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第3章:勉強

4.浪費癖

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 事情を把握したアリシェの手紙という助けもあって、アンセラは引き続き彼女に家庭教師として来てもらえる事になった。
 姉に陰ながら支えられ、姉の友人に表立って助けられ、成人とみなされる十六歳の誕生日まであと一月と迫った朝。
「はぁ…」
 アンセラは、見覚えのない、室内のでまったく調和が取れず浮いている壺を見て、溜息を吐いた。
 この頃は、もう随分と貴族としての常識が身に付いている。全てアリシェ、ひいては姉のおかげだ。
 そして、理解した事がある。
(倹約家どころか、浪費家だったなんて…)
 ずっと父が金銭的な事に細かく口を出すのは倹約家だからだと思っていた。
 平民だったアンセラは、あらゆる物が姉のお下がりである事に不満を持った事はなかった。むしろ、姉が着ていた服を着る時には心がときめいたほどだ。
 そもそも、ミスティのような上位の貴族が着ているドレスから豪奢な装飾品が外されて、働く貴族や裕福な商人が利用するような服屋に流る。そこから更に装飾品も何もかも取り外されたところで、裕福な平民に手が出せる古着屋に流れる。そんな古着屋から人手を経て古着屋を巡り、着古された服が普通の平民のお洒落な服だ。
 だから、姉が譲ってくれたもので何もかも足りていたアンセラは、自分の身の周りの物で父に何かをねだる事はほとんどなかった。
 これまでは。
(アリシェ様が誘ってくださって)
 ところが、この頃は問題が起きている。
 アンセラは、ミスティよりも、少しだが、背が高くなってしまったのだ。
 普段着るような服。あるいは裾に足し布を施せば整えられる物は良いのだが。どうしてもしっかりとした場で着るドレスは新調しなければどうしようもない。
(せっかく、お姉様にお会いできるのに)
 ドレスを新調する事は、アンセラのわがままではない。アリシェが誘ってくれた舞踏会は、アンセラの成人として初めて出席するのに良い夜会なのだ。広く貴族社会に顔見世をするその瞬間に、最も相応しい格好をする事は、オークラントという家の体面を保つ意味でも大切なことである。
 着られなくなった服などを売って得られたお金では、成人の夜会に相応しい一式を揃えるには足りない。
(この壺…売ったらいくらになるかしら)
 別に知りたくもなかったが、アンセラは浪費家にもいくつかパターンがある事を知った。
 例えば、オークラント家とはあまり仲の良くないアヴィラ伯爵家で浪費家として有名だった先代伯爵夫人などは、必要以上に見栄を張るために浪費する質だった。
 あるいは、アンセラの義母、彼女はそうした見栄とは無縁だ。むしろできる限り他人と関わり合いになるのを避けるためにこそ金銭を使う。人と関わりを避けるために金銭を使うというのは、オークラント家ほどの伯爵夫人としては、自分のためだけに金銭を浪費する事以外の何ものでもない。
 そして、最も貴族として嫌がられるのが、父のように見栄でも何でもなくただ無駄に使う浪費だ。見栄を張る行為は、貴族ならばよくある事だ。見栄を損なわない事が重要だから、やり過ぎれば周りが窘める事もできる。
 しかしながら、目的が金銭そのものを使う事のような父の場合は、そうした抑制が効かない。
(そもそも、いくらで買ったのかしら)
 アンセラはすっかり家に寄り付かない父が買った壺を、じっと見つめた。
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