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しおりを挟む《姫の宮都市》冒険者ギルド中央支部の掲示板前。俺とリーナは、朝の光が差し込む広々としたホールの一角に立っていた。
壁にずらりと並んだ依頼票は、まるで戦いの記録のように冒険者たちを誘っていた。ざわつくホールの空気、遠くで報酬の受け渡しをしている受付嬢たちの声、すれ違う冒険者たちの甲冑のきしみ。それらすべてが、ここが現実の戦場への入り口であることを物語っている。
リーナは、その光景にやや気圧されたように、掲示板の端に立つ俺の隣で緊張気味に腕を組んでいた。
今日は彼女をCランクに昇格させるべく、この都市までポータルシフトで飛んできた。すでに彼女はCランクチャレンジを一度成功させている。あと二回、連続で任務をこなせば、正式に昇格試験を受けられる。
俺は掲示板の中央に貼られた依頼表を眺めながら、声をかけた。
「今日1日で、Cランクチャレンジを2つクリアしてしまおうぜ」
「えー! そんな無理ですよ」
リーナが少し怯えたように、俺の袖をつかんで言った。その声には、期待と不安が半分ずつ混ざっている。
「いや、何言ってるの。リーナは昔のりーなじゃないんだぜ。装備も凄いし魔法だって使えるだろう」
俺がそう励ますと、リーナはほんの少しだけ頬を赤らめて、ふくれっ面で言い返した。
「でも、魔法効果50ですよ!」
「……確かに、そこは不安だな」
俺が真顔でうなずくと、リーナが大げさに肩を落とした。
「そこは、否定してくださいよー!」
「いやいや、現実は直視しないとね。実際、危険度Cの魔獣に魔法効果50で勝てるかは……疑問だな」
「えー、じゃあ、剣で戦うしかないですかね? ミスリルの剣があることですし!」
腰のホルスターに収まっている俺が貸したミスリル製ロングソードに手をかけながら、リーナは提案してきた。だが俺は、ローブの長い裾を眺めながら首を傾げた。
「それもどうかな? 俺の助けなしで、危険度Cの魔獣とやりあえる? そのローブだと剣を振るのも窮屈そうだし」
「あーん。卓郎さんがいじめる―!」
「いや、ごめん、ごめん」
それでも彼女は半目で俺を見ていたが、すぐに眉をひそめて、まじめな表情に戻った。
「で! 私、どうしたらいいんですかー?」
「そうだなー、今日はとりあえず、魔法で魔獣を狩る手ごたえを確かめよう」
「具体的には?」
俺は掲示板の中ほど、Dランク依頼が並ぶセクションを指さした。そこには草原地帯の獣退治や、近隣の森に現れた魔獣の討伐といった、実戦ながらも難易度が抑えられた任務がいくつかあった。
「Dランクの依頼を受けて、一人で魔法で魔獣を狩ってみよう」
「…………卓郎さんは、手を出さない的な?」
リーナが俺をじっと見上げてくる。少し不安げな、けれどその奥にある覚悟の炎は確かに灯っていた。
俺は微笑んで、彼女の肩にそっと手を置いた。
「そのつもりだ。リーナが自分の力を信じられるようになるためにな」
リーナはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
「……わかりました。挑戦してみます。私、がんばってみたいです」
「じゃあ、とりあえずこの依頼を受けてみよう。この魔獣なら魔法効果50でもなんとか倒せそうじゃないか?」
「『近隣の妃美の森に現れた危険度Dランクの魔獣・ブラッドベアの討伐』ですか。うん。やってみます。血数かれる前に何発当てられるかが勝負ですね」
リーナは、覚悟を決めたらしく、依頼票を掲示板から剥がして受付に走っていった。
「すみません、この討伐依頼、受けます!」
リーナの声がホールに響く。受付嬢がにこやかに応じて、手際よく処理を進めていくのが見えた。リーナが戻ってきたのは、数分後だった。手には討伐依頼証がしっかり握られている。
「受けてきました! これで……行けばいいんですよね?」
「ああ。妃美の森なら都市の西門から馬車で三十分くらいだ。あとは徒歩で森の南側に入れば、目撃された場所に着くはずだ」
「なるほど……。うう、ちょっと緊張してきました……」
リーナはローブの裾をぎゅっと握りしめ、胸の前で深呼吸した。けれどその顔には怯えよりも、どこかワクワクしたような光が宿っている。
「大丈夫だって。俺もついてるんだから」
「うう、それ言われると心が緩む……でも、頼りませんよ!」
「よろしい」
俺たちはギルドハウスを出ると乗り合い馬車を探した。
***
木漏れ日が差し込む小道の向こう、深い緑が生い茂る静寂の森が広がっている。小鳥のさえずりと風の音が、耳に心地よい。
「ここが……」
「この先だ。ブラッドベアは夜行性だが、縄張りを荒らされると昼でも動く。気をつけろよ」
「うん、わかった」
「3歩後から付いて行く。命が危ないと思ったらすぐ割り込むから、それだけは安心しろ」
「了解、じゃあ……行きます!」
リーナは腰のベルトを締め直し、杖を両手で握りしめると、ゆっくりと森の中へと踏み込んでいった。
俺は気配察知でブラッドベアの存在をつかんでいたが、リーナはまるできずいていない。自力で見つけることが、何より訓練になる。俺は黙って見守ることにした。
「――《ウィンドカッター》!」
風を裂く音とともに、葉を揺らす風圧が遠くから感じられた。
……始まった。
俺は気配を殺しつつ、一定の距離を保ってリーナの後をつける。あくまで補佐に徹し、戦いの中で彼女がどれだけ判断できるかを見極めるためだ。
数分後、小さな叫び声とともに、地面を叩く重い音が森に響いた。
「くっ、しぶといっ……!」
ブラッドベアは巨体を揺らし、低く唸っている。傷ついてはいるが、まだ十分に動ける状態だ。
「――《ウォーターショット》!」
水の弾丸が唸りをあげて飛ぶ。しかし、熊の厚い毛皮に弾かれ、浅い傷しか与えられない。
「もう一発……!」
息を整えながら、リーナは後退しつつ杖を構える。動きに無駄が少ない。よく訓練した証拠だ。
だが、ブラッドベアが突進を仕掛けてきた。
「っ……! 落ち着け、落ち着け……!」
リーナは立ち止まり、ぎゅっと唇を噛む。
「《ウィンドカッター》! 《ウィンドカッター》! 《ウィンドカッター》!」
空気が巻き起こり、鋭い風刃が次々と熊に突き刺さる。1発、2発……そして3発目。ついにブラッドベアの喉元に深く命中した。
ぐらり、と熊がよろめき、やがて重々しい音を立てて崩れ落ちた。
「――っ、や、やった……!」
リーナはその場にへたり込んだ。息が荒く、顔には汗がにじんでいる。だが、その目には確かな自信の光が宿っていた。
俺は、ゆっくりと歩み寄った。
「お疲れさん。初めてにしちゃ、上出来だったじゃないか」
「ふへへ……なんとか……なりました……」
リーナは笑いながら、片手を挙げた。俺はそれにハイタッチで応える。
「これなら、Cランクチャレンジも見えてきたな」
「うん……! ちょっと、楽しかったかも……」
彼女は立ち上がり、討伐証明用にブラッドベアの爪を切り取りながら、鼻歌を口ずさんでいた。
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