首無し王と生首王后 くびなしおうとなまくびおうごう

nionea

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31.

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 遅れてやって来た人間を確認している視線。そう納得するには長時間見つめられ、さすがにアンネリザもたじろぐ。
(さっさと帰ったものと考えていた私が浅はかよね…そりゃあ、直接陛下にご挨拶できる可能性があるならいくらでも待つわよね、そうよね。あーあ、もう、女性の値踏みする視線は慣れっこだけど…男性のはまた違うものね。何だか気持ち悪いわ)
 恐怖感よりも嫌悪感が強い気がするのは、本能的に相手を対立するものと捉えているからだろうか。それとも、単純に女性の視線には慣れているからというだけか。
(お父様やお義兄様方には感じた事がない感覚ね…他人という意味では同じでも陛下にも感じた事はない感覚だわ。まぁ、陛下は私に興味が無いものね。私の方が一方的に興味を抱いてずけずけ無礼を働いているのだし)
 元は他人である義兄達も、アンネリザが生まれた時から義兄だった相手がほとんどだ。身内から、あるいは、自分に関心の無い人間からの視線とはだいぶ違う、痛みに似た熱視線に、少しだけ背筋が粟立つ。
(こんな小娘だし。邪魔な敵と思われてるだろうから、好色さではないのだろうけど…いや、女として陛下の側に居る姿を値踏みされているのだろうから、色の関わる視点で見られては、いるのかしら?)
 その結果は、こんな小娘が何故というものだろうが、等とは思いつつ、アンネリザは溜息を飲み込んで令嬢仮面を被り直し、微笑を浮かべた。
(まぁ、ちょうど良いか)
「陛下。また、お会いできる日を心待ちにしております」
「私もだ」
 アンネリザは、礼をとってレンフロの隣を辞すると自分の馬車へ向かう。まかり間違っても話しかけられないように、脇目もふらずに馬車の中に入った。
 アヤメは、自分の視界で見えているものが、急に白黒に変わっていく錯覚を覚えていた。
(直接…会話をしたの………)
 気が付いた時にはアンネリザの姿が見えず。その後レンフロもどこかに行った。かと思えば、共に現れ、今、自分に向かってレンフロの視線が注がれている。アヤメは、膝から力が抜けてその場に崩れ落ちそうだった。傍らに迎えに来た父が居なければ、実際崩れ落ちていただろう。
(昨夜の事………)
 どんな形で伝わったのかは解らない。だが、アヤメはあの瞬間アンネリザが二度とあの隠し部屋から出て来れなくても良いと思っていた。それは、遠回しに死んでしまえ、と思っていたという事だ。
(陛下に知られてしまった)
 膝も唇も小刻みに震える。
 その暗く沈む表情に、アンネリザは暢気な表現を使っていたが、アヤメの方には悪意が有ったのだろうと理解できたレンフロは、カツラに声をかける。
 カツラは、レンフロの言葉に従ってフランドール家へと近付いた。型にそった挨拶の後で、褒美の話を持ち出す。
「この度、アケチ家の姫様に於かれましては、王家に対し多大なるご貢献がございました。然しながらそれはフランドール家の姫様の助力あっての事と申され、恩賞をご辞退されました。フランドール家の姫様に於かれましては、如何されますか?」
 当然辞退するだろうという響きの言い方に、フランドール家の現当主は少々眉を顰めたが、口を挟む事ではないと判断してアヤメの様子を伺った。
「私は、何もしておりません」
 アヤメは震える声でそれだけ言うと、よろけるように馬車に乗り込んでしまう。父は、慌ててそんな娘の態度への詫びを侍従長に入れたが、侍従長は終始変わらぬ笑みのまま、近付いて来た時と同じように型通りの対応で去って行った。
 どういう事かを問い質そうと父が馬車に乗り込むと、アヤメは泣きそうな顔で馬車を出すよう懇願する。一刻も早くこの場を立ち去りたかったのだ。
