首無し王と生首王后 くびなしおうとなまくびおうごう

nionea

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 一方、アンネリザが部屋を抜け出した水仙の棟では、控えめな声がコレトーを呼び起こしていた。
「………陛下?」
 時刻は深夜にはならない、とはいえ、既に大半の人間は眠りについている頃だ。すぐに声には気付いたが、声の主が意外過ぎて困惑するコレトーに、僅かに焦った様子のレンフロは続ける。
「夜分に申し訳ない。どうにも、胸騒ぎがして…侍従殿には申し訳ないのだが、姫の様子を確認してもらえないか」
「は、はい。畏まりました」
 コレトーはレンフロが不思議な力を持っている事を理解している。その相手から、胸騒ぎがする、と言われれば否やはない。控えの間からアンネリザの寝室へ、ノックをして声をかける。だが、返事はない。一度、二度は眠っているだけとも思えるので繰り返すが、三度目は返事を要求しない。
「お嬢様? 開けますよ?」
 灯りを片手に扉を開くと、一瞥してもぬけの殻と解る寝台が目に入る。念のため寝台の下を照らして確認するが、アンネリザは影も形も見えない。
「いったい、何処に」
「侍従殿にも心当たりはないだろうか」
「いえ、心当たりと言われましても…」
 思い付く事はいくらでもある。ちょっと目を離すと何をするか解らないのがアンネリザだ。だが、悪さをしようとしていると必ずそわそわした空気が表に出てくるような素直さも持っている。明日からの復路を楽しみにはしゃいでいた事しか、コレトーには思い出せない。
(いや、だが…もしや)
 普段の主人の行動を思い起こして、コレトーはアンネリザの寝台から枕を持ち上げた。
 そこには真っ白な封筒が置かれている。
 寝台で悪さをしたり、何かを企んでいる時。アンネリザは九割九分枕の下にその痕跡を隠すのだ。幼い頃など枕の裏に焼き菓子を隠していて、開けっ放しの窓から鳥が大量に入り込んで寝台に群れるという騒動を引き起こした事もあった。
「それは?」
「解りません。文を取り次いだ覚えはないのですが…」
 自分が取り次いだ覚えはないが、今はマツもナナリスもアンネリザの周りに居る。彼女達が取り次いだのだろうか、とも考えたが、どちらとも一日の終わりには互いに情報をすり合わせるのが日課だ。今日、文を取り次いだという話は出ていない。
 コレトーは急ぎ中を確認して、額を抑えて天を仰ぐ。
(明らかに怪文書の類だというのに…)
 これ幸い、と喜々として黒椿の棟に向かう主の楽しそうな後姿が見えるようだ。
(おそらくのこのこと出向かれたのだろうな)
 夜に一人で黒真珠の部屋に向かい、そこで何かあったのかもしれない。
「すぐに向かいます。お知らせくださり、ありがとうございました」
「ああいや、私も、向かわせてくれ」
「助かります」
 コレトーにはレンフロが一緒に来ているという事は解らなかったが、向かうと言った以上一緒に来ているのだろうと判断して、傍目には一人で黒真珠の部屋へと向かった。
 アンネリザが開けたのか、文の主が開けたのかは解らない。だが、黒真珠の部屋までの道は全て開錠されている。駆け足に近い足取りで辿り着くと、そこにはアンネリザはおろか文の主さえ居はしなかった。部屋の空気にしても、人の存在を感じさせるものではない。もし誰かが居たとしても、極短時間か随分前の事だろう。
 最短になるルートを通って来たが、行き違ったのだろうか。もしかしたらだが、廊下で灯りを持って走るコレトーを見かけてアンネリザ自身が隠れたという事はないだろうか。この後、部屋に戻ったら狸寝入りのアンネリザが寝台で丸まっていたら、ここまで付き合ってくれている国王にいったいどう言い訳をすればいいのだろうか。
 コレトーの胃が、主人の危機ではなく、もしかしたらレンフロに無駄骨を折らせたのではないかと痛む。もっとも、同じような思いをレンフロも抱いていたが。
「すまない侍従殿…徒労に付き合わせてしまったのかもしれない。なんだか、もう大丈夫なように感じる」
「いえ、陛下。お知らせいただきました事は感謝に絶えません。その、恐らく陛下のお力の問題ではないかと。お嬢様の事ですから、自力で危機を回避したのかもしれません。とにかく、一度部屋へ戻ってみます」
 これで寝台に主が丸くなっていたら、どうしてくれよう。そう思いつつコレトーは急ぎ足で来た道を戻った。
 だが、部屋にアンネリザは戻っていない。
「一体何処に…」
 念のため寝台や机の下、クローゼットの中も確認したが、潜んでいなかった。
「侍従殿。胸騒ぎは、しないのだが…少し付き合ってもらえるだろうか。水仙の棟の裏手ではないかと思う…」
 レンフロの声音が、今までのどこか焦りを含んだものとは違った。そのため、コレトーは、主の危機が去ったかもしれないと安堵しつつも主の不始末かもしれないと不安になる、という心境を抱えつつ言葉に従う。
 灯りを手に水仙の棟の裏に出た。
 そこからはレンフロの言葉に従って歩き、昨日まで山羊達が居た柵のあたりにある小屋の前に辿り着く。
「ここのようだ」
 レンフロの呟きが聞こえ、何故こんな所にという思いが湧くが、一先ず扉を叩いて呼びかけた。だが、中から返事は聞こえない。扉横の窓には隠しがひかれているため、中の様子は解らない。そして、扉の鍵は外側から掛けられている。
(お嬢様は閉じ込められたのか?)
