とある隠密の受難

nionea

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 リーグクラットの性的嗜好は老若男女を問わない。どちらかというと、妊娠しないからという理由で男に傾いているが、特別男色家という訳でもない。気持ち良ければ何でも良いのだ。それをミツマは良く解っている。伊達で一年も観察していない。
「こんな顔が好みならいくらでも紹介しますから手を離して下さい!」
 仲間を売るような言葉を叫んで、懸命に拘束から逃げ出そうとあがく。
 ミツマが言った、こんな顔、というのは、要するに特徴のない顔である。目がつり上がっているわけでも垂れているわけでもなく、眉が濃いわけでも薄いわけでもなく、鼻が大きいわけでも小さいわけでもなく、黒子があるわけでもない。思い出そうとした時に、誰々に似ているという表現に成り易い、これと言った特徴が思いつけない顔。情報収集任務に特化した隠密の特徴とも言うべき、特徴の無い顔。
「そう怯えた顔をするな、別にこのまま手篭めにしようとは思っていない」
 そう言うとリーグクラットは、ミツマを拘束していた両手を離して顔の横まで持ち上げた。その股の間から這い出して、寝台を逃げ降り、壁に張り付く。相変わらず、顔は血の気が退いて心臓は落ち着かない。
「別に、好きにすれば良いが、この指輪が有る限りお前は俺の元に引き寄せられるぞ」
 意地の悪げな笑みで見せつけるように指輪に口付けている。男臭さを色気として身に纏った銀髪碧眼の美丈夫が、牙をむいた人食いの猛獣に見えるのは、ミツマの勘違いではないだろう。必死に冷静さを取り戻そうとしたため、心臓は落ち着き始めたが、相変わらず顔から引いた血の気が戻る気配がしない。
「ところで、いつまでも隠密と呼ぶのも味気ない。名を教えてくれ」
 ある程度の身体能力と、ある程度の知識量、どの国に行っても溶け込める中肉中背な体格に髪と目も最も多い色で、これといった特徴を持たない顔。隠密頭も太鼓判を押す影の薄さで、紛れる事を諜報手段としてきたミツマは、先述通り暗殺の手管を持っていない。身を守る程度の武力は、あくまで逃げる隙を生み出すためのもの。そもそも今のように追い詰められた状況にならないようにするのが前提だ。頭一つは体格の違う男を相手に一対一で向かい合うなど想定外もいいところである。
「聞いているか?」
 大体、天井裏から下にというのならまだ解る。分厚いとはいえ板一枚の移動だ。だが、もうすぐ城壁の外に出ようとしていた所から突然対象者の上に移動するなど、何をどうすればそうならないよう対処できるというのか。
「おい」
 膝立ちの状態だったリーグクラットが、近付こうと足を動かした時、混乱していたミツマは考えるよりも先に体が動いていた。
「あ?」
 張り付いていた壁の下の部分の隠し扉を開け、壁裏に入り込み、天井裏へ駆け上がってそのまま逃走したのだ。
(冗談じゃない! ありえない! どうしろってんだよ!)
 天井裏を最高速度で移動しながら、ミツマの頭はどんどん覚めていった。
 結果、天井裏を出る前に立ち止まり、その場で蹲った。
(意味、無いんだよなぁ………)
 どれだけ逃げた所でリーグクラット曰く、あの指輪が有る限り逃走は無意味である。
(少なくとも城壁内は有効範囲内だ。行動するならあの若殿様が眠りこけた後にするべきだった。くそっ、馬鹿じゃねぇか俺)
 突然の貞操の危機と圧倒的強者とサシという生命の危機に、思わず逃走したが、自分の行動がただの悪手でしかなかった事に力が抜けて立ち上がれない。
(寝室に隠し扉が有る事もバラしちまったし…そもそも覆面だったんだから先の隠密だってのを否定しとけば良かったんだよ。訳の解らない状況に焦らないように訓練してきたはずなのに何やってんだよ。あぁ………あと五日すりゃ交代だったのに)
 元々、このキョートウ国で王族の居城に入り様子を観察する、というのは、新人研修のような意味合いが強い。既に理解している方々も多いだろうが、キョートウ国の城は、潜伏スペースが幾らでもある。対策もほとんどされていない。そもそも情報管理とかいう概念があるかさえ怪しい国なのだ
 自分の行動の一から十まで全てが、振り返れば否定する他ない誤った選択だった。その現実にひたすら落ち込む。驕っていたつもりは全くなかったし、むしろまだ半人前の自覚が有った。だからこそ常に慎重な行動を心掛けていたつもりだったが、冷静な思考と平常心は、残念ながらまだまだ身に付いていなかったのだ。
「はぁ…」
 溜息を吐いて、次の行動をどうすべきか思案する。正直にいって、ミツマは自分の手に余ると感じている。知識的にも経験的にも状況打開策はゼロだ。
(こんな時は先輩を頼るしかない)
 ミツマは腰元から紙と炭筆を取り出し、自分が置かれた事情を記載する。国王の政務室がある正宮と第一王子が生活している春宮を偵察しているベテラン隠密の先輩に助けを求めるのだ。自力で解決できなければ他力を利用する、というのは、隠密の基本である。
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