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第3章:勉強

5.嫡子

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 主催者を通して、招待状をもらえるよう計らう。
 それは本来ならば、父母、なき場合は親戚の役割だが、アンセラはアリシェの力を借りてなんとか実現できた。
 伯爵家の嫡子が成人して初めて参加する夜会。
 このそれなりに限られた格式が必要な夜会で、かつアンセラが馴染み易そうな、その上ミスティも参加できるもの。アリシェは見事にその条件を満たす夜会の主催者に渡りを付け、招待状をもらえるようにしてくれたのだ。細かくは、ミスティが嫁したイジェス家の尽力も有ったというから、親戚が役割を果たしてくれたと言えなくもないが、存命で健勝な父母がいるのに親戚が手を貸さねばならないというのもおかしな話だった。
(会の招待状をいただくだけでも随分とお姉様にもアリシェ様にもご尽力いただいた。もうこれ以上のご迷惑はかけられないもの)
 アンセラは、数の少なくなった使用人達、特に気心の知れた関係を築けている使用人達を指図しながら、頭の中であれこれと考えていた。
「お嬢様、これは」
「それは物置に仕舞いましょう。全体の雰囲気に合わないから」
「はい」
「こちらは?」
「それは客間に運んで、今ある物と取り替えて。客間の物は物置にね」
「畏まりました」
 今、アンセラは屋敷全体の模様替えをしている。
 正確には、父親が買ってはろくに考えもせず家の中に置いて行く品々を整理しているところだ。
「あ、その棚の真ん中の赤色の置物も箱にしまって物置に入れておいて。棚に対して置き過ぎだから、ええ左右の間隔を整えておいてくれれば良いわ。この小机もしまいましょう。椅子もいらなくなるから一緒に持って行って。ええ、それは良いわ、そのまま――」
 ドカドカという足音が聞こえて、アンセラは言葉を止めた。
「何をしている!」
 顔を赤らめ肩を怒らせた父親が、だが酔ってはいない事を確認して、アンセラは微笑んだ。
「お父様が素敵な品々をお買い求めになられましたでしょう? せっかくなので、季節に合わせて少し模様替えをと思いまして」
 怯えて言葉に詰まることはない。ニコニコと淀みなく、何でもない事のようにそう言った。
「模様替え…」
 呟いて伯爵は左右を見回した。確かに、布製品を含め様々なものが冬めいている。
「はい。せっかくお父様のお眼鏡に適った品ですから、きちんと整えようと思いまして」
 物置に仕舞う際はきちんと取り扱いに注意するよう伝えてありますよ、などとアンセラが悪びれた様子もなく言い添えれば、伯爵は僅かにバツの悪そうな顔で、そうか、とだけ言った。
「まぁ、くれぐれも扱いには気を付けるように、大切な品なのだからな」
「もちろんです」
 バタバタと騒がしい室内を去る父を笑顔で見送ってから、アンセラは溜息を吐いた。
(仕方がないわ。だって、私は私なんだもの)
 本当は、姉のようになりたかった。
 だが、残念ながら自分は根が平民なのだろう。根っからの貴族としては振る舞えない。そうしようとすれば、何だかぎこちない人形になってしまう。
 だから、アンセラはアンセラなりに、オークラント家の嫡子になってみせるのだ。
(平民は平民らしく、貴族にはおべっかを使って裏で舌を出す、そんな風にするしかないのよ)
 アンセラは再び使用人達への指図を開始した。
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