邪魔だな」
ぽつりとつぶやく。
「――〈ホーリーレイン〉!!」
両手を天に掲げる。足元から聖なる光が噴き上がった。
瞬間、上空がまばゆく輝き、天蓋のように光が満ちる。
降り注ぐのは、まばゆき癒しの光。
無数の小さな光弾が、まるで雨のように地上を打つ――それはただの回復魔法ではない。
黒い瘴気に触れるたびに、光は蒸気のように弾け、瘴気を“焼き尽くして”いった。
サンクチュアリの聖域がじわじわと広がっていく。
「っしゃあ! 回復したぜ!」
明が両腕を振って、勢いよく炎を立ち上げる。
「恵みの雨だな、ありがたく使わせてもらう!」
「しきりなおしよ!」
純子が矢をつがえ、きらりと狙いを定める。
「いくわよーっ!」
沙耶が軽やかに駆けながら高台へ跳び移る。
戦場に再び光が戻った。
重く支配していた瘴気が後退し、地面には希望の色が差す。
――そして、俺は全力で倒しにかかる。
両手に力を込める。体の奥に宿る魔力が暴れ出す。
「〈カタストロフブレイズ〉!!」
空間が軋む。圧縮された魔力が熱へと変わり、俺の眼前に巨大な火球が出現する。
――灼熱。いや、それは終焉の太陽だ。
直径十メートルを超える火球がごうっ、と低く唸りながら浮かび上がる。
地面の石が焼け、周囲の空気が波打つ。仲間たちすら後ずさるほどの熱量。
「喰らえ――アグナ・ベリオーンッ!!」
俺はそれを、王の真上へ叩きつけた。
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