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第4章:改めまして

1.伯爵の事情

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 大陸の中で、リブラ王国ほど多くの国と国境を接している国はない。
 小さな国も含めれば、五十二ある国の内、二十三もの国と接しているのだ。大陸の中程である事もあり、この国ではその勃興期から貿易というものが国の経済に深く関わっているし、貴族達の多くは商業的な経済基盤を持っていた。
 国内でほどほどな中堅の位置にいるオークラント伯爵家も、例には漏れず。伯爵は代々キュリオス商会の会頭も務めている事が多かった。無論絶対ではなく。伯爵は伯爵、兄弟姉妹や親戚が会頭、というように分かれる事もあった。
 そして、現在。
 実はオークラント伯爵は、妻と一人娘しかいない身の上にも関わらずキュリオス商会の会頭を務めていない。
(何故だ…)
 それは彼にどうしようもない難癖があるためだ。
 時に貴族の離婚理由になり、廃嫡理由になり、家を没落させる理由ともなる癖。
 浪費癖だ。
 彼の父であり先々代の伯爵は、長子である彼が成人する前に嫡子を彼の弟と定めた。
 彼にとっては到底飲み込めない事態だった。だが、抗議の声は浪費癖というあまりに説得力の強い理由を前には通らなかった。どんな公的な訴えを起こしても絶対に勝てないだろうという事は、彼に自覚はなかったが、誰に相談しても同じ答えが返ってくる事で知れた。
(何故だ)
 彼は忸怩たる思いを押し殺し、弟が伯爵となるのを見ていることしかできなかった。だから、弟が不慮の事故で亡くなった時。彼は悼む思いと同時に晴れやかな期待が湧き上がるのを止める事はできなかった。
 しかしながら、事は彼の望む通りには進まなかった。
 まだ存命だった父は、弟の一歳にもならない娘を嫡子とする事を定め、彼に姪を己の籍に実子として迎えその後見をするならば爵位を仮継承させると言ったのだ。条件を飲み込めないのならば勘当するとまで言われ、彼は不承不承ながら頷いた。
 仮だろうと、継いでしまえば実績を作れる。一歳に満たぬの姪の後見としてならば十年以上も実績を重ねる事になる。父も自分を見直すに違いない。
 彼なりの思惑は、全て上手く運ばなかった。
 実績を重ねるつもりだった彼だが、実務は全て父が執り行った。
 姪は、幼い頃から父が選び抜いた家庭教師に教えられ、齢十を数える頃には父から実務を手伝うよう言われるほどに優秀だった。
(何故…)
 何もかも上手くいかない。
 何一つ彼の思う通りにはならない。
 彼の苦悩は誰にも理解されぬまま募っていった。
 そんな彼の前に一筋の光明が見えた。
 今は娘となっている姪が成人する直前。父が亡くなったのだ。
「やっとだ」
 第三者が父の意を受けて姪を顧問に据えたキュリオス商会は手に入らなかったが、彼はようやく念願のオークラント伯爵という地位を正式なものとして継いだのだった。
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