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しおりを挟む王都の中央神域――《聖印庁》の本部は、白亜の石造りの尖塔群が連なり、神の恩寵を象徴する巨大な聖紋が上空に浮かぶ聖域である。その最奥、七枚の記章が壁に掲げられた円卓の間《聖議堂》にて、勇者パーティと調査団一行は膝を揃えていた。
七名の高位神官と、神聖騎士団長・ヴェルディナスが揃うこの会議体は「七印会議」と呼ばれ、宗教と政治、魔法と軍事を束ねる、王都における最高権威である。
「……このたびの〈黒刺狼〉の王が現れた瘴気地帯と、古代神殿の封印跡地の調査について、報告を求める」
威厳ある声で口を開いたのは、長老神官《蒼印》のカリエル。年老いた外見とは裏腹に、魔力の気配はなお鋭く、すべてを見通すかのような眼光が卓郎たちに注がれる。
卓郎が前へ一歩進み出る。
「調査団代表、および戦闘部隊隊長代理、卓郎。今回の任務における主要事項を、報告いたします」
彼の声は落ち着いていた。その背後には、勇者・仁とそのパーティメンバー達、そして恵理那以下、記録調査団の面々が並ぶ。
卓郎は簡潔に、そして正確に語っていった。
――〈封印の地・ミオレス〉にあった、約百年前の〈封印結界〉について。
――災厄を従える者〈アルデバラン〉を倒したこと。
報告が終わると、一瞬の沈黙の後、厳かな拍手が堂内に響いた。
「……素晴らしい」
重厚な声で称賛を贈ったのは、神聖騎士団長ヴェルディナス。銀の鎧を身に纏い、燃えるような緋のマントを背に翻す彼は、立ち上がって卓郎たちを見下ろす形になった。
「勇者パーティ、ならびに調査団、および支援部隊の皆。諸君の奮闘により、王都と世界はひとつ、危機を免れた。聖印庁を代表し、心より感謝を述べよう」
彼の言葉に呼応するように、七印会議の神官たちが順に頭を垂れた。
そして――最後に、青銀のローブを纏ったひとりの女性が前へ出る。
「聖印庁上級記録官、ルステア・フィアネール。調査団代表として、私より改めて謝辞を申し上げます」
ルステアは、整った顔立ちに眼鏡をかけた、知的で静かな印象の女性だった。その手には、煌めく銀の記録石が握られている。
彼女は卓郎の前で、静かに頭を下げた。
「今回、あなた方が記録し、成し遂げた事績は、〈封印史〉の中でも特筆すべき出来事です。〈黒刺狼〉の王による瘴気支配、そして古代神殿の封印の構造――これらは、我々《聖印庁》が長年追い求めてきた『空白の世紀』の断片と直結している。あなたの行動がなければ、この真実は闇に埋もれたままでした」
そう述べたルステアは、卓郎に銀の記録石を手渡す。
「こちらは、現地で採取されたすべての記録と、調査団の見解をまとめた機密結晶です。……同時に、これは貴方の証でもあります。これを手にする者が、未来にどんな証言を残すか――それは貴方の選択に委ねられます」
卓郎は一礼して、それを両手で受け取った。
「ありがとうございます。……でも、これを残すのは俺だけじゃない。みんなの戦いが、記録されるべきです」
彼の言葉に、勇者・仁がわずかに目を細め、横に立つバルドが頷いた。恵理那は胸に手を当て、感無量といった面持ちを浮かべている。
ルステアはその様子を確かに見届けてから、口元に静かな笑みを浮かべる。
「……素晴らしい。まさに、記録に値する言葉です」
そう言って、ルステアは七印会議の方へ向き直り、改めて報告の終了を宣言した。
「以上をもって、〈黒刺狼〉事変および〈封印の地・ミオレス〉の古代封印遺跡調査の任務は、完了したと記録いたします。調査団、ならびに勇者パーティの各員は、後日改めて個別の聞き取りおよび聖印庁認定褒賞の授与を予定しています。詳細は別途、通達をもって伝えます」
その言葉とともに、聖議堂の天井に浮かぶ聖紋が淡く光り――
《神の承認》を示す、柔らかな祝福の光が円卓を包んだ。
儀式は、すべてが終わったことを告げていた。
《聖議堂》の儀式が終わると、場の緊張も少しずつ解け、円卓の間には控えめな談笑と挨拶の声が広がっていた。
「おつかれ、卓郎」
最初に声をかけてきたのは、勇者・仁だった。蒼の瞳がどこか柔らかく細められている。
「君がいたから、無事にここまで来られた。……本当に、ありがとう」
「俺こそ、みんなのおかげだよ」
そのやり取りに続いて、リディア バルド セリア キルシュと、勇者パーティの面々も順に労いの言葉をかけてくる。
最後に、恵理那が近づいてきた。知的な雰囲気はそのままに、どこか少し寂しげな微笑を浮かべている。
「……あなたと過ごした日々、私は一生、忘れません。記録者としても、人としても」
「ありがとう。俺も、同じ気持ちだよ」
言葉は簡潔だったが、その奥に込めた思いは確かだった。
短い別れの言葉を交わし、卓郎は聖議堂を後にした。
*
王都の南側、市街の喧騒から少し外れた〈銀の小路〉。
洒落たカフェのテラス席に、有紗と沙耶が並んで座っていた。
「――あっ、たっくん!」
先に気づいた沙耶が、元気に手を振る。
有紗も、微笑を浮かべて静かに立ち上がった。
「ようやく、会えたね。……お帰りなさい、卓郎くん」
その声に、胸の奥にあたたかいものが灯るのを感じた。
二人は変わらずそこにいて、変わらない笑顔で迎えてくれる。
「ただいま、って言っていいのかな」
卓郎はそう言いながらも、どこか照れくさそうに腰を下ろした。
テーブルには、紅茶と手作りのケーキが並んでいた。
「ねえねえ、これ、私が選んだんだよ! 王都の人気店の限定ケーキ!」
「でも、買ってきたのは私です」
「えーっ、有紗お姉ちゃん、そこ言わなくてよくない!?」
ふたりのじゃれ合いに、自然と卓郎の口元もほころんだ。
口に運んだケーキは甘く、紅茶は香り高く、
そこには確かに、平穏なひとときがあった。
――けれど。
夕陽が傾きかける頃、卓郎は立ち上がる。
椅子の音に、有紗と沙耶が小さく目を見開いた。
「もう行っちゃうの……?」
「うん。ちょっとだけ、自分の場所を探しに行こうと思ってるんだ」
「……王都じゃ、ダメなの?」
「ここも好きだよ。でも――静かなところが良いかな」
有紗が小さく息をのんだあと、そっと卓郎の手を取る。
その手は、やわらかく、そして少し震えていた。
「……気をつけてね。約束よ、無茶しないって」
「うん。約束する」
沙耶はむくれた顔をして、それでも明るく言った。
「ぜーったい、また来てね! お茶とケーキ、いっぱい用意して待ってるから!」
「もちろん。……絶対、また会いにくる」
そう言って卓郎は、夕焼け色に染まる王都の道を、ひとり、ゆっくりと歩き出す。 胸の中には確かな絆と、温かな記憶。それらを携えて、少年は安住の地を探す旅へと、再び踏み出していった。
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