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しおりを挟む「私、卓郎さんに付いて行っていいですか? 卓郎さんを見ていれば、なんだか自分が成長できるような気がして」
その言葉は、夜風のように静かで優しい響きを持っていた。けれど俺の胸の奥には、深く静かな波紋を広げていく。
――付いてくる?
思わず、彼女の顔を見た。月明かりに照らされたリーナの表情には、怯えも遠慮も、無理やりの覚悟もなかった。ただまっすぐに俺を見つめ、何かを信じようとする強い意志が宿っていた。
きっと彼女は、もう一度誰かを信じてみたいのだろう。そして、その先にある未来に賭けてみたいと思っているのだ。
俺は自分の心の奥で、その言葉を繰り返す。
《この子の人生を、俺が背負えるのか?》
魔法が使えるようになる保証はない。魔術師ギルドだって、すべての人間を受け入れるわけじゃない。才能や素質という冷たい現実は、しばしば夢を容赦なく打ち砕く。
もしリーナがその現実にぶつかり、打ちひしがれる日が来たら――俺は、その失望を支えきれるのだろうか。
それでも、目の前の少女は希望の灯を抱いている。うつむくことなく、まっすぐに俺を信じて、その手を差し出してきている。
……なら、俺が返すべき言葉は、一つしかない。
「……リーナ」
ゆっくりと、俺は言葉を選びながら口を開いた。
「俺についてくるってのは、簡単なことじゃない。とても危ない場所にも行くし、はっきり言って命の危険もある。君を守り切れる自信もないから一人にすることだってあるだろう。それに、きみに魔法の才能があるかどうかも、正直、俺にはわからない」
リーナはどんな言葉が返ってくるのか、不安と期待が混じった眼差しで黙って聞いていた。
「でも――それでも良いって思えるなら。俺も、できる限りのことはしてやりたい。きみが自分の力で立てるようになるまで、手を貸すよ」
それは決意というより、責任だった。中途半端に背中を押すことはできない。でも、リーナがその目で見て、考えて、出した答えなら、俺もまたそれに応えるべきだと、そう思った。
リーナはほんの一瞬だけ、何かを噛みしめるように目を伏せた。そして次の瞬間、小さく頷いた。
「……はい。ありがとうございます。私、頑張ってみます」
その表情は、さっきまでの少女とはどこか違って見えた。頼りなさの奥に、確かな意志が芽吹いているのがわかる。言葉はまだ拙くても、そのまなざしには、自分の足で未来を掴もうとする光が宿っていた。
夜の港に吹く風が、少しだけ温かくなった気がした。昼の喧騒が嘘のように静まり返った空の下、灯りの滲む海面がゆるやかに揺れている。潮の香りに混じって、ほのかに希望の匂いがしたような気さえした。
「じゃあ、明日は《セレト都市》周辺の調査に向かうよ。俺は今夜《潮風亭》に泊まるから、明日朝、迎えに来てくれるかい。一緒に《セレト都市》に飛ぼう」
リーナは目を輝かせてなずいた。
「わかりました。明日朝《潮風亭》の前でお待ちします。……瞬間移動、体験できるんですね。たのしみだなあ」
その声音には、まるで遠足の前夜のようなわくわくした高揚が混じっていた。子どもっぽくもあるその反応が、かえって彼女のまっすぐさを際立たせている。
「家まで送ろうか?」
リーナは首を振って微笑んだ。
「いえ、そんなに遠くありませんし、途中まで一緒ですから、大丈夫です」
「そうか、これから俺についてくるなら、いずれ『姫野宮都市』を去ることになるぞ。その準備はしておいてくれよ」
リーナは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐにしっかり頷いた。
「すぐですか? 明日とか?」
「いや、《セレト都市》の次は東の《海谷都市》。その次はさらにその東の都市を調べようと思っている」
旅の先を見据えた俺の言葉に、リーナは迷いなく答えた。
「わかりました。いつでも大丈夫なようにしておきます」
風が少し強くなり、リーナの髪がふわりと舞う。彼女は手で髪を押さえながら、ふっと笑った。
「明日、《セレト都市》周辺の調査が早く終わったら魔術師ギルドに行ってみよう。善は急げというからな」
彼女の魔法への憧れを思い出しながら言うと、リーナは顔をほころばせた。
「はい。卓郎さんの指示に従います」
「……まあ、《セレト都市》で異変が見つかれば、予定は変更になるけどな」
「はい。大丈夫です」
まっすぐに、揺るぎない声だった。
「じゃあ、私はこっちなので」
「お、おう。それじゃあまた明日」
「明日は、よろしくお願いします」
軽く手を振るリーナの姿を見送り、俺は《潮風亭》へと向かった。
宿に戻ると、リーナのために何かできることはないかと、すぐにスキルリストを開いた。
まず目に留まったのは、『ゴーレムサモン』。召喚したゴーレムにリーナの護衛を任せる――そんな運用も可能だろう。戦闘力も高く、壁として使える。
次に思い浮かんだのは、各種の補助魔法。特にステータスを底上げするバフ系の魔法は、まだ未熟な彼女を支えるうえで有効だ。もちろん、装備による強化も選択肢ではあるが……冒険者としての自立を考えれば、俺が全てを買い与えるわけにもいかない。
冒険者ランクD――まだまだ未熟で、危険な任務には向いていない。同行するには、それなりの準備が必要だ。
『マジックシール』、結界を展開し相手の進行を妨げる魔法。こいつも使えそうだ。
新たに覚えられる魔法を探していたところ、『アースシールド』が目に留まった。飛んで回転する石板の盾を展開する土系の防御魔法。これなら複数枚の石板を使って、機動的にリーナの身を守ることもできそうだ。すぐに500ポイントを消費して習得する。
次に見つけたのが『ライフリンク』という魔法だ。味方1人とHPを共有し、致命傷を肩代わりする絆系の魔法――これは凄い! まさに、今の俺たちふたりにふさわしい。
俺のHP は現在5420。20歳冒険者の平均が100だから、おそらくリーナもそのくらいのはず。もしリンクすれば、彼女が致命傷を負っても俺が生きている限り、耐えられる可能性が大きくなる。
1000ポイントを費やし、俺は迷いなくその魔法を習得した。
これをかけておけば二人同時に死ぬことがなければ、大丈夫だろう。
ふと、胸の奥に古い記憶がよみがえる。純子のことだ。
もし、あのときこの魔法があったとしても――救えたとは思えない。
涙が、不意にこぼれた。
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