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しおりを挟む――そして最後に、舞台の幕が再び開いた。
『最後の一品をご紹介いたします。〈獣王の毛皮〉。王都南方、深森に棲む伝説の魔獣『雷獣エルガトゥル』の皮と判明しております』
毛皮は濃密な黒と金を帯びた縞模様を持ち、光にあたると稲光のような煌めきを放つ。
舞台の上に置かれただけで、空気がわずかに震えた。残留魔力の強さが、観客にも伝わるほどだった。
「う……雷が、毛皮から逃げてる……?」
「これ、鎧の裏地に使えば……雷系魔法完全無効か!?」
「違う。これは魔獣との交信を可能にする……!」
錬金術師たちが息を呑み、貴族たちも色めき立つ。狩猟団長、宮廷仕立て職人、研究機関――あらゆる分野の者たちが、この一品に殺到した。
「二億!」
「三億五千万!」
「五億二千万!」
声が重なるたび、会場の空気が振動するようだった。もはや単なるオークションではない。誇りと威信と、未来の技術がぶつかり合っていた。
「十億!」
ついに、二階席から叫ぶような声が上がる。誰もが振り向く。そこに立っていたのは――王家の第二王子だった。
『十億ゴルド――ほかにご入札はございませんか? ――十億、落札!』
雷鳴のような拍手。誰かが歓声を上げる。
場の空気は最高潮に達していた。
〈獣王の毛皮〉が最後に競り落とされ、場内の熱気が一段落する。
それと同時に、卓郎たちは静かに席を立った。今回の合計落札額は前回に近い二千十六億ゴルド。二千億ゴルドを超えていたが、もう誰も驚く様子はなかった。
「ふう……まあ、こんなもんか」
明がひと息つきながら肩を回す。
沙耶も「前よりちょっとだけ高かった?」とにこやかに言い、有紗と純子も笑顔で頷いていた。
彼らにとって、これはすでに“非日常”ではない。慣れた動作で席を後にし、ギルドと連携した特別会計ルームへと向かう。
部屋に入ってすぐ、応接テーブルの向こうからにこやかに立ち上がったのは、前回と同じ服装の銀縁眼鏡の銀行員だった。
柔らかい物腰に、卓郎たちも自然に笑顔を返す。
「このたびも、誠におめでとうございます。王都中央銀行にて担当いたします、ラヴィス・セリオンです。お変わりありませんか?」
「ラヴィスさんか。前回と同じでいいよ」
卓郎が言うと、ラヴィスはすぐに手帳を開き、手早く確認を始めた。
「かしこまりました。では、各自お一人あたり約四百三億二千万ゴルド、前回と同様に定期預金口座に分割お預けいたしますね。収益利率は前回と同様、王国保証の三分利。保険、盗難保障付きです。死亡時の受け取り人は『フォーカス』のメンバーになっております」
「助かるわ。……現金で持ち歩いてたら、さすがに襲われそうで落ち着かないもの」
純子が呆れ気味に言うと、ラヴィスが朗らかに笑った。
「現実的ではありませんね。こういったお金は、“持っている”より“動かす”ことの方が大切です。皆さまは今回も、未来の準備を抜かりなく進めておられる。素晴らしいご判断です」
書類へのサインと魔導印の押印も慣れたもので、一人ひとりが手際よく処理していく。
沙耶などはペンをくるりと回しながら、余裕の笑みを浮かべていた。
「これでまた、しばらくは安心して動けるね~」
「というか、もう働かなくても安心しかない額だけどな……」
明がぽつりと言い、卓郎が肩をすくめる。
「油断する気はないけど、今は、必要なときに、必要なことができる備えがほしいだけだね」
書類の処理がすべて終わると、ラヴィスが最後に一礼した。
「では、お振込みは明朝までに完了いたします」
「ありがと。じゃ、またしばらくしたら」
「ええ、次回もお待ちしております」
ラヴィスが見送るなか、卓郎たちは銀行の部屋を出て通路に戻る。
軽い会話を交わしながら、まるで朝食後の散歩のような空気だった。
戦って稼いで、預けて備える――
それが今の自分たちにとって、ごく自然な流れになっていた。
預金処理を終えた一行は、そのまま西棟のラウンジへと足を運んだ。
石造りの広間には深いソファと低めのテーブルが並び、壁際には小さな噴水と観葉植物。静かな水音と香草の香りが漂う落ち着いた空間だ。
「ふう……緊張したよ~!」
沙耶がソファに身を沈めると、全身から力が抜けたようにふにゃっとなる。有紗がその隣に腰掛け、妹の髪を整えるように優しく撫でた。
「興奮してたのね、沙耶。肩、固かったわよ?」
「うぅ……オークションの時は、なんか落ち着かなくて……」
一方で、明はテーブルにどかっと肘をつきながら、冷えたライム水のグラスをぐいっと傾けた。
「くぅー! この一杯のために生きてるって感じだな。なあ?」
「お前の人生、だいぶ安いな……」
卓郎は苦笑しながら、彼の隣に腰を下ろす。軽い炙り肉の盛り合わせと、チーズの乗ったパンを注文し、空腹を満たす準備に入る。
純子はというと、少し離れたソファに背筋を伸ばして座り、ホットハーブティーのカップを両手で包んでいた。瞳は静かに窓の外――夕暮れに染まりゆく王都の街並みに向けられている。
「……こんなふうに、のんびりできる時間って、やっぱり大事ね」
「戦いばっかだと、心も摩耗するからな」
卓郎が言うと、純子は軽く目を細めた。
炎の矢を放ち続ける緊迫した戦場でも、彼女はブレない。だが今、その指先は温かなカップに触れ、少しだけ安らぎの色を帯びていた。
数分後、食事が運ばれ、皆で囲んでテーブルを囲む。香ばしいパンの香りと肉の焼ける音に、沙耶が「お腹鳴りそう……」とつぶやいて笑いが起きる。
「次の仕事まで、ちょっとはゆっくりしよっか。ね、卓郎くん」
有紗の穏やかな声に、卓郎は「そうだね」と短く答えた。
次の仕事、三つ目のダンジョン《ウツロ森の裂け目》の攻略ーー弓組には言っていないが、それが済んだら明は冒険者をやめて『フォーカス』を去るかもしれない。プロポーズの結果次第では純子も冒険者をやめるかも。
……3人でもなんとかなるかなあ?
そんなことを考えながら、俺は冷えたライム水をごくりと一口。
遠く、窓の向こうには夕日が落ち始め、その赤みを帯びた光は、どこか世界のざわめきを遠ざけ、ラウンジの空間だけがやさしく切り取られたようだった。
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