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第4話 二人きりの夜 ②
しおりを挟む「あとは、添い寝だけど。これも日替わりでお姉さんたちと寝てたわけ?」
「生まれてから一度も一人で寝たことはありません」
「一度も!? じゃあ、修学旅行の時なんかどうしてたの? 何人かで同じ部屋に泊まるにしても布団は別だよね」
「おやつで買収したクラスメイトに頼んで同じ布団に寝てもらいました」
そこまで徹底しているとは! もはや筋金入り。
「普通、おやつごときで買収されるかな? もしかしたらその子、君のことが好きだったんじゃない? 趣味と実益を兼ねて喜んで添い寝したりして」
「それはないと思います。同性ですから」
彼はわかっていないようだ。もしも、そのクラスメイトが同性愛志向だったら、この美形に食指が動かないはずはない。
「ま、身の危険がなければいいんだけどね。ところで、俺のベッドだけど、シングルだから大の男が二人で寝るにはちょっと狭いよ。ソファを隣に並べる?」
俺の身長は188cm。中学の頃からバスケットボール部に所属し、大学では一年生からレギュラーを張っていた。
三年生の時に新入生の麗羅がマネージャーとして入部してきた。その圧倒的な可愛らしさに俺は一目で恋に落ちた。競争率は高かったが、勇気を振り絞って交際を申し込み、OKの返事をもらって晴れて恋人同士になった。卒業後は俺の就職のために離ればなれになったが、ずっと遠距離恋愛を続けているのだった。
「ソファは要りません。ベッドから落ちないように抱き合って寝ましょう」
「えっ!」
男同士で抱き合って寝る。それは果たして、気持ち良いのか悪いのか。考えるまでもない。後者に決まっている。
「君はそれでいいわけ? かなり窮屈だよ。ちなみに身長何センチ?」
「179cmです」
「惜しい。あと1cm高かったら180だったのに。普通言っちゃうよね、サバ読んで180cmって。男ってそういうとこ見栄張るから。だけど、君は正直なんだね」
「身体は正直だと、よく言いますよね」
と、颯也は深く頷いた。
いや、そこはそう言いながら頷くところではない。そもそも『身体は正直』の使い方が間違っている。
しかし、まぁ、いい。彼は少々ズレていて、さらに天然なのだろう。
「俺は190cmくらいになりたかったんだけどね」
「真田さんは十分に長身ですらりとしていて、それに精悍な顔立ちで、どこからどう見ても、とても素敵です。麗羅姉さんが真田さんを好きになるのも納得できます」
「そうかね。あははっ」
俺は嬉しくなった。心なしか憧れの眼差しを向けられている気もする。それに、面と向かって精悍だの素敵だの言ってくれて、自分の姉の彼氏として納得できると言う颯也に好感を抱いた。
ただの我儘な甘えん坊だろうと侮っていたが、話すほどに彼のイメージが変わってきた。ズレているところも天然が入っているところも大目に見よう。
「そうですよ。麗羅姉さんがうらやましいくらいです」
「はははっ、うらやましいは言いすぎだろう」
姉弟揃って俺を? 否々、そこまで自惚れてはいけない。これから世話になる俺へのリップサービスなのだろうから。
「それほど真田さんが素敵だということです」
「よしっ、君の言う通りに抱き合って寝よう」
おだてに乗りやすい俺は既にこの時点で颯也に褒め殺され、籠絡されていたのだった。
「窮屈なことよりは、寝ている時に隣に人がいないことの方が不安ですから、是非そうして下さい」
「任せなさい。君のお姉さんたちのようにはできないかもしれないけど、俺なりにベストを尽くすよ」
結局、ベストを尽くして添い寝することになった。
「ありがとうございます。真田さんは信頼できるナイスガイだといつも麗羅姉さんが言っていました。本当にその通りだと思います」
「いやぁ、はっはっはっ。じゃあ、これからよろしく! 颯也くん」
麗羅の信頼を裏切ることはしない。彼女の大事な弟なら自分にとってもそうだ。
「よろしくお願いします。僕のことは『颯也』って呼び捨てにして下さい。家族は皆そう呼んでいますから」
「了解。颯也、だね」
こうして、取扱説明書付きの男・桐島颯也との同居生活が始まった。
つづく
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