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しおりを挟むポータルシフトで《姫の宮都市》冒険者ギルド中央支部に戻った俺たち。リーナはブラッドベアの爪を受付窓口に出している。
「やったよー! これで依頼達成!」
リーナが、満面の笑顔で戻ってくる。
「案外すぐにおわっちゃたねー」
「予定通りだな」
俺は軽く頷いて、ギルドの奥にある食堂の方を顎で指し示した。
「飯を食ったら、俺の狩りに付き合ってもらうぞ」
「いいですよ」
リーナはすっかりやる気だ。魔獣を一人で倒せたことが、彼女の自信を大きく後押ししているのが分かる。
「何を狩りに行くんです?」
「ワイバーンを狩ろうと思ってる。王都から北北西に二日ほどの距離にある〈翼竜峡谷〉ってところはワイバーンの棲みかでね。ワイバーン狩にはうってつけなのさ」
「うわっ! ワイバーンの棲みかに飛び込むんですか?」
リーナが目を丸くする。驚きと興奮が混じった反応だ。
「さすがSランク冒険者! でも、私が一緒で大丈夫なんですか?」
「大丈夫。大丈夫」
俺は笑いながら肩を竦めた。
「リーナも狩りに参加してもらうよ。《ウィンドカッター》使えるだろう」
「えー、でも私の《ウィンドカッター》の威力じゃ、全然ダメージ受けないんじゃないですか」
「まあ、そうかもしれないけど、牽制にはなるし、俺の《ウィンドカッター》で一発だから、危険はないよ」
「そ、そうなんですか……? さすが卓郎さん……」
リーナは感心したように小さくつぶやいた後、ふと眉をひそめた。
「でも、いつそんな依頼を受けたんですか?」
「受けてないよ。素材として売るだけさ」
「え! 依頼を受けたほうが良くないですか?」
リーナが不思議そうに首を傾げる。
「めんどくさいから、受けなくていい」
俺はあっさりと答えた。実際、Sランクになってからというもの、ギルドの貢献度を稼ぐ必要はない。必要な時だけ公式依頼を受ければ十分だ。それに気分は引退した身でもある。
「あ! Sランク冒険者ですもんね。ランク上げする必要ないか」
「そういうこと」
俺は彼女の頭を軽くポンと叩いた。
「さ、早く飯にしようぜ。腹が減っては狩りもできん」
「はーい!」
リーナは嬉しそうに頷いて、俺と並んで歩き出した。二人でギルドの奥にある酒場――といっても昼は普通の食堂として機能している場所――へ向かう。
木の香りがする大広間には、既に何組かの冒険者たちが食事をしていた。煮込みシチューの香ばしい匂いと、焼きたてのパンの香りが空気を包んでいる。
テーブルにつくと、リーナはメニューを手に取りながらちらりと俺を見る。
「……ワイバーンって、どれくらい強いんですか?」
その声には、恐怖というより“慎重さ”がにじんでいた。
「危険度Bの魔獣。空を飛ぶぶん、厄介さはAランクにも匹敵する」
俺は冷たい水を一口飲みながら答えた。
「だが、防御力はそれほどでもない。俺の《ウィンドカッター》なら一発だ。リーナだったら、首と翼の付け根を狙えば、飛行を封じられるし、飛べなければただのトカゲだ」
「なるほど……。じゃあ、空を飛ばせないようにするのが鍵なんですね」
リーナは真剣な眼差しで頷いた。パンを千切りながら、何度か小さくうなずいて、頭の中でイメージを組み立てているのが伝わってくる。
「正解。リーナは適当に《ウィンドカッター》を撃っててくれれば牽制になる」
俺は笑いながら肩の力を抜いた。彼女を過剰に緊張させる必要はない。重要なのは、実戦で体を動かしながら覚えることだ。
「それでいいんですね。了解しました。なんか、少しだけワクワクしてきました」
リーナは笑みを浮かべながらも、目はどこか鋭さを帯びている。自分の力を試したいという、若い冒険者らしい純粋な闘志――その火が確かに宿っていた。
「最後の1匹、状況によってはリーナに任せてもいいぜ。安全な場合だけな」
俺はわざと軽く言ってみせる。
「あ! ありがとうございます。その時は的確な指示が飛ぶんですよね?」
「勿論だ。余裕がなければ、俺が狩る」
リーナはパンを千切りながら、笑顔を浮かべた。彼女の中で「魔術師」としての自分の輪郭が、少しずつ形になっていっているのがわかる。
……さて、ワイバーンの素材は高く売れる。明日にはリーナに、また一段階上の「戦場」を経験させてやろう。
「さて、飯も食べ終わったし、そろそろ〈翼竜峡谷〉に移動するか?」
俺が立ち上がろうと椅子を引くと、向かいのリーナが眉をひそめた。
「えー! 食べ終わったばっかりで、もう戦うんですかー!」
少し頬をふくらませて、椅子の背にもたれかかるリーナ。
「少しゆっくりしましょうよー」
「ああ、まあいいけどな」
俺も再び腰を戻し、グラスの水を口に含んだ。
……そして、唐突にリーナがぽつりと呟いた。
「あのー、卓郎さんって女に興味ないんですか?」
「なんだよ急に」
むせかけた水を飲み込みながら、俺は目を細めた。
「彼女とか、いなそうですよね」
リーナは机の上に顎を乗せるようにして、上目づかいでこちらを覗いてくる。
「いねーよ」
即答した俺の声が、少し硬かったかもしれない。
「Sランク冒険者なのに?」
「ああ??」
思わず聞き返すと、リーナは首をかしげながら悪戯っぽく微笑む。
「もてるでしょう?」
「もてねーよ」
「そんなわけないでしょ」
彼女はパンのかけらを弄びながら、なおも口を尖らせて言ってくる。
「なんでだよ」
「だって、Sランク冒険者だし……優しいし……面倒見いいし……頼りになるし……いいやつだし……」
「うるさいなー、もてないものは、もてないんだからしょうがないだろ」
椅子の背にもたれ、俺はわざとらしく溜息をついた。
「少なくても、私にはもててますよ」
リーナが真顔でそう言った。
「弟子のくせに、そういうのはよせ」
額に手を当てて嘆息する俺に、彼女はいたずらっぽく肩をすくめて笑った。
「私ってそんなに魅力がないんですかね?」
その声にふと気配が変わる。軽口の裏に、少しだけ――ほんの少しだけ、本音が混ざっていた。
「…………」
「家に泊まってた時は、いつ夜這いに来るかと思ってたらとうとう来なかったし……」
「…………」
「男が好きなタイプの人?」
にやにやと、からかうようにリーナが笑いかける。
「んなわけねーだろ。殴るぞ、こら!」
思わず口調が荒くなる。だが、頬がわずかに熱を帯びているのが自分でもわかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。じゃ、片思いの人がいるんだ!」
「ちがっ!」
「あ、そーなんだ。なーんだ、納得」
「そんなんじゃねーよ」
「あ、もういいです。この話はやめましょう」
急にスッと視線を逸らしながら、リーナは席を立ちかけた。
「だから、最初からやめろっていってるだろ!」
「はいはい。やめますよ」
くすくす笑いながら彼女は肩にかけた鞄を整えた。
「そろそろ行きましょうか? 〈翼竜峡谷〉」
「よーし。行くぞ。外に出たら瞬間移動だ」
俺たちは立ち上がり、ざわつく酒場を抜けてギルドの外へと向かった。
リーナのいたずらな笑顔と、照れ隠しのような背中越しの一言が、どこか胸に引っかかっていたが――とりあえず、今は仕事だ。
空の青さが、やけに眩しかった。
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