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しおりを挟む「あー、いい湯だったねえ」
浴衣姿のリーナがふぅっと息をついた。
「ほんとですね。変なのが出なければ、もっと良かったんですけどねー。良かったんですけどねー!」
リーナがちょっと恨めしそうな顔でこちらを見る。
「……その言い方、完全に俺のせいみたいになってない?」
「え、だって、実際そうじゃないですか~。あんなに雰囲気よくて、空も綺麗で、湯もきらきらしてて……そこに《幻影シェイド》って、もう! タイミング悪すぎですよ!」
「……いや俺に言われても。別に、俺が呼んだわけじゃないし」
「でも卓郎さん、戦うときやたら楽しそうでしたよ。『ファイアボール!』とか『ホーリーレイン!』とか、もう、湯けむりの中でキメ顔までしてたでしょ!」
「いや、それは……あれは反射だ。反射で顔がキマっただけだ。演出じゃない」
「へえ~?」
リーナがにやにやと笑いながら、腕を組んで俺の顔をじっと見つめる。
「ま、Sランク冒険者って、やっぱり格が違うなーって、思いましたけどね。あれだけの数、範囲魔法で一掃って、普通じゃできないですもん」
「……それをもっと素直に言ってくれれば、気分よくなるんだけどな」
「ふふっ、じゃあご褒美に、夜食に『ふりかけごはん』でも食べます?」
「温泉成分入りのふりかけ? あれ、絶対まずいだろ」
「大丈夫です! だって《炎石エキス入り》って書いてありましたし! ……ちょっと辛いかも、ですけど」
「いや絶対ヤバいってそれ」
「じゃあ、卓郎さんが食べて感想ください」
「なんで俺が先に毒見……」
そんなたわいのないやり取りをしながら、部屋へ戻ると、すでに布団が敷かれていた。二つの布団はぴたりとくっつけてった。灯りは薄暗く、外はすっかり静まり返っている。
それを見たリーナの頬が赤く染まる。
おれは、ささっと布団を離した。
「ちょっと、旅館の人、気が利きすぎだよな」
「…………」
静かな夜の音の中、俺たちは湯上がりの温もりをそのままに、畳の上に腰を下ろした。
「『ふりかけごはん』でも食べようか?」
俺が毒見を買って出る。
「……ねえ、卓郎さん」
「ん?」
「また、来たいですね。こういう場所」
「……そうだな。今度は、《幻影シェイド》抜きで、ゆっくりな」
「約束ですよ」
リーナが、少しだけ照れたように笑った。
——ドンッ!!
その瞬間、部屋が突き上げられるように揺れた。
「わっ!?」
「な……地震!?」
畳がビリビリと音を立て、魔力灯がカタカタと揺れて落ちそうになった。すぐさま立ち上がり、俺はリーナを庇いながら壁際へ移動する。
「……いやな揺れだ。これ、ただの地震じゃねえな」
「ま、また魔獣……?」
まさかと思いながらも、すぐに装備へ手を伸ばす。揺れはしばらく続き、遠くで何かが崩れる音が聞こえた。宿の外、渓谷の奥から、ぼこぼこと異様な振動音が響いてくる。
「……聞こえるか? 地下から……うねるような音」
「え? なんか……ドロドロしてる……?」
リーナが窓を開けると、遠く、渓谷の岩肌のひとつが崩れ、その奥から—— 赤く光る巨大な何か が、うねりながら這い出してきた。
「う、嘘……でっか……っ!!」
「……《溶岩ワーム》か!! こいつ、温泉地帯の地熱に惹かれて眠ってたはずだが……」
《溶岩ワーム》——地熱地帯に生息する超大型魔獣。地中を這い、魔力と熱を糧に生きる存在。普段は深く眠っているが、魔力の乱れや衝撃で目覚めることがあるという。
「くっそ、あの《幻影シェイド》とやり合った影響か……!」
宿のあちこちから、悲鳴や混乱の声が上がり始めた。天井から埃が落ち、床が斜めに傾く。
「リーナ、避難誘導は任せる。俺は先にあいつの進行止めに行く」
「っ、わかった! すぐに追いつきます! 絶対無理しないでくださいね!!」
「無理しなきゃ止まらん奴だ、あれは……!」
俺は部屋を飛び出し、外へと駆け出した。
渓谷の奥、《月のしずく亭》の裏山の岩を砕きながら、《溶岩ワーム》は体をうねらせて進んでくる。その体長はゆうに二十メートル。灼熱の体からは赤熱した溶岩が滴り、進むたびに大地を焼き焦がしていた。
「くっ、でけえな……まるで移動する火山じゃねえか」
俺は腰のベルトから魔力強化印を外し、腕に刻むように貼りつける。魔力が血の中を駆け巡り、視界が研ぎ澄まされていく。
「こっちは温泉でのんびりしてたんだ。せめて空気ぐらい読めっての……!」
《溶岩ワーム》の口が裂け、灼熱の火球を吐き出す。火球は宿の方向へ一直線に——
「させるか……! ファイアバレット!!」
炎の弾幕を展開し、火球を防ぐ。衝撃で足元の石畳が砕け、土煙が舞う。
背には避難させた子供を抱え、多量の汗を額に浮かべながら、リーナがすぐに走ってきた。
「卓郎さん! 避難は誘導中です! けど、こいつ速すぎです! すぐ下まで来ちゃいます!」
「なら、一気に倒すしかねぇな。だが、あれは一撃じゃ止まらねえ。中から破壊するしかない……!」
「中って……まさか、あの口の中!?」
「そうだ。あそこからしか魔力核に届かねえ。俺が必ず倒してやるから、安心しとけ!」
「頼みましたよ。卓郎さん!」
《溶岩ワーム》が咆哮とともに身をよじらせる。地面が爆ぜ、熱波が吹き荒れる中——
俺は走った。
「いけえええええっ!!」
《溶岩ワーム》の開いた口へ飛び込むように跳躍。熱気で皮膚が焼けるのを感じながら、俺は魔力を集中する。
「今だ!!」
俺を飲み込もうと《溶岩ワーム》が、口を開いた瞬間——
「カタストロフブレイズ!!」
を生成し、着弾と同時に周囲を焼き尽くす。
超高温の火球が、俺の跳躍にあわせて開かれた《溶岩ワーム》の口に撃ち込まれる。《溶岩ワーム》の体内で大爆発が起こり、体を突き破った幾本もの光の線が闇を貫き、轟音と共に、爆発。咆哮が響き、巨大な体がよろめく。そして、《溶岩ワーム》は崩れ落ちた。
***
しばらくして——。
旅館の廊下に腰を下ろしながら、リーナが深いため息をついた。
「……また温泉、入り直しですね」
「ああ、また汗まみれだ……」
「でも、ほんとに……卓郎さんがいなかったら、危なかったですよ」
ふと、リーナが笑って言う。
「また来たいですね、ここ」
「……本気か? こんな目に遭って」
「うん。本気。今度こそは、温泉入って、ご飯食べて、布団敷いて、寝るだけの旅……しませんか?」
「それが……一番かもな」
二人で笑ったそのとき、旅館の女将が走ってきた。
「お、お客様! すみません……温泉地の“地熱ルーン”が破損しておりまして、今晩のお湯は全て……冷泉になってしまいました……!」
「……やっぱり、ゆっくりなんてできないな」
「うん、やっぱり、旅って、ハプニングがつきものですよね!」
二人は顔を見合わせ笑いあった。
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