首無し王と生首王后 くびなしおうとなまくびおうごう

nionea

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30.

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 翌朝、豪奢な馬車が立ち並ぶ中で、頑丈さに重きを置いた長距離用の馬車を見て、アヤメは息を呑んだ。
 何事もないかのようにアンネリザの馬車の支度がされているのだ、驚かない訳が無い。もっとも、何かあったと気取られないようにそうしているとも考えられる。
 だが、落ち着かない思いで樅の間に向かうと、末席に座るアンネリザを見つけてしまった。あっというまに血の気が引き、足元がふらつくが、何とか空席にかける。
 どうやって出てきたのだろう。いや、それよりも、もしレンフロに昨夜の事を言われたら。様々な疑問が渦を巻きながら噴出し、これからレンフロに会うという大事な時に、アヤメはずっしりと心が重くなってしまった。まさか相手が自分の嫌がらせを、嫌がらなければ嫌がらせにはならないから私は嫌がらせなどされていない理論に則って、好意として受け止めているなど、思いつく訳がない。
 花の館に入っている令嬢の全員が樅の間に揃って、しばらくすると、先触れの使者がやってきて、レンフロがもうすぐ来ると告げる。
 お喋りや動きでざわついていた室内は、一斉に静まり返り、全員が椅子から立ち上がった。
 ほどなくして、静かな足音と共にレンフロが入室する。
 一斉に、というにはバラつきがあったが、令嬢全員が膝を折って礼の姿勢をとった。
 レンフロはできる限りの早足で用意された椅子に向かう。座すとすぐに声をかけ、着席を促した。
(あら?)
 アンネリザはさっと席に座ったのだが、他の令嬢達が立っている。
(………謁見の間での玉座対応ってここでもしなきゃいけなかったのかしら。やっちゃったわぁ)
 玉座対応というのは、簡単に言うと一度促されたくらいでは座らず、二度目で座るというものだ。アンネリザの知識では謁見の間で国王と面会する際の最上級の儀礼だと聞いていたので、ここでもやるとは思わなかった。
(樅の間の椅子は玉座と同等なのね)
 アンネリザはそう考えていたが、そんな必要はない。少なくとも紅菊派の令嬢達は一度目で座る気だった。だが、他の令嬢達が動かなかったため足並みを揃えたのだ。
 彼女達の様子に、レンフロは口元に当てた手の影で小さく溜息を吐くと、再び着席を促した。
 事ここに至っては、僅かばかりの時間の引き延ばしなど無意味だ。それは言わなくとも彼女達が理解していると察せられるので、口には出さない。
 変な希望を持たせる事の無いように、できるだけ関わらないように過ごしたが、レンフロとて自国の民の一員である彼女達を嫌っている訳ではない。王として、あるいは考え方としては父親のような立場で、彼女達なりの幸せを掴みとってもらえればと願っている。
(もっと、うまく立ち回っていれば良かったのだろうな)
 正式な場ということか、侍従ではなく近衛らしい帯剣した騎士が文章を読み上げていた。
 その声を聞きながら、レンフロはこの騒動を思い返す。
 どこかで、夢を見ていた。いつか自分の子供を、孫をその腕に抱く母の姿を、自分の血が流れる子が愛される姿を見る、その夢を捨てきれなかったのだ。それが、はっきりと結婚しないと断言できなかった理由だ。
 だが、自分の歳を鑑みれば、未だ早いと言えば、結婚の話そのものを流してしまえると思っていた。父に特殊な力が無かったように、自分の子だからと力を持って産まれるとは限らないのだから。
(結局…アケチの姫に迷惑をかけ通しだ)
 瞼を閉じ、そっと視界を飛ばす。
 用意された席の端に居るアンネリザの、笑みを押し殺すように唇をぎゅっとつぐんだ顔できょろきょろと目を動かしている姿が見えた。本人はじっとしているつもりかもしれないが、首が揺れていて、それを控えている侍従のコレトーが心配そうに見つめているのも解る。微笑ましさを感じるが、表情には出さずに再び瞼を開いた。
