悪役令嬢はモブ落ちしたくない!

ともき

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波乱の舞踏会

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そして、あっという間に舞踏会の日になった。
僅かな陽光が段々と西の空に落ちていき、空には一番星が輝いている。
私はまた空の無い大広間の中で、顔のない人間たちに囲まれながらゆっくりと踊っていた。
三拍子の揺れるリズムに合わせて、くるくると動いていると、顔のない人間たちも遊園地のアトラクションのように思えてくるのだ。
音楽の切れ目に礼をしながら、顔を上げる。

もうそろそろ王子からお呼びがかかるだろうか。
そう思ったときだった。
「あら―――」
きちんと令嬢風の声が出たことをほめたたえてほしい。
思わず声を出した私の目は丸くなっていたことだろう。
まさか、と思いながらも目が離せない。
目の前にいる人間にはしっかりと顔があったのだから。
「あ、」
声を掛けようとしたときには、もう音楽が始まっていた。
――――手を取られ、ダンスが始まる。

銀髪に涼やかな、いっそ冷たいほどの氷の青の瞳。
ダンスが始まるときのお辞儀は美しかったけれど、にこりとすらしない表情。
やわらかくリードをしてくれて、まるで導くようにダンスをするイアンに比べて、機械のように精密に動いていくがこちらへの配慮などは一切ない。
「っ…」
ぐっと一歩を進まれてしまうと、私もそれに従って大きく動かなければならないのだ。
思わず声が漏れかけるが、それに対して何か声をかけてくれるわけでもない。
笑いもしない。
ただその人形のような顔は本当にうつくしく、こんな時でなければほれぼれと見つめてしまっただろう。
必死に優雅に見えるよう彼の動きについていく。
アイスブルーの瞳に映る私は令嬢らしさをかなぐり捨てた必死な姿だ。
うう、名前だけでも知っておきたいのんだけれど。
大きく振り回すような振り付けに、ぐっとこらえながら、ステップを踏む。
だんだんとスローになっていく音楽に、ほっと息をついてまた礼をする。
ドレスの裾を持った丁寧な辞儀。
「お名前をお聞かせいただけま――」
すか、とまで言いかけたところで止まってしまう。彼はどこかに溶け込んでいなくなってしまった。
そのかわり。
「イアン・ソルベージュ、忘れてしまった?」
やや不機嫌そうな第三王子に手を取られてしまった。
「いえ、あなたのことではなくっ――!?」
いつもよりも荒いステップに、慌てて彼と強くホールドを組みなおす。
なんでだろう。いつもよりもずっと彼の青い瞳が厳しい色をしている。
いつもがぽかぽかな太平洋だとしたら、今は懐かしき日本海くらいに冷たい。
荒いとはいえ、女性を踊らせることに慣れているイアンの動きに身を任せると少し楽になる。
ほとんどテレパシーのように、彼の手や足の些細な動きが私の動きを見つけ出して、そっと差し出してくれるのだ。
「あれのことが気になる?」
ようやく人心地ついて、優雅と言えるだろう程度に踊れるようになったときに、イアンがつぶやいた。
「あれ、とは」
「銀髪に、アイスブルーの瞳」
「き、気になります…ひゃっ」
「教えない」
知り合いなのですか、と聞こうとしたらまたダンスが早くなる。
振り回してくるような勢いのダンスに慌ててしがみつくと王子の表情が少しほころんだ。
前から思っていたけれど、この人はやや性格が悪いというかいじわるだ。
この前可愛いといっていたのが嘘だった。…婚約者が可愛くないからって嫌がらせをするほど大人げなくはないと信じたいのだけど。
「教えてくださいませんの…?」
令嬢風に小首をかしげてみるが、今度はつんと唇を尖らされてしまった。
「君が他の男に興味を示すのは初めて見たからね」
―――それは父以外他の男の顔が全く見えなかったからなんですけどね!
ああ、でもイアンはそうやって他の人間にもうつつを抜かして「王子」としか自分を見ない「私」を嫌ったのだった。
ならばここではまだ、あなただけよ、としておいたほうがいいんだろうか。
そうやって考えていた私の沈黙をどうとったのか、イアンはさらに距離を詰めた。
ダンスの振り付けとは異なる、力強さに思わずステップを踏み外してしまう。
「んっ――!?」
僅かに頬をかすめた感触に目を見張る。
してやったりという表情をして、イアンが微笑む。
「ああ、そうして僕だけを見ていてね、アデイル」
もうすぐ、貴族院でも会えるだろうから、その時にもこのことを忘れないでね、とそう言ったイアンは本当にまさしく『王子様』の姿だった。
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