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サイドストーリー『有紗と沙耶、王都スイーツ生活』
しおりを挟む王都《グランティア》――陽光きらめく午前の通りを、二人の少女が歩いていた。
石畳には涼しげな噴水のしぶきがかかり、カフェのテラスからは甘い香りが漂ってくる。
「ほら、有紗! 次の店、次の店っ!」
沙耶が地図を広げながら元気よく駆けだす。
有紗はその後ろを、苦笑しながら追いかけていた。
「ちょっと、まださっきのパンケーキが消化しきれてないんだけど……!」
「だーいじょぶ、王都の甘味は別腹理論だからっ!」
「どんな理論よそれ……」
笑いながら辿り着いたのは、王宮通り沿いの高級スイーツ店ティル・ネ・パール。
看板には金糸のような文字で、「本日限定・黄金のタルト&深蒼の紅茶」とある。
「……うわぁぁ、もう、勝ち確じゃん……!」
沙耶はほとんど泣きそうな目でショーケースを見つめ、店内へ突入していった。
有紗も、静かに席に腰を下ろす。
目の前に並べられたのは、輝くマンゴータルトと、濃紺のカップに注がれたハーブ紅茶。
「……やっぱり、ここまで来てよかったね」
「んー? なにが?」
口いっぱいにタルトを頬張る沙耶が、もごもごと返す。
「こうして、王都で……ちゃんと生きてるって、実感できるから」
有紗はカップを両手で包み込み、窓の外の賑やかな通りを見つめた。
沙耶はタルトのフォークを止め、少しだけ真面目な顔になる。
「……ほんとに、いろいろあったよね」
「うん。でも……だからこそ、今はちゃんと笑いたいなって」
「じゃあ、いっぱい笑お。今日はプリンパフェまでコースだからね!」
「ふふっ、あなた本当にぶれないよね」
「えっへん、甘味の女王ですから!」
そう言って、沙耶はフォークを掲げた。
有紗もつられて笑う。少女たちは小さな平穏を、確かに手にしていた。
*
夜、ふたりはホテルの最上階ラウンジにいた。
窓の外には、星空と灯りの海――王都の夜景が広がっている。
「きれい……」
窓に頬を寄せながら、有紗がぽつりと呟いた。
沙耶はグラスの中の炭酸ソーダを見つめながら、真剣な顔で言った。
「ねえ、有紗」
「なに?」
「……やっぱり、ちょっとだけ寂しいね」
言われて、有紗もそっと目を伏せた。
「うん。でもきっと、卓郎も明もちゃんと歩いてるよ。純子のことは胸にしまって、私たちも――自分の道を、ちゃんと生きてるってことだよね」
「そだね……んじゃ、明日もスイーツ巡りしよ!」
「やっぱり、そっちが本題なのね」
「うん! 生きてる間に甘いもん全部食べ尽くす勢いで!」
二人の笑い声が、夜景の中に溶けていく。
その声はまるで、過去に別れを告げ、未来へ進む意思を持つように――まっすぐで、温かかった。
王都《グランティア》での暮らしにも、少しずつ慣れてきた。
有紗と沙耶は、ホテル暮らしをやめ、《リュミエール通り》の裏手にある、綺麗で小さなアパルトメントの二階で暮らしている。
決して豪華ではないが、日当たりがよく、窓辺には花が咲き、毎朝パンの香りが漂ってくる穏やかな住まいだった。
「起きてー! 有紗ー! プリンパフェが逃げるー!」
「……逃げないから、落ち着いて……」
朝から沙耶は全開で、有紗はいつものようにゆるく返す。
二人は朝食代わりに《三月の花屋》という喫茶店で焼きたてのカヌレと珈琲をいただき、昼には《銀のしずく亭》で季節限定のローズゼリーを。
食後は近くの図書館で、ふたりして冒険譚やレシピ本を読みふけるのが、最近の日課だった。
「ねえ有紗、見て見て。ほらこの伝説のプリン、《天空のしずく》って名前だって!」
「えっ、それ名前だけでもおいしい……。え、しかも要予約なの? 絶対行こ……」
楽しげにページをめくる二人。その雰囲気は、まるでいつまでも続いていくようだった。