 レンフロが心配して見ていた事にも、コレトーが心配して見ている事にも気付かないアンネリザは、彼女なりの真剣さで口上に耳を傾けている。
 内容は、国王と宰相達の意思疎通に不手際があり迷惑をかけたが許せ、侘びを受け取り速やかに退城するように、という事だ。
(内向きとはいえ、結構はっきり陛下と宰相のやり取りが悪かったって認めたのね。陛下らしいといえばらしいけど、宰相の方も了承したのは不思議だわ。こんなにはっきり陛下に従うなら、何だってこんな騒動になったんだか。心持ちクランドの姫様が俯いてらっしゃる気がするわ。いつもつんと形のいい鼻が上を向いてらっしゃるのに………いや、陛下の御前なんだから当たり前か。それにしても、お詫びってあの侍従の方の後ろに積み上がっている箱かしら。親書の文箱に似てるけど、大きいわよね。何が入ってるのかしら? 楽しみだわぁ)
 口上が終わると、下賜品の贈答が行われ始めた。一人一人がレンフロの前に進み出て贈答品を受け取るため、何か一言を期待して品物を受け取った後も御前に残る令嬢もいたが、結局は一言もなく侍従に促されて下がっていく。
「頂戴いたします」
 全令嬢が固唾を飲んで見つめていたが、アンネリザも特に何事もなく受け取り、下がっていった。
 張り詰めいていた樅の間の空気が弛緩する。
 紅菊派にとっては、何かあって欲しいという期待が裏切られ、それ以外の派閥にとっては、何もあってくれるなという期待が、その通りになった形だ。
 見つめられていた本人も、視線には気付いていたが、
(思ったより軽いわね。もしかして紙かしら! だとしたらカードだと嬉しいわ。舞踏会の招待状みたいな淡い紅色のカード欲しいのよね。もし、入ってたらアキに誕生日のお祝いを書きたいわ)
と、箱の中身を想像する事に意識の全てを持っていかれていた。
 結局、この一連の騒動は、国王陛下の心に適う后は居なかった、という結論を迎えた訳だ。
 元々レンフロが結婚に対して意識が低いということは、ここにいる誰もが解っていた。とはいえ、個人的に会って話などができればきっと仲を深める事ができる、と信じてここまで来たというのに、ろくに勝負の場も設けてはもらえなかったのだ。王后の座を望んでいた令嬢達の悔いと心残りは果てしない。
 必ずしも結婚しなくてもと思っていた紅菊派の面々とて、もし機会が有ればとは考えていたのだ。
 立場は逆の当事者であるレンフロとて、目論見通りに解散に至ったとはいえ、そもそもこんな騒動を起こしたくはなかったのだから、気持ちは何の憂いも無く晴れやかとはいかない。
 だから、この状況を晴れやかな気持ちで迎えたのは、アンネリザとのほほんとした表情をしているウィーネの二人だけだろう。
 その後、散開となり、レンフロも含め全員が花の館の正面へと移動を開始した。正確にはまずレンフロが退室して、樅の間脇の部屋に入り、その間に令嬢達が正面前に向かったのだが。
 そして、ナナリスに下賜品を預けたアンネリザは、布にくるんだ霊炎の幻灯をレンフロに渡すため、正面近くの小部屋に入る。
 部屋には既に先客が居た。
(あら、珍しいわね、女性官僚の方って)
 アンネリザは役職を判断できないが、官服に身を包んでいるので、事前に聞いていた西斎院管理局の人間だろう。
 西斎院というのは主に古くから伝わる王家の宝物を管理している宝物庫の呼び名である。今回見つけた松明もどきが真に霊炎の幻灯かどうかを判断するための人員だ。ちなみに、線が細く、小柄だが、彼は男性である。女性官僚は襟章に月薊がモチーフのものを着ける規定がある。
「あ!」
「あら…」
 下座の椅子にかけていた人物は、アンネリザを見ると慌てて立ち上がり、膝に乗せていた書物を床にぶちまけた。穴に紐を通して束ねていた物を、どうやら確認するために解いていたらしい。
「コレトー手伝ってあげて」
 本当なら自分でも拾ってあげたいところなのだが、正装のスカートのボリュームでは床の紙を拾うのは難しいのだ。
