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しおりを挟む翌朝、《潮風亭》の前には、すでにリーナの姿があった。
薄曇りの空の下、潮風が静かに頬を撫でていく。朝の空気はひんやりとしていて、夜の名残をまだ抱いているようだった。リーナは小さな肩に淡い色のショールをかけ、きょろきょろと周囲を見回していた。背筋を伸ばし、不安と期待が入り混じった表情で、どこか落ち着かない様子だ。
俺の姿を見つけると、彼女の顔がふわっと綻んだ。まるで光が差し込んだように明るくなり、迷いの色はすぐに消えた。
「またせちゃったか?」
俺の問いかけに、リーナはすぐさま首を振った。
「そんなことないですよ。さっき来たばっかりです」
「それじゃあ、《セレト都市》に飛ぶよ。俺の肩に手を置いて」
「ぎゅっと掴まなくても大丈夫なんですか?」
言いながらも、リーナはそっと俺の肩に手を添えた。その手は少し震えていて、未知の体験を前にした少女らしい不安が見て取れる。
「振り落とされるような圧は受けないから大丈夫」
「はい!」
短い返事には、ぎこちなさと期待が混ざっていた。だがその声には、彼女なりの覚悟も感じられた。
「いくよ。ポータルシフト!」
魔法の発動と共に、景色が一瞬で切り替わる。
光の幕が視界を覆ったかと思うと、すぐに消えた。次に目を開けた時、俺たちはもうセレト都市の冒険者ギルドの前に立っていた。
乾いた風が頬を撫でる。潮の香りは消え、代わりに石畳と人の営みの匂いが混ざった都市の空気が広がっている。
「え! もうついたんですか……?」
リーナはきょろきょろと辺りを見回し、目を丸くする。身体の感覚に特に変化はなく、それがかえって不思議だったのだろう。
「どうだ? 初めての瞬間移動は?」
「驚きですね! 周りがパッと変わった感じ……? なんの負荷も感じないんですね。快適で便利!」
興奮を抑えきれず、身振り手振りを交えて話すリーナに、俺は思わず笑ってしまった。
「一度行ったところでないと移動できないのが難点だけどな」
「いやいや、感動ですよ。瞬間移動って、ほんとに瞬間移動なんですね」
言ってから、少し照れたように口元に手をやる。
「ははは! まあ、ホントに瞬間移動だな」
「えへへ、変なこと言っちゃいましたかね」
「いや。素直な感想でいいんじゃないか。じゃあ、ギルドに入るぞ」
「はい!」
軽やかな足取りで、リーナは俺の隣に並ぶ。その歩調は浮き立つようで、これから始まる何かに胸を躍らせているのがよく分かった。
セレト都市の冒険者ギルドは石造りの重厚な建物だった。入り口の扉を開けると、朝の日差しが差し込む広いホールに出る。木製の掲示板にはいくつかのクエストが貼り出されているが、見ている冒険者はわずか数人。どこか閑散とした雰囲気が漂っていた。
俺たちは受付カウンターへ向かう。中年の受付嬢が手元の帳簿を見ていたが、こちらに気づいて顔を上げた。
「教会の依頼で封印の緩みの異常を探しに来ている。それらしい異常は起こっていないか?」
俺が切り出すと、受付嬢は少し考えるように視線を泳がせたあと、低い声で答えた。
「変わった依頼は来ていませんが……このところ西の山間部に行って戻ってこない冒険者が増えていますね。魔獣の素材を狩りに行ったきり、連絡が取れなくなるという報告が、ちらほらと」
言いながらも、どこか言いづらそうな雰囲気だった。ギルドの奥から別の職員がちらりとこちらをうかがっており、ただの冒険者の失踪では済まない何かがあることを感じさせた。
「それは……どこの山だ?」
俺の声も自然と真剣味を帯びる。リーナも隣で息をひそめるようにして耳を傾けていた。
受付嬢は手元の地図を取り出し、指で一箇所を示した。
「《ヴァルデン尾根》です。このセレト都市から北西に二日ほどの山間部です。昔から希少な魔獣が生息していて、腕に自信のある冒険者たちが時折挑みに行くのですが……ここ最近、戻ってこない者が増えすぎていて」
俺はその地名を聞いて、記憶を探った。
――確か、かつて教会の封印が施された地下遺跡があったはずだ。
ただの偶然だろうか? それとも、封印の緩みと関係があるのか……?
リーナが小声で尋ねてきた。
「卓郎さん……行くんですか?」
その声には不安と、それでも一緒に行く覚悟がこもっていた。
俺は頷いた。
「ああ、行ってみる価値はあるな。妙な魔力の気配があれば、それを感じられるかもしれない」
そして、心の中で呟く。――ここが、探していた場所かもしれないと。
「《ヴァルデン尾根》に昔から生息している希少な魔獣の情報はありませんか?」
俺の問いかけに、受付嬢は書棚から資料を一冊引き抜き、俺たちに渡してくれた。ページをめくると、いくつかの魔獣の姿がそこに描かれている。随分と変わった魔獣が生息しているらしい。
蒼牙獣グリマロス、深緑の番犬ヴァーリ・ウルス、風哭鳥ラピスホーク、白炎の狩人フェルブレイズ、影潜の蛇ノクトスパインなどなどだ。
「なるほど、これなら素材を求めて冒険者が入っていくはずだな」
手元の資料を見ながら、俺は納得する。どれも聞いたことのない魔獣ばかりだ。
「珍しい魔獣なんですか?」
「見たこともないし、聞くのも初めての魔獣ばかりだからな。どれだけ強いのか見当もつかないよ」
これほどの魔獣が生息しているとなると、帰ってこない冒険者がいてもおかしくない。封印の緩みと関係があるのか少しあやしくなってきた。
「で、素材採取の依頼が出ているのはどの魔獣なの?」
「ノクトスパインの鱗、瘴気腺。ラピスホークの翼の羽、風核。ヴァーリ・ウルスの体毛です。これらはいつでも買い取ります」
「なるほど。依頼を受けて失敗しても罰金は取られないってことか」
「その通りです。すでに通常依頼ではなく、随時買い取りという扱いですから」
「分かった。狩れたら買い取りに出すとしよう」
俺は資料をたたみ、リーナに目をやる。彼女もまた、覚悟を決めたように小さく頷いていた。
こうして俺たちは、《ヴァルデン尾根》へ向かう決意を固め、冒険者ギルドを後にした。
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