 事情は飲み込めないながらも、尋常ならざる娘の様子に、結局、フランドール家の馬車は誰よりも先に花の館を出発する。道中父は何度も娘に声をかけたが、アヤメは絶対に訳を口にする事はなかった。
 去りゆく令嬢達の素早い動きとは違うが、それでもキビキビと、アンネリザ陣営も立ち去る準備を進めている。
 コレトーは馬車の中に引っ込んだ主人には特に声をかけず、馬車の外で話し合いをしていた。室内に忘れ物などがないかを最終確認したマツから報告を聞き、積荷の状況と貴重品の確認を行ったナナリスから報告を聞き、帰りの道順や旅程について細かく書き込まれた資料をディオから受け取る。
「あの、このまま何もしないで大丈夫なのでしょうか…?」
 僅かに怯えたようにナナリスが口にしたが、マツが常と変わらぬ微笑みで応じる。
「陛下の命に従って退城するのですから、その手を止める必要はありませんよ」
 視線は突き刺さるが、声をかけられない以上は構ってなどいられない。王都の屋敷に帰っていく他の令嬢達とは違い、彼らの主人は長期旅行への第一歩なのだ。
「全て問題無いようですね。我々も出立しましょうか」
「はい」
「もうお別れだなんて、なんだか寂しいです」
 コレトーとマツは笑顔で頷き合ったが、ナナリスは肩と眉尻を落とした。
「きっとまた会える機会もありますよ。奥様方は仲の良い姉妹なのですから」
 ナナリスの肩を叩きながら、マツが慰めの言葉を口にしていると、コレトーが小さく呟く。
「近く次姫様のご結婚のために皆様王都に集まるのではありませんか」
「ああ、そうでしたね。わたくしも奥様と一緒に王都に来る予定です」
「では、マツさんにはまたすぐ会えるかも知れませんね。お嬢様は?」
「今回の騒動がありましたから。王都の式には」
「あら、私だって王都の式には参加するつもりよ」
 侍従達の会話を窓の隙間から聞いていたアンネリザは、顔は出さないようにしつつ会話に加わってきた。
「こんな騒動に巻き込まれて、またすぐ王都に来るおつもりなのですか」
「王都と言っても外区の式場だし」
「おそらくですが、旦那様は許可されないと思いますよ」
「えぇ………」
 自分はミノレッタの式に何としても参加するのだという強い意志を表明しようとしていたアンネリザは、呆れ顔のコレトーの後から他人が近付いて来る事に気付いて黙った。
 視線の動きでその事に気付いたコレトーも顔を向ける。マツ達もすぐに気付き同じように見つめた先には、シトロベルを斜め後に従えた男性が歩いて来ていた。アンネリザ陣営の誰一人として、その人物の正体は知らないが、歳と状況からして、シトロベルの父親だろうとは推察できる。
(クランド家の方って正面切っての攻撃がお好きなのかしら)
 友好さは感じられないが、口元だけには笑みを浮かべた人物は、アンネリザの馬車を見ながら挨拶をした。窓を少し開けてはいるが、隠しがあるため、外からアンネリザの姿をはっきりと捉える事は出来ないだろう。だが、そこに人が居るかどうか位の判断はできる。彼は真っ直ぐに馬車の窓、アンネリザの居る位置に向かって声をかけていた。
 ただの呼び掛けで、名乗りも、父親だと言った訳でもなかったが、事前情報で聞いていたシトロベルの父親、クランド・オルザヴェンだと推定して、アンネリザは扇を開いた影で小さくため息を吐いた。声をかけられたからといって相手にする気ははないのだ。
「コレトー」
 小さくコレトーを呼んで、後は黙る。
 しっかりと頷いたコレトーはオルザヴェンの視線を遮るようにし、軽く腰を折ると出立間際で急いでいるという事を伝えた。
「ああ、そうでしょうね。なに、引き止めようというのではありませんよ。この後我々の屋敷でもてなしをさせていただきたいというだけです。娘が、世話になったようですしね」
 世話と強調する様がいかにも攻撃的だ。実に良く似た父娘である。
「せっかくのお申し出ですが先を急きますので」
「ご心配なさらずとも滞在中のもてなしは私共が持ちますよ」
 誰も金銭面の心配など口にしていないのだが、アケチ家の内情など把握済みだと言いたいのだろうか。断りの理由はそもそもそんなところにはない。
