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しおりを挟む朝霧の名残がまだ漂う《ウツロ森》の奥地。樹高三十メートルを越す巨木が陽の光を遮り、道なき道が獣の気配にざわついていた。
「ここ、本当に森か? 迷宮じゃなくて?」
明が枝を払いながら文句を言う。
「こっちのがよっぽどダンジョンっぽいね……足場悪っ!」
沙耶が根の張り出しに引っかかりそうになって、有紗がとっさに手を取る。
「気をつけて。湿ってて滑りやすいわ」
「ありがと、お姉ちゃん……って、あっ、あれ見て!」
沙耶が指差した先、木々の影から、甲冑のような殻を纏った獣――《鎧角獣(ライノバック)》が現れた。鼻息荒く、土を掘るように前脚をかき鳴らしている。
「こいつ、突っ込んでくるタイプだな!」
明が構えると同時に、獣が突進してきた。ドォンッという地響きとともに、苔むした地面が揺れる。
「おそい!」
俺が横合いから斬りかかり、衝撃で突進の軌道を逸らす。明がその隙に〈フレイムバスター〉を発動。
「燃えろっ!!」
炎に包まれた一閃が、獣の首筋を裂いた。だが、鎧角獣は倒れず、なおも荒ぶる咆哮を上げる。
「硬いな、これ……!」
「じゃあ、柔らかいとこ狙うよ! 〈炎の矢〉――!」
純子の矢が獣の口腔を貫き、内側から炸裂するように炎が噴き出す。のけぞった獣がその場で崩れた。
「やるじゃん、純子!」
沙耶が笑顔で声をかけるが、純子は表情を変えず矢をつがえたまま。
「まだ油断しないで。気配、奥にもう一体」
「了解っ」
皆が視線を向けた先に、黒い体毛の《影牙狼(シャドウファング)》が音もなく姿を現した。
不意に、有紗が前に出て、銀色の薬瓶を矢に塗布する。
「〈薬剤錬成〉……幻惑の毒、よ」
「頼んだ、有紗!」
今度は沙耶と二人同時に矢を放つ。狼の動きが一瞬止まり、その隙に俺は跳び込んだ。
「あまい!」
敵の牙を躱し、斬り上げる。続けて明の〈斬鉄〉が尾を断ち、狼は木の根元に倒れ込んだ。
「ふう……深い森だな、ここ。まるで誘われてるみたいだ」
明が息をつきながら、森の奥を見やる。
「確かに、進めば進むほど音が減ってく……鳥の声すらしない」
純子がぽつりとつぶやくと、有紗が小さく頷いた。
「瘴気……いえ、違う」
やがて、木々が不自然に開けた一角へとたどり着く。そこにはぽっかりと、巨大な地割れが口を開けていた。幅は二十メートル、深さは底が見えず、まるで森そのものが裂かれたような異様な光景だった。
「これが……《ウツロ森の裂け目》……!」
明が呆然とつぶやく。風もないのに、足元から冷たい気流が這い上がってくる。
「見つけたはいいけど……これ、降りるのか?」
「降りるしかないでしょ。調査任務なんだから」
純子があっさりと言う。
「どうやって? ロープ?」
沙耶が疑問を口にする。
「いや……ほら、あそこ」
俺が指さした先、裂け目の内側に、苔むした古代石の階段のようなものが見える。
「……人工の構造?」
誰かの言葉に、沈黙が落ちる。
「――行こう。あの階段で降りられるんじゃない?」
俺の言葉に、一同が頷いた。
かすかに震える大地の鼓動と、地下から響くかすかな獣の唸り声を背にして、俺たちは静かに、裂け目へと足を踏み入れた。
《ウツロ森の裂け目》の石階段を降りる。湿り気と鉄錆びのような匂い。光も風も届かない、地の底の沈黙が肌にまとわりつく。
「……これ、洞窟っていうより、神殿跡じゃない?」
有紗がぽつりとつぶやいた。壁には苔に埋もれかけたレリーフが浮かび、足元には幾何学模様の刻まれた石畳が広がっている。
「誰が、なんのために……」
沙耶が石柱に触れようとした瞬間――
「待って! 罠かも」
純子が矢を半引きで構えたまま、足元の紋様を見つめる。
すると突然、天井に溶け込んでいた何かが、音もなく降りてきた。粘性のある黒い霧と共に、四肢のない影が浮かび上がる。輪郭が揺らぎ、眼だけが赤く光る。
「幻獣……〈ウツロの影獣〉!」
明が叫んだ瞬間、それは溶けるように周囲へ分裂した。
「数が増えた!? 幻影か!」
「本物も混ざってる……」
俺が剣を構えながら言うと、有紗がすぐに矢を一本、影の一体に放つ。空を切った――偽物だ。
「見切るしかないか……」
一瞬、視界の中で本物だけが微かに輪郭を歪めた。俺は即座に跳びかかる。
「そこだっ!」
剣が影を裂くと、霧が爆ぜて吹き飛んだ。次の瞬間、後ろからもう一体が襲いかかるが――
「燃え尽きろ、〈フレイムバスター〉!!」
明の炎剣が薙ぎ払い、幻影ごと本体を焼き払った。
「こっちも撃つ! 〈炎の矢〉――っ!」
純子と沙耶、有紗の連携が光る。幻獣の逃走ルートを塞ぐように炎の矢が飛び交い、最後の一体も逃げ場を失って姿をさらす。
「今だ、卓郎!」
「了解ッ!」
渾身の一撃が影獣を貫き、断末魔のような霧が霧散した。
「なあ……気づいたか? この床、戦ってる間に……」
明が指差した先、石畳が僅かに沈み、中央に穴のような通路が開いていた。
「……これ、階層が切り替わった……? それとも、誘導されてる?」
純子が低く呟き、矢をつがえたまま周囲に視線を巡らせる。
「さっきの影獣も、何かを守ってたというより……案内してたみたいな動きだった」
有紗の言葉に、全員が沈黙する。
「――下、行ってみる?」
沙耶が笑顔を作るが、声は僅かに震えていた。
「……行こう」
俺の声に、皆が静かに頷いた。
こうして、俺たちはさらに深く、未知の領域――《ウツロ森の裂け目・第二層》へと足を踏み入れた。
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