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しおりを挟む第五階層、ミリアの救出から一晩が過ぎた。
俺たちは〈記録の主〉の残骸が消えたあの広間で、眠るように横たわるミリアを囲むようにして休んでいた。誰もが疲労していたが、眠りは浅かった。目に見えない“何か”が、今なおこの空間に漂っている。
「……気づいてると思うけどさ」
明が口を開く。
「まだ、何かあるよな。この迷宮」
誰も反論しない。
ミリアが目を覚ますと同時に、床の中心にあった魔法陣が再び光を放った。今度は侵食でも暴走でもない。何かが、正しく作動しようとしていた。
「これ……扉?」
有紗が囁いた。
広間の奥。かつて光すら届かなかった黒い壁が、静かに捻れるように形を変える。そして現れたのは、巨大な螺旋の通路。五重螺旋の中枢――〈継承の中核層〉だ。
螺旋構造の内部は、まるで異なる文明の断面を覗いているようだった。
ひとつの階層は透明な金属と数式で構成され、別の階層は生体構造そのものが建材になっていた。文字ではなく、記憶そのものが壁に焼き付いている部屋すらある。
「これは……過去じゃない。未来すら取り込んだ、可能性の記録……?」
純子が呆然と呟いた。
歩くたびに記憶の断片が接触してくる。戦争、儀式、裏切り、そして継承の儀。何かが、この文明を維持しようとしながら、崩壊させていた。
突如、空間が反転するように歪む。全員が気づいた――この階層には、何者かが潜んでいる。
「やっと来たんだね、『後続者(レイト・ヘリター)』たち」
その声は、記憶の奥から這い出てきたようだった。
現れたのは一人の少年。年は俺たちと同じくらい。だが、その眼には一切の人間らしさがなかった。
「僕の名はシオン。旧文明最後の継承者にして、再起動者(リブート)だよ」
彼は語る。五重螺旋はただの迷宮ではない。この世界の文明サイクルを管理し、次の文明の『人類の形』を選別する装置なのだと。
「君たちは、記録の外側から来た異端。過去の記録と矛盾する。だから排除するよ」
シオンが手をかざすと、空間に無数の『仮面の記録獣』が生まれる。それは倒しても倒しても、記憶の改ざんにより蘇る。
「倒せない……!」
沙耶が息を切らす。敵はただの幻ではなく、記録構造に支配された存在。倒すには、記録そのものを上書きする必要がある。
「俺の覚えられるスキルで、干渉できる魔法はないのか……?」
百点カードを起動し俺は記録そのものを上書きする手段をさがした。だが、みつからない。
そのとき――ミリアが、静かに立ち上がった。
「私が、鍵……なの。私の記憶が……彼と繋がってる」
ミリアは言う。彼女は〈記録の主〉によって、過去と未来の文明交差点に記録された存在。ゆえに、アクセス権限を持つ唯一の存在。
「継承とは、ただ受け取ることじゃない……選び取ること……!」
ミリアの力によって、記録構造が一瞬光を放ち、一部が解放される。
『仮面の記録獣』に名前と意味を与え直し、敵としての存在を無効化していく。だが――
「甘いな」
シオンが本気を出す。今度は〈継承者の試練〉と呼ばれる、人格崩壊型の心理戦を仕掛けてくる。
空間が割れる音がした。
黒い床が崩れ、俺たちの意識が吸い込まれるように落下していく――。
落下ではない。これは精神を〈切り離された空間〉に導く演出だ。目覚めると、俺は一人、何もない白の世界にいた。
「よう、卓郎」
声がした。見覚えのない、だがなぜか俺自身だと理解できる存在が、目の前に立っていた。
目の前の俺が剣を抜く。俺も、気づけば手に自分のミスリルソードを握っていた。
――自分自身との戦い。
それは技の応酬ではなかった。一撃ごとに、自分の過去が露わになる。
自信のなさ、他人への依存、知らず積み重ねた選択の回避。
それでも俺は剣を振るう。
「それでも――守りたいものがある。支えられてきたから、今度は俺が支えたいんだ!」
最後の一閃。剣が白い空間を裂いた瞬間、俺は微笑みながら霧散した。
意識が戻ると、そこにはミリア、明、純子、有紗、沙耶の姿。
彼女たちもそれぞれ、自身の試練に挑み、克服したようだった。全員がどこかで変わっていた。迷いが抜け、瞳の奥に決意が灯っている。
だが――その空間の中心に、ただ一人、敗北しなかった存在がいた。
「へえ、全員帰ってきたんだ。じゃあ、次は最終フェーズだね」
シオンが微笑む。
彼の背後には、巨大な機構――〈継承端末:アーカイブ・コア〉が立ち上がる。
「君たちが文明を継ぐに足るかどうか、これが最後の審査だよ」
アーカイブ・コアは、過去の文明から選ばれた英雄記録を召喚する。すべての文明における最強の模倣体との連続戦闘だ。
【第一記録体】〈重奏武神オルディア〉:斬撃に音を纏わせる剣術の巨人
【第二記録体】〈解析使徒フェノメナ〉:空間魔法を操る無機の魔女
【第三記録体】〈大火翼獣ラグノス〉:灼熱のドラゴンに似た異文明兵器
「一つでも敗北すれば、文明の選別権は君たちには与えられない。シンプルだろ?」
巨大な機構が動き出す轟音とともに、空間が振動した。
地面に音符のような刻印が浮かび上がる。その中央から――それは姿を現した。
――【第一記録体】〈重奏武神オルディア〉。
金属の鎧に包まれた巨体。背には弦のようなものが張られ、腕には大剣と小太刀を携えた双剣武装。顔はない。ただ、胸部に音叉状の核が揺れていた。
「こいつ……剣士なのか?」
明が剣を構えたが、オルディアはまるで聞いていないように、ゆっくりと構えを取る。
カァン……。
大剣の柄尻が地を打った瞬間、空間が震えた。
「振動音……!? この空間自体を、共鳴させてる……!」
俺の言葉が終わるより早く、オルディアが音を纏った一撃を放つ。
――斬撃の軌道が音の遅延で分身のように残り、時間差で襲いかかってくる。
「クソッ、見切ったと思ったのに!」
明が後退しながら叫ぶ。
オルディアの剣撃は単なる斬撃じゃない。時間と振動を操作して、すべての反応を後手に回す。
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