「いえ、あと数刻後には王都を出ていなくてはなりませんので」
 取り付く島がないコレトーの態度に、オルザヴェンは肩を竦めて苛立ちを表した。
「末姫殿、お出でいただけませんかな。貴方の侍従殿とでは話にならない」
 この時、コレトーとマツが纏う空気を凍りつかせ、ナナリスとディオはそんな二人に驚く。
(話にならないって、こちらの台詞でしょうに)
 はっきりと言ってしまえば認識の差だ。
 アンネリザ、コレトー、マツにとっては、親しくもない同格の家の男性が、名乗りもせずに未婚の令嬢と直接話したいと言い出した無礼極まりない状況であり。
 クランド側、ならびに王都貴族に慣れ親しんでいるナナリスとディオにとっては、目上の人間が余人を排して問答したいと言い出した、という状況に過ぎない。
 この認識の差に、悪はない。王家に対する以外、礼儀作法は特に法に規定されていない。ただ、どちらかといえば古式に則った常識的な対応は、アンネリザ達の考え方である。
(この場で王都の慣習が私相手に通じると考えるのは…浅慮ではないかしら)
 単純に、アンネリザが相手をするのが面倒臭く感じるという事でしかない。最後の最後でクランド家との間に大きな禍根を生み出すか、と悩んでいると、救いの主が歩いてきた。
 いち早く気付いたコレトーがアンネリザの合図で馬車の扉を開ける。クランド家の父娘はようやく出てくる気になったか、といった顔をしたが、無論そうではない。侍従の手を借りて馬車を降りた彼女が向かい合ったのは、文箱を手に歩いて来たカツラだ。
「出立のお忙しい時にお手間を取らせてしまい、申し訳ございません」
「お心遣い有り難く存じます」
 カツラがコレトーとやり取りをする中、アンネリザはちらりとクランド家の様子を伺った。父娘揃ってカツラの手元にある文箱を注視している。
「こちら、我が主よりの文でございます」
「確かに承りました」
 コレトーに文箱を渡して礼を取るカツラに、アンネリザも礼を返した。カツラが戻っていくのを少しの間だけ見送って、すぐに文箱を持ったコレトーと共に馬車へ戻る。踏み台に足をかけたところでクランド家が動く気配が伝わったが、マツが動いたのも解ったので、躊躇わずに乗り込んだ。
「ええい、そこをどけ!」
「恐れ入りますが、主は出立の時間でございますれば、邪魔をしないでいただきたい」
「なんだと」
 自分より背の高い男性の怒鳴り声にも、一歩も退かぬマツの冷たい表情に、ぞっとしたようにシトロベルの方が一歩退く。隣りの父も退きこそしないものの冷や汗を浮かべて佇んでいる。
「マツさん」
 戸惑いながらも自分の責務を思い出したディオがマツの傍らに立って声をかけた。マツは視線をクランド家から外さずに、その声に答える。
「お嬢様がお立ちです。各自、予定通りの行動を」
「は、はい」
「待て」
「どうもご理解いただけていないようなのではっきりと申し上げますが」
 ディオとナナリスに声をかけ、行動開始と共にマツの視線が外れる。その事で妙な緊張から解放されたクランド家の父娘は再びアンネリザ一行を止めようとするが、最早遠慮を辞めたマツの視線に再び硬直を余儀なくされた。
「我らが主は王命を受け入城され、再び王命によって退城なさいます。その足を止めると仰るのであれば、正式な手順を踏まれて下さい。これ以上の行動の阻害は、王命への叛意と受け取ります」
「なっ…」
 言葉を失ったクランド家から視線を外し、マツは振り返ると困惑していたナナリスとディオに声をかける。
「手を止めずに、早々に帰りますよ」
「はい」
「すぐに」
 もとよりアンネリザが馬車に乗り込み終わっているのだ。ナナリスやディオがのろのろしているわけにはいかない。二人は様々な意味で慌ててアンスバッハ家へ帰る馬車へと乗り込んだ。
 二人が動き出したのを確認して、マツも早々に用意されている馬車へ乗り込む。
 窓から御者に確認を取っていたコレトーからの言葉で、アンネリザは出発を告げた。
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