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第3章:勉強

3.気付き

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 確かに昨日、その花束を見てアンセラは笑顔になった。
 だが、今花瓶で咲き誇る花を見ていると、涙が滲む。
「どういう事なのかしら…」
 元々、父に家庭教師を頼んでいた。だからアリシェがやって来た時は、こんなに素敵な人を探してくれていたのだ、と嬉しかったはずなのだが、父は家庭教師をまだ選んでいるところだったという。
 意味が解らないが、既に伯爵は家を出かけてしまっている。
 それに、アンセラ自身も、何を尋ねれば良いのかがまとまっていなかった。
「あの、お嬢様」
「何?」
 おずおずと声をかけてきたメイドにできる限り軽く返事をした。
「あの、家庭教師の方の事なのですが…あの方はたぶんミスティおじょ…あいえ、お姉様でいらっしゃるイジェス伯御夫人のお友達でいらっしゃる方です」
「お姉様の…お友達?」
 自分自身で一度だけだが見かけた事があるし、他の使用人にも確認をしたから間違いないと、メイドは言った。
「ですから、お姉様が、お嬢様のために家庭教師のご依頼をなさったのではないでしょうか?」
 そもそも既に二ヶ月の時が過ぎているが、アリシェはオークラント家から給金を受け取ってなどいない。だからこそ伯爵も最近まで気付かなかったのだ。オークラント家と金銭のやりとりが発生していれば、伯爵が気が付かないはずがない。
(…だから)
 アリシェから教わるようになって、アンセラは疑問を持った事があった。その事が、今、腑に落ちた。
 アリシェはエグリス伯爵の妹である。三人いる姉妹の末ではあったが、伯爵と父母を同じくする生粋の令嬢だ。そして、教えてもらったのだエグリス伯爵は武伯と呼ばれる同じ伯爵でも格上の伯爵なのだと。そんな人の妹が、何故格下の伯爵の娘の家庭教師などをしてくれるのか、貴族の階級や格というものについて学んだが故に不思議に思っていた。
 だが、姉の存在があったのだ。
 きっと、不甲斐ない妹の事が耳に入って、友人のアリシェに頼んでくれたのだ。
「そう、お姉様だったの」
 アンセラは、自身に不甲斐なさも感じたが、それよりもずっと深く温かさが胸を満たすのを感じた。
 そして、はたと気付く。
 父が言った言葉は、
『誰が金を払うと思っている!』
 だった。
 ならば、姉には申し訳ない事だが、このまま姉の好意に甘えていれば父はアリシェを解雇しようとはしないのではないだろうか。なにせ、格上で優秀な家庭教師が、ただでアンセラをみてくれるのだ。オークラント家にとっては得しかないではないか。
 これまで生活を共にしてきて、アンセラも気付いている。貴族はお金持ちだが、お金があれば何にでもお金をかけるかというとそうではないのだ。少なくとも、父は結構な倹約家であるようだと。
 だからこそ、アリシェを家庭教師として認めてもらえるに違いない、と確信した。
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