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しおりを挟む王都グランティアの魔術師ギルド本部は、まさに魔術の中枢だった。
リーナは目を輝かせながら、ギルドの正門を見上げていた。
「ま、ここで高速飛行魔法を覚えるなんてなかなか大きな挑戦だぞ。講師は曲者揃いだし、テストは超実戦形式だし……」
「ふふん、だから挑戦するんです! 目的地までの移動時間を短縮するためにも!」
「動機がぶれねえな……」
俺は肩をすくめながらも、少し嬉しかった。リーナの成長を近くで見られることは、付き添い冥利に尽きる。
受付で手続きを済ませると、リーナは数日間の「飛行魔法集中講座」に仮入所となった。
***
翌朝、王都魔術師ギルド裏手の訓練場——通称「空庭(くうてい)」。
「はいっ! 今日は『風圧制御と魔力流調整』の初歩訓練からです!」
教官役の女性魔術師《フィラ=メイル》が、ロングコートを翻して登場する。年齢は若そうだが、目の鋭さと魔力の圧が只者ではない。
「飛行魔法って、ただ浮かべばいいと思ってませんか? ちがーう! 速度、方向、安定、全部自分で制御しなきゃ即・墜落。いいですか?」
「は、はいっ!」
リーナの額には早くも汗が滲んでいた。魔力操作の基礎はあるが、「風圧制御、空間認識と反応速度」が要求される飛行魔法は別格らしい。
少し離れたベンチで見ていた俺の横には、同じく生徒の付き添いの父兄(?)らしき人たちが何人か座っていた。
「……けっこうビシビシ鍛えてんだな」
「うちの息子、昨日墜落して捻挫しましたよ……」
「え、マジで?」
他人事じゃないな。
そのとき、リーナが空に浮かび上がった。
「……いけた! やった、浮いてる! うわっ、でも視界がっ、風つよ——きゃああっ!!」
次の瞬間、リーナは横風に煽られて訓練場の池へドボンと落ちた。
俺はため息をついて立ち上がる。
「ま、最初はそんなもんだろ……」
*** 夕暮れ
訓練が終わり、リーナがギルドのベランダで頭をタオルで拭きながら言った。
「……魔法で飛ぶって、想像以上に体力使うんですね。魔力より、反射神経が問題かも……」
「でも、今日は三回目でちゃんと浮いてただろ。上出来だ。池への落下もきれいだった」
「褒めてるんですか、それ……?」
リーナはむくれて、少し照れくさそうに笑った。
「でも……やっぱり、空っていいですね。あの一瞬だけ、全部忘れて飛べた感じがして……」
その言葉に、俺は少し驚いた。彼女の中にある「前に進もうとする力」は、いつの間にかずっと大きくなっていたんだな、と。
「……リーナ、ほんとに空飛べるようになったらどうするつもりだ?」
「うーん……まず、卓郎さんを背負って、空から温泉探しに行きましょうか」
「……逆じゃね? 俺が飛んでリーナを運ぶならまだしも……」
「いえ、これは私の修行なんですからっ。せっかくですし、空飛んで絶景の秘湯を探す旅、なんてどうですか?」
「……悪くないな。それ」
沈む夕日が王都の屋根を染めていた。風はやや冷たく、でも不思議と心地よい。
***
講座三日目の朝。空庭には、強めの風が吹いていた。
「よし、今日は中空での旋回訓練と、高速移動への加速転換に挑みます!」
《フィラ=メイル》教官の声が響く中、リーナは集中した顔で魔力を練り上げる。
「――風速二十、『ホバームービング』……!」
風の魔法陣がリーナの足元に広がり、次の瞬間、彼女は宙を駆けるように飛び上がった。
初日には池に落ちていた少女が、今は風を切って旋回している。まだ動きはぎこちないが、確実に前に進んでいる。
俺はその様子を見ながら、小さく頷いた。
「……ちゃんと飛べてる。たいしたもんだ」
そのときだった。上空に奇妙な『影』が見えた。
「ん……?」
空庭の訓練空域のさらに上、通常は魔術師ギルドの結界が展開されているはずの高度に、何かが蠢いた。
煙? いや、違う。
翼のようなものが、うねるように空を這っている。
そして次の瞬間、その『影』の一部が裂け、強烈な下降気流が訓練場を襲った。
「風が乱れてる……っ!? やば、リーナ――!」
リーナの姿勢が崩れた。
「えっ、制御が――!?」
彼女の身体が傾き、風に巻き込まれ、空庭の塔壁に向かって弾かれるように飛ばされた。
俺は即座に跳び出す。
「ホバームービング! ブリンクステップ!!」
俺も飛行魔法と短距離転移魔法を併用し、そのまま空中に跳躍。訓練場の規則など無視だ。リーナに接近し、腕を伸ばす。
「捕まえた!」
俺は彼女の腰を掴み、旋回しながら自身の魔法で衝撃を殺し、屋根上に着地した。
「っ、ぐっ……!」
二人とも地面を転がる。だが、無事だ。
リーナは目を瞬かせ、やっと状況を理解したように声を漏らす。
「……た、卓郎さん……助かった……」
「お前、まだ“横風対策”甘すぎるっての。……でも、今のはそれだけじゃなさそうだ」
俺は上空を見上げる。
そこにいたのは、風のように揺らめく異形の魔獣だった。
全身が半透明の膜に覆われ、翼も脚も曖昧な輪郭。空気そのものが生きているかのような、異様な存在――
「《風喰い鳥(ヴァーセル・ガスト)》……!」
ギルドの古文書に載っていた幻獣だ。魔力を帯びた風の乱れを好み、飛行魔法を使う者を餌と認識して襲う。
塔上の結界が発動し、上空へ展開されていく。
《フィラ=メイル》教官が叫んだ。
「全訓練生、退避! これは試験じゃない、実戦だ!」
リーナが震える息で言う。
「わたし……また足引っ張って……」
「違う。これが『学ぶ』ってことだろ」
俺は立ち上がり、彼女に言った。
「リーナ。お前の飛行魔法、試すにはちょうどいい相手が来たってことだ」
「……っ!」
リーナは目を見開き、口元を引き締めた。
風が唸り、幻獣が再び旋回を始める。
「卓郎さん。……一緒に行きましょう!」
「ああ。風に負けない速度で飛ぶぞ。いけるか?」
「やってみせます!」
ふたりは再び空へ跳び上がった。
王都の空を舞台にした、実戦の試験が、いま始まる――。
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