 遠めにあった紙を集め拾って渡すコレトーに、まだ年若い官僚が何度も首を振る。
「ああぁ、すみませんすみません」
「いえ」
 順番を揃えるためだろう、さほど広さのない机に紙を所狭しと並べ、あっちをこっち、こっちをあっちと積み重ねていった。ただ、レンフロが入室した際に再びぶちまけていたが。
(………官僚でもそそっかしい方っていらっしゃるのね、なんだか親近感)
 再び謝りながら拾い集めた紙を、後で揃えますと言って椅子に置き、一枚の紙を手に椅子の傍らに立った彼は、ハツフサ・イーゲンと名乗った。その名乗りを聞いて、アンネリザはようやく自分の勘違いに気付く。
 レンフロも到着したので、名残惜しくは思いつつもアンネリザは、机の上に包みを置き、後をハツフサに任せた。
「持ち手が代わっているようですが…石は、霊炎石に間違いありませんね。大きさ…加工も…記載通りです。これは霊炎の幻灯で間違いありません」
「そうか」
 本物だったと聞いて、アンネリザもほくほくだ。霊炎の幻灯でなかったとしても不思議な物である事には変わらないので嬉しかったが、こんな珍事でもない限り生涯で目にする事もなかっただろう精霊王の七聖宝を手にできたのだ。嬉しくない訳がない。
 だが、この場で最も喜んでいたのはアンネリザでも、宝物が戻ってきたレンフロでもなく、ハツフサだったが。
「あ、あぁ、ありがとうございます! ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます!」
 アンネリザとレンフロにぺこぺこと何度も頭を下げる。
 代々西斎院管理局勤めのイーゲン家では、霊炎の幻灯紛失時に、ちょうど局長として勤めていたのだ。建築王からは特に咎めは無かったが、責任を感じて辞職して以降、局長の任を辞退し続けていた背景があった。
「そうだ、姫。宝物発見の礼を何かしたいのだが」
「え、いえそんな、見つけたのは偶然ですし、それに私に黒真珠の君の部屋の事を教えてくださったのは………」
 アヤメだと言いかけて、アンネリザは言葉を止める。考えてみれば王城内の建物の設計図を持っているというのは、普通の事なのだろうか。せっかくの好意に仇を返すような事になってはまずい、だが、国王に隠してもまずい。
「あ、あの陛下…ちょっと、その、お話が」
 こそっとレンフロに声をかけ、アンネリザに応じる。その二人の姿にハツフサは内心で首を傾げた。あまりに自然な動作だったからだ。
 まずは遠まわしに設計図の事に触れ、その写しを持っている事が何らかの悪い事になるのかを確認するつもりだった。だが、あっさりとフランドール家か、と返されてしまう。
「歴代が皆軍務に関わっている関係上もあるが、特に建築王代に側近の一人が居たからな。設計図の写しも下賜品としていくつかあるのだろう」
「然様でしたか」
「フランドール家の姫が、隠し部屋について教えた、という事だな」
「はい。私が気にしていたのでご好意で。あの、私が聖宝を見つけられたのは全てフランドール家の姫様のおかげですので、何かそのお礼を頂けるというお話は、どうかあちらに。私はもう色々とご褒美を頂いているようなものですし」
「………解った」
 レンフロが考え込むように顎に指を当てて首を傾げているのをきょとんと見つめたが、とりあえず肯定されたし良いか、と判断した。しばらく考え込むレンフロを見つめている事にする。
「すまない。もう行こう」
 視線に気付いたレンフロが、アンネリザの出発時間が遅れるのはまずいと思い出し、慌てて退室を促した。
 アンネリザとしては大して気にしていなかったが、促されて抵抗する理由はない。何の気なしにレンフロと正面玄関に向かう。
 取り巻き組とも言うべき令嬢達は既に去っているようだったが、各筆頭令嬢達の保護者方という、お歴々とも言うべき面子が正面玄関に控えているとは思っていなかった。
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