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第4章:改めまして

5.嫡子生活

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「お姉様!」
 見つけた人物に向かって駆け出しかけた足を止めたのは、随分と馴染んだ貴族の振る舞い、というよりは、姉の横に寄り添って立つ人物のためだった。
(もしかしてあの方が…お義兄様?)
 アンセラの声に反応して、傍らの男性に声を掛け、共にこちらに向かってくる姉の明るい表情が何よりも物語っている。
(相思相愛の運命の恋人!)
 一瞬、背が高く体格の良い人物が、その厳しいというより怖くさえ思える表情もあって、姉の横に何故こんな人がと思いかけた。だが、姉と目が合い、話し始めると、同一人物とは思えぬほど空気が変わった。柔らかく、姉を見る目が、どれほど愛しているのかを雄弁に語っている。
 アンセラは、全てが報われたような気がした。
 この二人を結び付けるために、自分が今ここにいるのだと思うと、全て間違っていないと信じられた。
「アンセラ、会いたかったわ」
「私もです。もうずっとお姉様にお会いできるのを心待ちにしていました」
 本当は結婚式だって出たかった。義兄の領地である北方まで行く事は許されなかったため、参加できなかったが、姉の手紙に書かれた花嫁衣裳姿を想像するだけで、自分が参加できない悔しさが募った。
「シィレンは元気ですか?」
「ええ。王都のお屋敷で毎日楽しそうよ」
 いつの間にか消えていたとアンセラが思っていたシィレンは、実は父の靴で爪とぎをしてオークラント家を追い出されていた。追い出すよう命じられた猫好きの使用人は、そこらに捨てるような事はできなかった。たまたま姉と共にイジェス家に言った御者と知り合いだった事もあり、連絡を取った結果、姉が引きとっていたのだ。
「貴方は? 毎日健やかに過ごせていて?」
「はい!」
 伯爵が買った、無意味に高い商品の買い替えは順調だ。借金を返済するには至っていないが、支出を抑え込む事には成功している。それに、義母から手紙の返事、彼女が持ちうる女主人としての権限の委任状、も届いた。今後、この夜会で成人した事が周知されれば、アンセラは嫡子という立場と、今よりも少しだけ広い権限を持てる。そうなれば少しづつ借金を減らしていく事もできるだろう。更に言うなら、この頃は父親の扱いも心得てきた。
(お父様は大金を使いたい訳ではないのよね。気持ちの良い買い物がしたいだけで…)
 できない事ではないはずだ。まだ、ここからならば。
 自分はまだ歩き始めたばかりで、これからもっと見方を増やしていけるだろう。何もかも、ここから始めるのだと思っていれば、なんだってきっと出来る。
 キラキラと輝く会場で、笑顔を浮かべる親しい人達に囲まれて、アンセラは心の中で気合を込めて拳を握り締めた。

□fin
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