でも、有紗の心の奥には――ふとした時に、ぽつんと空いた“場所”のことがよぎる。
夜、ベッドの中で。
「……ねえ、沙耶」
「ん~?」
「私たち、こうして暮らしてるけど……なんだろう、ちょっとだけ、物足りないっていうか」
沙耶は少しの間黙って、それからうつぶせのまま布団に顔を埋めた。
「わかるよ。楽しいけど、ずっと“待ってる側”の気分が抜けないっていうかさ」
「……うん」
「でもさ、有紗はどうしたい? もしさ、また何か起こったら――行く?」
その問いに、有紗はほんの少し、目を閉じた。
「行くかも。……次は、自分の意志で、ちゃんとね」
「じゃあさ」
沙耶がごそごそと枕元から、昨日買った〈銀星の焼き菓子〉の包みを取り出した。
「せめて今は、明日のおやつを楽しみに生きていこうね。未来のことは、明日決めてもいいでしょ」
「ふふっ……うん、そうだね。明日もスイーツ」
二人の小さな笑い声が、静かな部屋の中に広がっていった。
夜風が窓を揺らし、外では灯りが静かにまたたいている。
王都の一角で、少女たちはそれぞれの“今”を噛みしめながら、確かに生きていた。
光の差す通りでは、風が香ばしいパンと焼き菓子の匂いを運んでくる。
いつものように、有紗と沙耶はスイーツ巡りの途中だった。
だが、今日はその足取りがいつもと違う。理由は――一枚の速報紙だった。
「見て、有紗。……これ、卓郎じゃない?」
沙耶が広げたのは、冒険者組合発行の〈遠征者公報〉。
そこには《姫の宮都市近海に現れた深海魔獣を討伐、冒険者卓郎、明らかに超規格外の魔力保持者》という大見出し。
小さな写真には、波飛沫を背にした卓郎と、隣に立つ明の姿が映っていた。
「ほんとに……行ったんだ」
有紗の声は、小さく震えていた。
「ウニみたいな魔獣って、これのことだったんだね……。見て、海の色、綺麗……」
沙耶もじっと記事を読みながら、何度も卓郎の名前を指でなぞった。
――行ったんだ、本当に。
あの約束を、守りに。
「……でも、ひとこと言ってくれてもよかったのにね」
ふと有紗が、拗ねたように呟くと、沙耶も頷いた。
「わたしたち、待ってるって言ったのにね。パンケーキもプリンパフェも……一緒にって……」
ぽつん、と沈黙が落ちる。
だがその夜、有紗のもとに、ひとつの便りが届いた。
その手紙は、姫の宮都市からのものだった。
封筒には冒険者ギルドの公印。そして裏には、見覚えのある、癖のある字で小さく名前が添えられていた。
「有紗、沙耶へ」と。
《……約束、ちゃんと覚えてるよ。でも、もう一つ約束があったんだ。だから、そっちを先に果たさなきゃと思ってた。》
《俺はまだ旅の途中だけど、終わったら、必ず王都に帰る。
そのときは、パンケーキも、パフェも、絶対に一緒に行くから。》
《待たせてごめん。でも、ちゃんと、戻るよ。》
《だから――それまで、笑っててくれ。》
手紙の最後には、いつものふざけた感じで、こう添えられていた。
《あ、でもプリンパフェだけは、先に食べてもいいよ。三杯までなら許す。》
手紙を読んだあと、有紗はしばらく何も言わず、窓の外の星を見上げていた。
沙耶も、無言で彼女の隣に寄り添った。
「……こっちが泣きそうになってるの、ぜんっぜん気づいてないんだろうな、あいつ」
「うん。ほんと、罪な男だわ」
ふたりは微笑み合い、やがて小さく肩をすり寄せた。
その翌朝、有紗と沙耶はふたりで街角の人気喫茶店《星見亭》のカウンターにいた。
目の前にはふわふわのパンケーキと、カラメルが輝くプリンパフェ。
「……じゃあ、卓郎が戻ってきたら、これはおかわり分ってことで」
「いいね。約束だし」
ふたりはスプーンを手に取り、にっこりと笑った。
その笑顔はどこか、遠くにいる誰かへ向けられていた。
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