 鍵そのものは壊せないが、鍵を通している金具は簡易なものなので壊せなくはない。だが、この城の最高権力者が傍にいるのだから許可をもらって鍵を借りてくるべきだろう。しかし、許可をもらおうと口を開きかけたコレトーの逡巡と焦りが届いたのか、レンフロが意外な事を言う。
「侍従殿、鍵を壊してもらえるか。責任は私にあるので気にせずとも良い。危機的な状況ではないだろうが、とにかく、無事な姿を確認したい」
「畏まりました」
 渡りに船とはこの事だ。コレトーは灯りの台座部分を躊躇い無く鍵にぶつけた。鍵は嵌まったまま、木製の扉に打ち付けられていた金具が壊れ、扉の開閉が可能になる。
 そっと開けると、何故か下が発光している寝台で、アンネリザが丸まっていた。
「お嬢様!」
 それなりの大声を上げつつ駆け寄るが、アンネリザに反応はない。もっとも、近付いて肩をゆすってみれば、安らかな顔で寝ているだけだと解る。何が有ったのか、ガウンに汚れが目立つが、怪我をしているようには思えない。
「お嬢様、起きていただけますか。事情をお伺いしたいのですが。お嬢様」
「んんぅ…こぇとぉ…さっき寝たばかりだから」
「寝ても良いですが部屋に戻って着替えてからにしてください。そのついでに事情を話して下されば良いので」
「良いわよぉ着替えなんかぁ…眠いもの」
「陛下がおいでですのでしゃきっとしていただけますか」
「…えっ!」
 アンネリザが勢い良く身を起こす。きょろきょろと辺りを見回す目が輝いているのは、レンフロが首ごと来たと思ったからだが、生憎声だけだ。
「無事で、良かった」
 ただ、完全に目覚めたので、部屋へ戻る事はできた。
 すぐに寝るように寝巻きに着替えて、室内用のガウンを着たが。
「随分とご心配をおかけしましたようで、誠にありがとうございました」
 部屋への道中で、コレトーが自分を探し出すに至った経緯を聞いたアンネリザの目は、先程までの眠気も疲労も吹き飛ばしてキラキラと輝きだしてしまった。
「陛下には人の気配を辿るお力もお有りなのですね!」
「いや、どうだろう。不意に胸騒ぎがして、姫の顔が浮かんだのだが」
「時間から考えるに、私が階段に落ちそうになった時かと。あれはさすがにひやりとしたので、その私の危機感が伝わったのではないでしょうか? きっと普段から念話をできないか試行錯誤を繰り返しておりましたから、互いを繋ぐ糸のようなものが生まれたのかもしれませんね!」
「そう、だろうか…」
「間違いありません!」
 互いを繋ぐ糸。言葉だけ聞けば、まるで恋物語の一節のような事を言っているのにな、とコレトーは溜息を吐く。
「ところで、お嬢様は何故あの小屋に?」
「ああ、私、黒真珠の君の秘密を教えてもらったの」
 秘密という言葉に、コレトーは思わず小屋から持って来た光る石を見つめた。
「あの光っている石ですか?」
「さぁ、それは解らないけど。黒真珠の君が忽然と消えた謎は解ったわよ。あの部屋の寝室には隠し扉があって、そこから隠し通路があの小屋に通じていたの。あ、あと納戸にも繋がってたんだけど」
「では、あれは?」
「よく解らないわ。建築王様のご遺産ではないかしら。陛下は何かご存知ですか? たぶん昔書物で読んだ炎を閉じ込めた石だと思うのですけど」
「炎を閉じ込めた石に建築王………もしかしたら、建築王の代に行方不明になったという『霊炎の幻灯』かもしれないな」
「まぁ! なんですか? その心ときめく響き!」
「精霊王の七聖宝の一つだ」
「七聖宝!」
 具体的な内容は知らないが、精霊王が国の開闢にあたって生み出した七聖宝と呼ばれる存在は知っている。アンネリザは頬に手を当ててはしゃいだ。
 だが、コレトーに宥められ、レンフロにも詳しい事は話せないと言われてしょんぼりと肩を落とす事になる。
「まぁ、でも。これは花の館に有ったものですので、どちらにせよ陛下にお渡しいたしますね」
「ああ、では明日、見送りの際に受け取ろう」
「畏まりました」
 一度は盛り上がったが、七聖宝の話が聞けないと解ったアンネリザの瞼は、テンションの落ち着きと共にとろとろと下がっていた。それに気付いたレンフロは、微笑ましく思いながら、別れの言葉を告げる。
「では、もう帰ろう。どうか、良い夜を姫」
「さようでございますか。どうぞ、陛下も良い夜をお過ごしくださいませ」
 挨拶を交わしてから少し経って、アンネリザは腰掛けていた寝台に倒れこんだ。
「さすがに疲れたわぁ…」
「まだ、お伺いしたい事があるのですが」
「無理ぃ、もう無理ぃ、何でも話すから明日の朝にしてぇ」
「畏まりました」
 もぞもぞと脱皮するように脱がれたルームガウンを受け取り、おそらく霊炎の幻灯であろう物を持つコレトーだったが、半分目の潰れたアンネリザが、今だけは堪能したいから貸して、と手を伸ばしてくるので渡した。
「おやすみぃ」
「おやすみなさいませ」
 眩しいだろうに霊炎の幻灯を抱えて微笑みながら、アンネリザは早々に寝息を立て始める。本当に疲れたのだろう。コレトーはその様子に苦笑を浮かべながらも安堵し、控えの間に下がった。
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