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第4章:改めまして
2.伯爵夫人の憂鬱
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オークラント伯爵夫人が、まだ伯爵夫人になる前。
彼女はあらゆる希望に満ちていた。
中堅どころの子爵家の三人いる娘の真ん中であった彼女は、幼い頃から嫁いで家を出ていくのを前提に人生を歩んでいた。
不満など何もなく。ただただ、幸せになる未来を描いていた。
そんな彼女であったから、格上の伯爵家の長男と出会い、互いに憎からず思い、結婚の話がまとまった時には、我が世の春と舞い上がった。
(愚かであった…春がくれば夏秋と、その人生は暮れゆくものを…)
浮かれていた彼女の人生が翳ったのは、結婚後すぐに義弟が嫡子となった頃からだった。彼女が女主人となるはずだったオークラント家は、義弟とやがてやってくるその妻が主であり、彼女と夫はそれを支えるだけなのだと突き付けられた。
気が付けば、彼女の方が五年も前に結婚していたのに、我が子よりも先に姪を見る事になった。心穏やかならずも、心中を押し殺して姪を可愛がっていたが、夏の盛りのような過酷な日差しに炙られて、彼女の心はジリジリと焦げ付いていった。
義弟夫妻が不慮の事故で亡くなった時。
彼女は決して喜んだりはしなかった。だが、心を抑え付けていた軛が緩んだような気はした。
しかしながら、夏の終わりは秋の始まりにすぎなかった。
彼女の心を存在するというただそれだけで痛めつける姪を、実子としてが己の籍に入れる事が彼女の了承もなく決まったのだ。国の法律では確かに一歳に満たぬ子供は実子として養子にできるが、何故、何の相談もなかったのか。不意に吹き付けて背を震わせる秋風のような、ぞくりとした寒気が、彼女の心を震わせた。
だが、震えたのは一瞬だった。
己の感情はともかく、姪は哀れである。まだ父母の見分けも付かぬ幼子なのだ。大人の庇護がなくては生きていくこともできない。自身の子供には恵まれなかったが、それならば、この子を実子として、これから愛していけば良いではないか。
そう思い直した。
残念ながら、姪はあまりに彼女の実母に似ていて、心から我が子として愛する事はできなかった。だが、オークラント家の令嬢として必要な事は伝えてきた。割り切れぬ思いに蓋をして、見てぬ見ぬふりで、義務を懸命に果たしてきたのだ。
だが、そんな彼女を真冬の凍った湖に突き落としたのは、唯一信じ頼みにも思っていた夫だった。
彼には十三歳になる娘がいたのだ。
(何もかも…わずらわしいわ)
もう、彼女は諦めたのだ。あらゆる全てを、己の幸福さえも。
「奥様。お嬢様からお手紙が届いております」
「…そこに置いておきなさい」
彼女はもう十分に義務を果たした。これ以上は、何一つしたくなかった。
彼女はあらゆる希望に満ちていた。
中堅どころの子爵家の三人いる娘の真ん中であった彼女は、幼い頃から嫁いで家を出ていくのを前提に人生を歩んでいた。
不満など何もなく。ただただ、幸せになる未来を描いていた。
そんな彼女であったから、格上の伯爵家の長男と出会い、互いに憎からず思い、結婚の話がまとまった時には、我が世の春と舞い上がった。
(愚かであった…春がくれば夏秋と、その人生は暮れゆくものを…)
浮かれていた彼女の人生が翳ったのは、結婚後すぐに義弟が嫡子となった頃からだった。彼女が女主人となるはずだったオークラント家は、義弟とやがてやってくるその妻が主であり、彼女と夫はそれを支えるだけなのだと突き付けられた。
気が付けば、彼女の方が五年も前に結婚していたのに、我が子よりも先に姪を見る事になった。心穏やかならずも、心中を押し殺して姪を可愛がっていたが、夏の盛りのような過酷な日差しに炙られて、彼女の心はジリジリと焦げ付いていった。
義弟夫妻が不慮の事故で亡くなった時。
彼女は決して喜んだりはしなかった。だが、心を抑え付けていた軛が緩んだような気はした。
しかしながら、夏の終わりは秋の始まりにすぎなかった。
彼女の心を存在するというただそれだけで痛めつける姪を、実子としてが己の籍に入れる事が彼女の了承もなく決まったのだ。国の法律では確かに一歳に満たぬ子供は実子として養子にできるが、何故、何の相談もなかったのか。不意に吹き付けて背を震わせる秋風のような、ぞくりとした寒気が、彼女の心を震わせた。
だが、震えたのは一瞬だった。
己の感情はともかく、姪は哀れである。まだ父母の見分けも付かぬ幼子なのだ。大人の庇護がなくては生きていくこともできない。自身の子供には恵まれなかったが、それならば、この子を実子として、これから愛していけば良いではないか。
そう思い直した。
残念ながら、姪はあまりに彼女の実母に似ていて、心から我が子として愛する事はできなかった。だが、オークラント家の令嬢として必要な事は伝えてきた。割り切れぬ思いに蓋をして、見てぬ見ぬふりで、義務を懸命に果たしてきたのだ。
だが、そんな彼女を真冬の凍った湖に突き落としたのは、唯一信じ頼みにも思っていた夫だった。
彼には十三歳になる娘がいたのだ。
(何もかも…わずらわしいわ)
もう、彼女は諦めたのだ。あらゆる全てを、己の幸福さえも。
「奥様。お嬢様からお手紙が届いております」
「…そこに置いておきなさい」
彼女はもう十分に義務を果たした。これ以上は、何一つしたくなかった。
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