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第4章:改めまして

4.協力

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「私、お友達に伺いましたわ! あのリグセントという商人はこの頃船荷でトラブルが有って、嘘を吐いてでもお客に品を売りつけるような強引な真似をするようになっているそうです!」
「なんだと…」
「きっとお父様が惜しみなく買って差し上げるからこれ幸いと同じものを売りつけようとしたのです!」
 自分が商人に騙されていた、という事を素直には認めたくなかった。だが、目の前に確かに品が有る。
「うぅむ…何という事だ。あれだけ贔屓にしてやったのに嘘など。素直に言えば買ってやるものを…」
「お父様の優しさを裏切るような商人とはもう取引を止めましょう。私、お父様の好きなピスケス王国の品を多く扱っている商人を見つけましたの! 今度はそちらでお求めになってはいかがですか?」
「ほう…ピスケスの」
「ええ。話を聞きましたところ磁器に限らずこの国では珍しい木工芸品も取り扱っているそうですわ」
「ふむ。それは悪くないな」
 お茶会に頻繁に参加するようになって、生意気になるかと思っていた娘だったが、どうやらそう悪くない情報を得てきているようだ、と伯爵は心の内で感心した。
「カタログを持って家に来るよう手配しておきますわ」
「ああ」
 畳みかけるように言葉を尽くして伯爵に頷かせてから、アンセラは内心で溜息を吐いた。自分のような小娘にさえあっさり乗せられるのだ。百戦錬磨の商人達にとって、伯爵はまるで金の生る木、いや、飛んで火にいる夏の虫だろうか。
 来た時とは正反対に上機嫌になって去って行く父親を見送って、アンセラは箱の蓋を閉めた。
 実は、リグセントという商人が伯爵に言った事は事実である。アンセラは先日リグセントの元を訪れ、父親が買い求めた磁器を買い戻すように交渉した。商人だという姉の友人の助言を得て、彼女は父親が買った物を出来る限り高いお金に変えるよう、密かに動いているところなのだ。
 ちなみに、箱の中にあった磁器のように、出来る限り代替商品も用意している。本当は、ただ売り捌いて、得られた金銭を全て借金返済に回したいが、出来る限り父親との間に確執を作りたくないのだ。それは、単純に目の届かない所で好き放題されたくないという現実的な考えと、やはりどうあっても父を嫌いにはなれない娘心だった。
(それにしても…お姉様のお友達って不思議な人達だわ)
 労働の必要性が無いのに家庭教師をしているアリシェもだが、今回、売買等の助言と協力体制を築ける商人を紹介してくれた青年エイクリスも、特に人品に問題が無いのに自分の意志で伯爵位を弟に譲って商会の会頭に専念している、貴族としては変わり者だ。それに、アンセラはまだ会った事が無いのだが、女性の身でありながら一年の半分以上を旅暮らししているという侯爵家の令嬢。ちなみに、当の姉も相当に不思議枠なのだが、身内の欲目で曇っているアンセラの目にはその辺りがどうも上手く映らない。
(でも、皆さまとても素敵)
 自分にも、そんな友人が出来るだろうか。
 アンセラは明後日に控えた夜会を思って、胸が高鳴った。
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