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第28話 SOS

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 帰りにスーパーに寄り、食材とスイーツを買った。

「わーい、今夜はすき焼き! スイーツもこんなに買ってもらって嬉しいです。今日は大盤振舞いですね。理仁亜、何か良いことでもあったんですか? 会社で褒められたとか」
「いや、会社では褒められてない」

 片山歩を颯也のガールフレンドだと勘違いして悶々とし、挙句に仕事でミスを重ねて上司に怒られたなど格好悪くて言えるはずもない。

 しかし、今では就業中の煩悶が嘘のようにすっきり晴れ、しかも俺の目の届かない所で颯也を甘やかす存在として心に引っ掛かっていた片山歩が脅威ではないとわかって一安心だ。

「今日は……記念、そう! 記念だ。俺たちの」

 すき焼きは問題が解決した記念にふさわしいディナーと言えるだろう。もっとも、嫉妬に悶えながらあらぬ妄想をしていた最中に何故か思いついたメニューなのだが。

 そして颯也には欲しいだけスイーツをカートに入れさせた。何故なら、今夜は特別だから。
 今夜、俺は凶暴な狼と化す。虎も良いな。否、龍の方が強そうだ。もしくは猛る暴れん坊ジェネラルだ。白馬は何処だ!?

「僕たちの恋人記念ですね!」

 さすが颯也だ。可愛いことを言う。
 恋人記念。それに尽きる。



 家に帰り着くがいなや、颯也が俺の首に両腕を回してキスを求めてきた。

「待ち遠しかった。一日は長いですね」
「颯也に会いたくて早く仕事を片付けた」

 今日は特に。

「嬉しい」
「君のおかげかな」

 厳密には、片山歩のおかげと言えなくもない。

「じゃあ、今すぐ、ご褒美をください」
「何がいい?」

 颯也を抱き寄せながら、わかりきったことを訊く俺。

「決まってるでしょう」

 甘い声音でそう言うと、颯也は唇を少し開きぎみにして目を閉じた。
 仰向いてご褒美のキスを待つその顔がひたすら可愛く、愛おしい。
 俺にとっても、これはご褒美だ。

 ~♪

 その時だった。
 ジャストタイミングというか無粋というべきか、俺のスマートフォンに着信があった。
 スーツの内ポケットから取り出して送信者を確かめると、先ほど登録したばかりの名前があった。

「誰?」

 不機嫌そうに颯也が尋ねた。

「片山くんからだ」
 俺はすぐに電話に出た。
「はい。真田です」

『片山です。さっそくですみません。真田さんの電話番号を聞いていて良かった! あっ、この電話のこと、桐島くんには言わないで下さい』
「えっ? あっ……そうなの?」

 もう遅かった。
 お預けを食らった颯也は今は唇を真一文字に結んで俺を睨みつけている。

『困ったことになってしまって……真田さんに助けてもらいたいんです!』

 片山歩の切羽詰まった様子が電話越しに伝わって来る。何かトラブルが起こっているようだった。

「どうした? 片山くん」
『今すぐレンタルDVDショップ・ツルヤに来ていただけませんか? 俺のバイト先なんです』
「何かあったの?」
『詳しいことは後で話しますが……事前にこれだけは了承して下さい。図々しい頼みだということは百も承知でお願いします。真田さんの立場は、俺の恋人、ということでお願いします』

「えっ!?」
 確かに、颯也には内緒にしないと都合が悪そうだ。
「わかった。……っていうか、何だかよくわからないけど、今からそっちに行くよ」

『ありがとうございます! 待っています』

 そこで通話は終わった。

「片山くんが俺に助けを求めているみたいなんだ。今から彼のバイト先のツルヤに行ってくる」
「どうして理仁亜に? 僕も行きます」

「いや、それは……」
 片山歩に恋人役を頼まれたとは言えない。彼は大学での颯也の貴重な友人だ。電話の内容を明かせば友人関係にひびが入らないとも限らない。
「颯也は待っていてくれ。もしも面倒なことだったら君を巻き込みたくない。いつ如何なる時も、俺は君を守る義務がある」

「理仁亜……」
「大丈夫。俺は大人の男性おとこだから」

『大人の男性』

 つくづく、良い響きだ。
 この一言は十分に効力があったと見えて、颯也は黙って俺を見送った。

 颯也の友人のSOSを受けて、俺は車を飛ばしてレンタルDVDショップ・ツルヤへと向かったのだった。




つづく
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